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【読書感想】青年たちの気持ちになるーー村上龍著『半島を出よ』を読んで

村上龍 幻冬舎 2005年出版

 図書館で働いていた時に、自民党の石破さんにそっくりな人がしつこく質問してって、私が丁寧に答えてるのに、話がかみ合わなくって、またその会話の要点のなさが自民党っぽい、と思った。そんな方が借りていった思い出の本。なんとなくそのエピソードを思い出したから借りて読んでみた。

 福岡が北朝鮮の軍に占領され、日本政府が福岡県を封鎖するという話が書かれた長編小説。

 出だしから、とてもスケールがでかい話で、読んでいて変な血が騒ぐ。あまりにもスケールがでかすぎると、非現実的に感じるのかな、と思っていたけど、そうでもなかった。扱っている素材になることが、とても現実的な問題で、日本では震災があってから政府の緊急事態時の対応など、目の当たりにしてきたから、この小説で日本の首相とか官僚たちがあーでもないこーでもない、といっている場面なんて、とても現実的に感じられた。北朝鮮が日本を攻めてくる、という設定には、私はあんまり現実的なるものを感じなかったが、そこに描かれる人間模様が、今の日本では表面化してない日本と北朝鮮の関係が赤裸々に描かれているようで、後半読んでて、ちょっとぐっときた。

 下巻の後半、青年たちが、ホテルに爆弾を仕掛けるところは、読んでて興奮する。すげーおもしろくて、夢中になって読んでしまった。北朝鮮の軍隊が自分たちを攻めてくる場面になると、爆弾を仕掛けていた自分たちの心がかき乱される。「自分の心が生み出す恐怖なのだと自覚できない」という心理状態と向き合う。そこでかつての自分の母親を思い出すのだ。母は、父を殺し、息子である自分も殺しかけた。母は、恐怖と闘っていたのだ、と感じる。「恐怖の対象は何でもよい。母親は恐怖を自覚できなかった。だからやるべきことを把握して立ち向かうこともできなかった。そういう対応の仕方があるということも知らなかった。」そして、青年は自分たちがいま迫ってくる軍に殺されるかもしれないとおびえていると自覚して、どうしたらいいか対応する。冷静な判断をとりもどすのであるが、そのシーンがなんともいえない、仲間の結束感を感じたし、そこまで冷静に考えて、今更自分の母親に同情心が芽生えて涙が出る青年の様子はこの小説の読みどころだと思う。

 村上龍は引きこもりだったり、社会に適応できない人たちの心理状況を描くのがとてもうまいように思う。とりわけ、少年、青年たちのやりとりは読んでいて、ちょっと涙出そうになる。この小説も、相変わらず、残酷なシーンはとことん残酷、グロテスクで読んでいて気分が悪くなるし、過去にいろんなことをやらかして、集まってきた青年たちをかくまっている福岡にいる年配の男性は、福岡弁に赤ちゃん言葉をしゃべる変な人で、なんか胸糞わりーな的な気持ち悪い人なんだが、その人の描写もなんていうか、的確、というかぴったり。そういうとこの想像力が村上龍はすごいと思う。

 北朝鮮と日本の関係は一言では言えない複雑なものではあるが、こういった小説になると、改めて、こういう状態が起こり得る、という未来予想図的な小説というよりも、登場人物一人一人の人生のあり方に焦点が当たるような小説になっている。でも、エンタメとして、どかーんとビルが崩壊するとこなど、読んでいて、すごく面白かったし、ワクワクしたし、どきどきした。でも、こういう話でワクワクしてる私ってちょっと危ないのかな、とふと思ってしまうのも事実。

 とても長いお話で、漢字が多くて、一ページずつ読むのがすごくおっくうに感じられた本だったが、読み終わった後の爽快感は、村上龍の小説の中でいまだかつてないくらいあった。


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