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八支則以外のヨガの支則

日本の一般の人にとっては、「ヨガ」と言えば、アクロバティックな体位をとる「ハタ・ヨガ」的なものですが、インド思想では広く、日常の心得も含めて行法全般を指します。

ヨガの「支則」と言えば、『ヨガ・スートラ』の「古典ヨガ」の八支則が有名です。
これは、「古典ヨガ」を行う場合の、8つの“段階”を指します。

日本では、いわゆるヨガをやっている人は、ヨガの支則と言えば、これしかないと思って、勉強している人が多いと思います。

ですが、そもそも、現代、行われているインド系のいわゆるヨガは、アイアンガー・ヨガであれ、アシュタンガ・ヨガであれ、シヴァナンダ・ヨガであれ、どれも「古典ヨガ」ではないので、この八支則をそのまま当てはめることができません。

インドのヨガには多くの種類があり、「古典ヨガ」の八支則とは異なる“段階”を立てるものもありますし、“段階”を立てないものもあります。
“段階”を立てない場合は、支則は“要素”や“行法”という意味で使うべきものとなります。

この投稿では、ヨガの「支則」の意味を広義で捉え、インドの多種のヨガを対象にして、支則と考えることができるものを取り上げます。


まず、『ヨガ・スートラ』には、事実上、八支則以上の“段階”が説かれています。

一方、「ハタ・ヨガ」などの「タントラ・ヨガ」は、『ヨガ・スートラ』の影響を受けてはいますが、本来、「古典ヨガ」とは別のルーツを持つものです。
そのため、八支則を異なる意味で解釈したり、一部の支則を無視したり、別の支則を立てたりしています。
それに、「タントラ・ヨガ」は、一つの階梯を説くものではなく、多様な“行法”や“要素”があるので、これらを支則と考えても良いと思います。

また、「バクティ・ヨガ」にも独自の支則を考えることができます。

そして、「アイアンガー・ヨガ」や「アシュタンガ・ヨガ」、「クリヤ・ヨガ」のような近・現代のヨガには、それぞれに独自の“段階”や、支則に関する考え方があります。

以下、これらについて、紹介します。


古典ヨガの八支則


まず、『ヨガ・スートラ』に基づく「古典ヨガ」の八支則を確認しておきましょう。

1 ヤマ(禁戒)
2 ニヤマ(勧戒)
3 アーサナ(座法)
4 プラーナーヤーマ(呼吸法)
5 プラティヤーハーラ(制感)
6 ダラーナ(凝念)
7 ディヤーナ(静慮)
8 サマディー(三昧)

1の「ヤマ」は、すべきでないことで、不殺生、不淫などの倫理的戒律です。

2の「ニヤマ」は、すべきことで、苦行や祈祷などによる浄化法です。

3の「アーサナ」は、「安定した、快適なものでなければならない」と書かれているのみです。
座法にはそれ以上の意味はなく、「ハタ・ヨガ」のように多種の体位を説くことはありません。

4の「プラーナーヤーマ」も、「ハタ・ヨガ」のように具体的な多種の方法は説かれず、プラーナのコントロール(調気法)という意味合いは明瞭ではありません。
呼息・吸息よりも「クンバカ(止息)」を重視し、また、おそらく最終目標で呼吸をしていないような僅かな呼吸を指すと思われる「第四の呼吸」につて言及されています。

5の「プラティヤーハーラ」は、感覚を外部の対象から分離して意識を内部に向けることです。

次からの最後の3つの段階は、総合的な精神コントロールとして結びついていて、全体でサンマヤ(綜制)と呼ばれます。

6の「ダラーナ」は、意識を外界や身体の一点、あるいは特定のイメージや観念に集中して、他の心の動きを消すことです。
一つの対象に対して多面的から集中することもあります。

7の「ディヤーナ」は、一つの対象に対して、一面的、かつ持続的に集中することです。

8の「サマディー」は、対象と完全に一体化することです。


『ヨガ・スートラ』の本行の支則


以上の八支則は、実は前行(練習的段階)であって、解脱に向けた本行(本番段階)の実践は、この先になります。
2つの体系が統合されずに説かれていますが、これを統合して考えると、例えば、次のような段階になります。

1 有尋三昧
2 有伺三昧
3 有楽三昧
4 有我想三昧
5 無想三昧
6 無種子三昧

これらの段階は、八支則で言えば、すべて「サマディー」に含まれますが、実際には、これらの支則こそが重要です。

これらは、観察、あるいは集中する対象の有無や、微細さのレベルによって段階化されています。
そして、それぞれの段階は、対象化した心の要素を粗大なものから順に止めていくことで達成されます。

各段階での主要な対象は以下の通りです。

1 有尋三昧 :物質的な粗大な心
2 有伺三昧 :非物質的な微細な心
3 有楽三昧 :穏やかな心地良さ
4 有我想三昧:自分の存在感覚

5の「無想三昧」では、対象がなくなりますが、「直観的な智(プラジュニャー)」が発現します。
また、無意識的な「サンスカーラ(行、潜在印象)」は残っています。

6の「無種子三昧」では、すべての心が完全に停止します。


それぞれの段階では、対象を識別するという性質があるため、これは「ジュニャーナ・ヨガ」と呼ぶことができます。

『ヨガ・スートラ』は、サーンキヤ哲学に基づいています。
この行法は一般に「六行観」と呼ばれ、以下のようなサーンキヤ哲学が主張する実体を順に識別していきます。
これらも、上記とは別の支則と考えることができます。

1 粗大な五大
2 十一根(五行動器官・五感覚器官・マナス)
3 微細な五大
4 アハンカーラ
5 ブッディ
6 プルシャ-プラクリティ

1から2は、「有尋三昧」で識別します。
3から5は、「有伺三昧」で識別します。

6は、「無種子三昧」で識別します。
この段階は、心が完全に「プラクリティ(根本物質)」に帰入し、「プルシャ(純粋意識)」がそれから分離して解脱した状態です。


ハタ・ヨガ(タントラ・ヨガ)の支則


「古典ヨガ」がバラモンのものであるのに対して、「タントラ・ヨガ」はアウト・アースト由来のものです。

宗教・宗派によって呼び名が違い、ナータ派では「ハタ・ヨガ」、シヴァ派、シャクティ派では「クリヤ・ヨガ」、ヴィシュヌ派では「ガタ・ヨガ」などと呼びます。

「タントラ・ヨガ」は、身体性を重視した密教的なもので、身体性を重視しない「古典ヨガ」とは本来的に別ものです。

ですから、『ヨガ・スートラ』の八支則の影響を受けてはいますが、八支則を異なる意味で解釈したり、一部の支則を無視したり、別の支則を立てたりしています。

また、「タントラ・ヨガ」の支則は、一つの階梯を説くものではないので、『ヨガ・スートラ』の支則と違って、必ずしも“段階”の意味ではなく、“要素”という意味合いもあります。

「タントラ・ヨガ」の諸経典を総合すると、例えば、以下のような支則となります。

1 シャットカルマ(浄化法)
2 アーサナ(体位法)
3 プラーナーヤーマ(調気法)
4 ムドラー(総合的行法)
5 プラティヤーハーラ(制感)
6 パンチャ・ダラーナ(5元素の凝念)
7 ディヤーナ(観想法)
8 ラージャ・ヨガ(三昧)

『ヨガ・スートラ』の第1支則「ヤマ」、第2支則「ニヤマ」は重視されず、支則として立てないことが多いのです。
『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』には「戒律にこだわらないように」という記載もあります。
これが常識的な禁欲や清浄さにこだわらないタントラの特徴です。

その代わりに、複数の経典では、「シャットカルマ」と呼ばれる浣腸・洗浄などによって肉体を清掃する6つの浄化法が説かれます。

「アーサナ」は、『ヨガ・スートラ』とは異なり、具体的に多種多様な体位法が説かれます。

「プラーナーヤーマ」は、『ヨガ・スートラ』とは異なり、明確にプラーナのコントロール方法(調気法)として説かれます。
呼息や吸息の際に、イダやピンガラといったプラーナの通り道である脈管の指定がなされます。

『ヨガ・スートラ』にはない「ムドラー」は、「アーサナ」や「プラーナーヤーマ」、「バンダ」、「観想」などを組み合わせて、総合的にプラーナをコントロールする方法です。
この中の「バンダ」は、身体の特定の部分の締め付け(脈管を閉じる)によって、プラーナをコントロールする技法です。

「ダラーナ」では、多くのタントラ・ヨガ系経典で、五元素を身体の五部に念じる「パンチャ・ダラーナ」が説かれます。

「ディヤーナ」は、多くは各種の「観想法」として行われます。
イメージを伴いつつチャクラへの集中する行法の場合もあります。

*ディヤーナについては下記も参照ください。

『ヨガ・スートラ』の「サマディー」段階は、複数のタントラ・ヨガの経典では「ラージャ・ヨガ」と呼ばれます。
「ハタ・ヨガ」の上位段階が「ラージャ・ヨガ」です。

「ラージャ・ヨガ」では、特定の部位への集中、観想、秘音への集中など、「タントラ・ヨガ」独特の方法が用いられます。

*ラージャ・ヨガについては下記も参照ください。

ですが、「タントラ・ヨガ」は、一つの階梯を説くものではなく、多様な目的、多様な“行法”が説かれます。
ですから、重視する主要な“要素”や“行法”も、一種の支則として考えても良いと思います。
例えば、下記のような”行法”、”要素”です。

・マントラ・ヨガ(ジャパ・ヨガ)
・チャクラへの集中
・クンダリニー・ヨガ
・ナーダ・ウパーサ(秘音観想法)
・ケーチャリー・ムドラー(アムリタを飲む)
・ヴィパリータ・カラニ(逆行のヨガ)
・ヴァジローリー・ムドラー(性ヨガ)

*これらについては、下記のページも参照ください。


また、タントラ・ヨガのいくつかの経典では、全体が下記のような4つの“段階”として説かれることがあります。
これらを四支則として考えることができます。

これらは、次のように『ヨガ・スートラ』の支則と関連付けられることもあります。

1 開始(アーランバ) :プラーナーヤーマ
2 壺(ガタ)     :プラティヤーハーラ
3 蓄積(パリチャヤ) :ダラーナ
4 完成(ニシュパティ):サマディー

また、この4段階は、グランディやチャクラと関連づけられることがあります。


バクティ・ヨガの支則


「古典ヨガ」、「ハタ・ヨガ」、「ジュニャーナ・ヨガ」と並んで、一般的に良く知られているのが、『パガヴァッド・ギータ』でも説かれている「バクティ・ヨガ」と「カルマ・ヨガ」です。
この2つのヨガは、一般人にとって近づきやすい方法です。

「カルマ・ヨガ」の支則を考えることは難しそうですが、「バクティ・ヨガ」については、下記のように考えることができます。

「バクティ・ヨガ」は、神への絶対的な「信愛」、「帰依」、「献身」を通して、神と一体化する方法です。
常に、神だけを思い、愛することによって、神以外のものへの執着、感覚的なものへの執着を放棄することを目指します。

「バクティ・ヨガ」は、日常の心得でもありますが、具体的な行法としては、儀式としてのプージャ(供養)や、瞑想法としてのサーダナ(成就法)があります。
”要素”、”行法”としての支則なら、この2つを数えることもできます。

ヴィシュヌ派では、神との関係の深まりを、次のような5段階で考えます。
”段階”としての支則なら、これを支則として考えることもできます。

1 関係以前
2 主従関係
3 友人関係
4 親子関係
5 恋人関係

さらにその先に次のような”段階”も考えることができます。

6 有形の神との一体化
7 無形の神との一体化


近・現代ヨガの支則


近・現代ヨガとして、「アシュタンガ・ヨガ」、「アイアンガー・ヨガ」、「クリヤ・ヨガ」を取り上げて、支則について考えます。


クリシュナマチャリアとその弟子のパタビ・ジョイスが始めたのが「アシュタンガ・ヨガ」です。
「アシュタンガ・ヨガ」という名前は八支則のことなので、当然これを重視しますが、実際には8つを一度に行うという考えなので、支則の意味は“段階”ではなく“要素”です。

“段階”としての支則なら、「アシュタンガ・ヨガ」には、下記の3段階があり、それぞれの目的がありますので、これが支則となります。

1 プライマリー・シリーズ    :肉体の浄化
2 インターミディエート・シリーズ:脈管の浄化
3 アドヴァンスト・シリーズ   :クンダリニーの上昇

“要素”という意味での支則を考えると、「アシュタンガ・ヨガ」は、タントラ・ヨガの影響を受けているので、『ヨガ・スートラ』の八支則とは異なる支則を考えることができます。

1 ヴィンヤサ(動き)
2 ウジャーイー(喉の締付け)
3 ドリシュティ(視線の固定)
4 バンダ(締め付け)
5 ディヤーナ
6 クンダリニー

「アーサナ」に当たるのは、一連の動きの全体を指します。
アーサナが、静止したものではなく、動きを伴ったものであることが「アシュタンガ・ヨガ」の特徴です。
ですから、これは「ヴィンヤサ(動き)」と呼んだ方が良いでしょう。

「プラーナーヤーマ」では、「ウジャーイー」という喉頭部を細く締める呼吸法を重視します。
また、呼吸とプラーナに合わせて体を動かすようにします。

「プラティヤーハーラ」は、視線を特定の場所に固定する「ドリシュティ」を通して練習します。
聴覚的には呼吸の音に集中することで心を内に向けます。

「ダラーナ」については、3つの「バンダ」(喉、腹、肛門の締め付け)に集中することで練習します。
これによって、動きと呼吸と気づきを結びつけます。

「ディヤーナ」については、瞑想において、対象に集中することを説いた後、意識的なコントロールを捨てることを重視する流派があるようです。

「サマディー」は、「ハタ・ヨガ」同様、プラーナが中央管に入った時に起こるとされるので、「クンダリニー」と言い換えることもできるでしょう。


同じくクリシュナマチャリアの弟子のB・K・S・アイアンガーが始めたのが、「アイアンガー・ヨガ」です。

アイアンガーは原則として、『ヨガ・スートラ』の八支則の順に修練すべきものであると考えます。
ですが、「ダラーナ」、「ディヤーナ」、「サマディー」を、「アーサナ」や「プラーナーヤーマ」と同時に修練すると考える点で、「ハタ・ヨガ」的であると言えます。

具体的には、「ダラーナ」は、「アーサナ」への集中として行います。
「ディヤーナ」は、「プラーナーヤーマ」、特に「クンバカ」の状態への集中を勧めます。
「サマディー」は、アートマン=ブラフマンの体験、存在の大海へ融合した状態とします。


ババジ系のラヒリ・マハサヤに始まる「クリヤ・ヨガ」は、現代の「タントラ・ヨガ」です。
スティーブ・ジョブスが愛読し、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットに描かれている、パラマハンサ・ヨガナンダが教えているのもこのヨガです。

一言でその特徴を表せば、チャクラを重視した、テクニカルなクンダリニー・ヨガです。

前行が3段階、本行が4段階で考えられるので、これらを支則とすることができます。

具体的には以下の通りです。

1 エネルギー活性化エクササイズ
2 ホーン・ソー・テクニック
3 オーム・テクニック
4 プラーナーヤーマ
5 ムドラー、ナヴィ・クリヤ
6 ソカー・クリヤ:チャクラ活性化
7 トリバンガムラリ

クリヤ・ヨガの行法は独特なものなので、詳細は下記ページを参照してください。


*関連コンテンツとして、下記も参照ください。

*タイトル画像はwikipediaより





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