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五島列島のみち 〜九州自然歩道・五島エリア〜 (5/8)

7日目(奈留島港→江上→城岳)

7日目の計画ルート
(実際は城岳を7日目のゴールとした)
※ルート編集アプリ「Trail Note」にて筆者が作成

奈留島

福江からの便に乗って奈留島に上陸したのは10時過ぎだった。空はよく晴れて、まだ5月の半ばなのに暑いぐらいの陽気だ。

奈留島なるしまは久賀島の東隣に浮かぶ、五島市に属する島だ。

この日は島をほぼ周回して、夜は宮の森総合公園のキャンプ場に泊まるつもりだった。が、定休日だということに前日に気がついた。相変わらず計画が雑である。しかたがないので城岳しろだけの展望台あたりで野宿しようと決め込んでいた。

船を降りると、静かな漁業集落の中を海岸線に沿って北西へ進んでゆく。

途中に奈留高校の脇を通る。この学校には荒井由実氏が作曲した「愛唱歌」なるものがあるらしい。「瞳を閉じて」という曲で、うつくしい海に囲まれた離島の情景や心情を、やさしいメロディで歌い上げている。

奈留高校は元々五島高校の分校で、それゆえその校歌は奈留島に馴染みのある内容ではなかった。ある生徒が「自分たちの校歌がほしい」とラジオ番組を通して作曲を依頼したのだという。正式な校歌ではないが、愛唱歌として今も親しまれているという。

江上集落

海岸沿いからいちど内陸の山地へ入り、小さな峠を越える。

両脇に照葉樹が茂る坂道を下っていると、白いランニングシャツ姿の男が1人、自転車を押しながらゆっくりと上ってくる。裸の大将を想起させる風体である。額には汗がにじみ、肩で息をしている。

地元の人間かと思ったが、東京からの旅行者だという。

「電動のがもう無いって言われましてね」

と口惜しそうに言いながら、レンタルしたという自転車のハンドルを軽く叩いた。

そこそこにバテているようだが、その表情はこの日の空のように晴れ晴れとして、旅を存分に楽しんでいるのが伝わってくる。

互いを励まし、軽い情報交換をして別れた。

再び海岸線に出てもう少し北へ進むと、江上えがみという集落に入る。ここは「奈留島の江上集落」として先述の世界遺産の構成遺産となっている。

ここに教会がある。江上天主堂という。事前に予約すれば内部の拝観ができるが、この日は定休日だった。

立派なタブノキの生い茂る深い森に囲まれて、その教会は静かに佇んでいた。こぢんまりとしたその木造建築は、全体が白く、扉や窓の縁のみが遠慮がちに水色に塗られている。その簡素な形姿があたりの静かな景観とみごとに調和している。

タブノキの森に囲まれた江上天主堂

江上集落から内陸に入り、長いトンネルを通ってこんどは東側の海岸に出る。集落をいくつか見ながら海岸沿いを南下してゆく。

五島の他の島と同様、奈留島も山がちな島だ。福江島や久賀島では、谷あいや河口のわずかな平地には水田が見られた。

しかし奈留島には全くと言っていいほどそれが無い。畑もほとんど見かけない。この島の集落はどれも漁業を生業としている様子だ。

城岳

島の中心部を経て、こんどは島の東側へと進む。

道は城岳しろだけという小さな山を上ってゆく。舗装された車道だが、車通りはほとんど無く、両脇にはタブ・シイ・カシなどの巨木が茂るみごとな森林が広がっている。歩くのにとても気持ちのいいエリアだ。

しばらく上るとやがて頂上の展望台に行き着く。低山ながら、奈留島の複雑に入り組んだ地形や周囲の島々がよく見渡せる。しばらくぼうっと眺めていると、やがて西の空が赤く染まってゆく。

展望所のすぐ下の森の中にある、小さな東屋の軒下にテントを張った。

城岳からの展望

8日目(城岳→奈留島港→奈良尾→龍観山)

奈留島の食堂

夜が明ける。

けたたましいと言ってもよいほどの、鳥たちの大合唱で目を覚ました。もういちど展望所に登ってみたが、あたりは朝霧に覆われて眺望がきかなかった。

この日は中通島なかどおりじま奈良尾ならおに渡る船に乗る予定だ。城岳を東側へ下り、海岸線を南下して奈留島港に向かう。

港には9時頃に着いた。船の出港は昼過ぎの予定だ。地元の飲食店で何か食べてみようと、集落を歩いてみた。

ちょうどよさそうな食堂を見つけた。と、軒下で寛いでいた老人に声をかけられて会話になった。

何か食べようと思って歩いているところだ、と僕が言うと、

「きびなごあるよ、食ってく?」

と言う。食堂の主人だった。

店に入りカウンター席に座ると早速、きびなごの刺身が出てくる。今朝入ったものだという。わさび醤油でいただく。美味い。淡白でありながら旨みもよい具合に感じる。

添えに出してくれたアジの南蛮漬けもまた絶品だ。

どちらもメニュー表には載っていなかった。魚はいつ何が入るかわからないから載せないのだという。

「茶漬けもできるよ」

ごはんにきびなごの刺身を乗せ、熱いだし汁をかける。そこに甘口の醤油をほんの少し垂らし、わさびを利かせる。シンプルなものだが、これもまた美味い。

食べながら色々と会話をする中で、ちょっと気になっていた事を聞いてみた。

このすぐ近くに権現山ごんげんやまという山がある。古くから伐採が禁止されてきたために雄大な原生林が残っていることから、国の天然記念物に指定されているらしい。

できれば中を少し歩いてみたかったのだが、登山道や散策路らしきものが見当たらなかった。

「権現山を歩く道はありますか」

と聞くと、昔は登ったこともあるが今はどうだろうなぁ、という反応だった。山頂付近にアコウの巨木があるのだという。

ずいぶん長い間会話をしていたが、その間ずっと客は僕ひとりだった。島のことを色々と聞けて楽しかった。

会計を済ませ、礼を言って店を出た。

権現山

改めて山裾を歩いて探してみたが、やはり権現山に入ってゆけそうな道は無かった。天然記念物としての解説板があるのみである。こうなるとさらに魅力的に思えてくるが、諦めるしかない。

五島列島は西海さいかい国立公園の一部だ。国立公園の使命とは、まさにこの権現山の樹叢じゅそうのような貴重な自然環境を「できるかぎり原生の状態で保全すると同時に、学びや保養の場として国民が利用できるようにする」ことだろう。

といったことを考えていたのだが、後で確認したところ、この奈留島はなぜかその全域が国立公園の指定から外れていた。

指定区域が全く無いのは、五島列島の主要な島では奈留島だけだ。国の天然記念物に指定するような貴重な原生自然があるのに、なんだか腑に落ちない話である。

まだあたりを歩いている。

さっき入った食堂のすぐ近くに役場があって、その真新しい建屋の一画に「世界遺産ガイダンスセンター」なる施設がある。世界遺産に認定されるにあたってこうした施設が必要で、市の委託でNPO法人が運営しているらしい。

中に入るとあのランニングシャツの旅人がいた。同じ船で奈良尾へ渡るという。

中通島へ

奈留島港から奈良尾行きの船に乗る。先程の旅人としばらく道連れである。

彼はウェブライターで、文字数いくらの仕事を受注しながら、旅行に関するブログを運営して収益を得ているという。

組織に属さずに生きる方法を探しながらやってきて、今はこれに落ち着いている、といったことを楽しそうに話してくれた。

彼も僕と同じく五島列島を北上していた。

「野崎島には行くんですか?」

と彼は聞いた。

野崎島は五島列島のほぼ最北端に位置する小さな島である。

島内には九州自然歩道が通っているのだが、じつは行くかどうかまだ迷っていた。

渡航経路や入島の条件が一見すると複雑で、正直なところよくわかっていなかったのである。

「まだ決めていない」と僕が言うと、

「面白そうだから絶対に行ったほうがいい」と彼は言った。

(旅のプロが言うのだ、やはり行ってみよう)

と思った。

奈良尾

船は1時間弱で奈良尾に着く。中通島なかどおりじまである。ここから行政区分は南松浦郡新上五島町みなみまつうらぐんしんかみごとうちょうになる。単に「上五島」と言うことが多い。ちなみに奈留島以南は五島市で、これは「下五島しもごとう」と呼ばれる。

中通島は十字架のような形をしていて、南北に長い。五島では福江島に次いで第2位の面積を持つ島だ。

奈良尾はその南部に位置している。九州自然歩道は途中西隣の若松島に寄りながら、これを北上してゆく。

8日目の計画ルート
(実際は龍観山を8日目のゴールとした)
※ルート編集アプリ「Trail Note」にて筆者が作成

若松瀬戸

下船したところでウェブライターと別れ、奈良尾から北へと歩く。10kmほどゆくと若松大橋を渡る。中通島と若松島を隔てる若松瀬戸を渡る、全長522mの橋である。

若松瀬戸は西海国立公園の特別地域(第2種)に指定されている。入江と岬が複雑に入りくみ、島々が点在する、典型的な溺れ谷を示すリアス海岸である。

橋の上から瀬戸を眺めると、その潮流は速く、複雑だ。全体の方向性があるようで無いようで、掴みどころがない。ところどころで大小の渦が生まれ、ゆっくりと漂って、やがて消えてゆく。

龍観山

若松の集落を越えて、瀬戸に突き出る小さな半島を成す龍観山りゅうかんざんを登ってゆく。ここもやはりうつくしい照葉樹林だ。大きなタブノキが茂っている。

頂上に展望所がある。ここから若松瀬戸の複雑な地形を一望できる。集落の近くに養殖筏らしいものが並んで浮かんでいるのが見えた。このあたりではマグロやヒラマサ、真珠などの養殖が盛んらしい。

このあたりには野営場が無く、また若松集落にいくつかある民宿にも空きが無かった。(旅のスタイル上、宿が必要な場合は前日あたりから探ることにしていた)

展望台を少し下ったところに東屋がある。その軒下にテントを張ってこの日の活動を終えることにした。

龍観山から望む若松瀬戸。中央に若松大橋が見える。


つづく

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