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第四巻~オオカミ少年と白薔薇の巫女~①-3

 
    3
 
 翌日もまたサキトに銀食器を溶かしてもらい、ランたちはアクセサリー作りに励むことにした。――といっても、細工をするのは手先の器用なアージュとアルヒェの担当で、ランは出来上がった品を磨く係にさせられた。
「ま、オレ、単純な作業のほうが好きだから、これでいいんだけど」
 と、言いつつ、ランはちらりとふたりの手元を見る。自分が不器用なのはわかっているが、うらやましくて、つい見てしまうのだ。
「そんな目で見てもダメよ。あんたはせっせと磨いてればいいの」
「ちぇー」
「ランが昨日作ったアクセサリーもなかなか味があっていいと思ったけどね」
「じゃあ、アルヒェ、あんた、あれにお金出せるの?」
「……いや、買わないと思う」
「えーっ」
 ランが口を尖らせていると、作業が一段落したらしいサキトが、山ぶどうのジュースを持ってやってきた。
「みんな、精が出るね~」
 サキトはにこにこと、それぞれの前にカップを置く。なんだかとても上機嫌だ。
「ねえねえ、ラン。ランの友だちって、すごいよな」
「友だち?」
「オード様のことだよ。あの方はかっこいいよ。剣さばきも凛々しくて、真面目で本当に尊敬しちゃうよ! 弟子にしてもらえて、なんて幸運なんだ、おれは」
「オードに会ったの? それに、弟子って……」
 しかも、オード様ときたもんだ。
 ランたちが起きたとき、オードはすでに鍵の姿で眠っていたので、そんな話は初耳なのである。
「うん、昨日の夜。紫色の月光に照らされたお姿はそれはもう――……まるで、絵物語で読んだ伝説の騎士のようだったよ」
「ふーん。オードがねぇ」
 アージュがちらりと、ランの胸元に下がっているオードを見る。
《……――》
 オードはまだ寝ているのか、気まずいのか、ただただ黙っている。
 自慢の友だちをほめられてうれしいランは、すぐに「オードはカッコイイもんねー」と笑ったが、アルヒェが少し顔を曇らせた。
「昨日の夜って、魔の月なのに外に出たのかい?」
「うん、でも、すぐそこの森だから平気だよ。魔物が出ても走って帰ればいいから」
 心配することないよ、とサキトが笑う。
「じゃ、おれ、ちょっと買い出しに行って来るから。誰か来たら、テキトーに相手しといて。ま、親方がいないから店に誰も来ないとは思うけど。あはは」
 自分の言葉に自分でツッコミを入れて、上機嫌でサキトは出かけていった。
「あの子、あんたに負けず劣らず、お気楽な性格してない?」
「え? オレ?」
「他に誰がいるのよ」
「いたっ」
 また、テーブルの下で足を蹴飛ばされた。
 これもいつものことなので、アルヒェは気にせずオードに話しかける。
「それより、弟子って、もしかして剣術のかい?」
《……ああ、昨夜、稽古をしているところを見られてしまって。それで》
 オードがサキトが剣を習いたいと思った動機について話すと、ランが笑った。
「自分で打った剣を持って騎士になりたい――って、サキト、かっこよくない?」
《そうかもしれないな。自分の剣を作れる騎士など、ほとんどいないだろうし》
「世界初かもしれないね」
 アルヒェが山ぶどうのジュースを飲み干し、作業を再開する。
「世界初かあ……かっこいいなあ」
 わくわくとランがつぶやき、オードにこう言った。
「ねえねえ、今夜、オレも一緒に稽古に行ってもいい?」
 
       


 
 ――というわけで。その夜、ランはオードと一緒に外に出かけた。
 アージュはアルヒェの手前、夜はなるべく外に出ないようにしているので、ふたりは留守番だ。
 母屋にサキトを迎えに行き、三人で裏の森へと入る。昨夜、オードが稽古に使っていた場所は、サキトが灌木を切って開いた広場であることがわかった。
「秘密基地ってヤツだね」
「うん、人知れず静かに練習したかったからさ」
「黙って使ってしまい、申し訳ない」
「そんな、とんでもない! オード様、よろしくお願いします!」
 サキトは律儀に頭を下げる。
 いよいよ訓練開始。ランはひとまず邪魔にならないところで座って見学することにした。
 まずは腹筋、背筋、腕立て伏せなど、ハードな基礎体力作り。それらをサキトは黙々とこなしていく。
そして、そのあと、木刀を持っての素振りがはじまった。
「振り下ろすとき、重心がぶれないようにして」
「はいっ」
 サキトは指導を受けながら木刀を何百回と振り下ろす。
 紫蘭月の初旬である今、季節は秋にさしかかっている。ここは高地なので夜は冷え込むが、サキトの額には汗が光っていた。
 しばらくして、休憩に入ると、サキトがランの近くに寄ってきた。
「ランも見てないで、一緒にやろうよ」
「いや、オレはいいよ」
 ランは半笑いで手を振った。
 実は「オレもついでに剣を教えてもらおっかなー」なんて思ったりもしていたのだが、地道な体力作りを見ているうちに興味が削がれてしまったのだ。
 それに自分は剣が振るえなくても、呪われた血を持つ者だし、身軽だし、いざとなったら黄色い丸いものを見てオオカミに変身できるし。
(オレは別にいいや)
「そうか、残念だな」
 サキトは心底残念そうな顔をする。
 ちょっと申し訳ない気がしたランは、「そうだ」とばかりにオードに声をかけた。
「ねえねえ、オード。また、あれやってよ」
「あれとは?」
「カードを細かく切るヤツ」
 騎士団に腕前を披露したときのアレだ。
「見世物じゃない」
「そんなカタイこと言わずにさ~、サキトだって、やる気がもっと出ると思うよ」
「……そうか、なら」
 オードは腰の剣を抜き、近くの木に寄るとサッと枝を払った。
 そして、次の瞬間。
「――ハアッ!」
 気合一閃、剣ではらはらと落ちてくる葉を切ってみせる。
 見事に二つに切られた葉を拾い、サキトは目を丸くした。
「すげーっ!」
「やっぱ、かっこいいよ、オード!」
 ぱちぱちと拍手するふたり。
 オードは照れ笑いを浮かべたが、すぐにそれを引っ込め、真面目に言った。
「では、稽古の続きをしようか」
 もっと見たいと騒ぐふたりの要望を、オードが切って捨てたのは言うまでもない。
 
       


 
 こうして、数日経ったある夜。
「今夜も稽古か。がんばるよね、サキトも」
「そうね、どうやら本気だったみたいね」
 離れにいるアルヒェとアージュは黙々と作業をしていた。
アージュは製作したアクセサリーを磨き、アルヒェはそれを陳列するための箱作りだ。
箱は銀食器が入れてあったものを応用し、絹を敷いた上に格子状に組み立てた枠をはめることで、それらしく見せることができた。
「明日あたり、出発しようか」
 急にアルヒェがそう言い出し、アージュはとまどった。
「え……でも。まだ銀食器を全部溶かしたわけじゃないし……」
「ランとオードのためにも、白蘭月になる前にアデルタに行ったほうがいいと思うんだ」
 大学で朝露について調べるなら早いほうがいいと、アルヒェは言っているのだ。
 でも、それはアルヒェとの別れを意味することで――。
(……って、そんなの、わかりきって旅してきたのに。さみしいって思うなんて、あたしバカじゃないの?)
 胸の奥がモヤモヤする。
 アージュはそれにいらだち、磨いていた指輪を放り出すと、立ち上がった。
「……ちょっとだけ、あのバカの様子を見に行ってくるわ」
「え、でも……」
「剣を持って出るから、大丈夫。あたしの強さ、知ってるでしょ」
 アージュはアルヒェの顔を見ずに、外に飛び出したのだった。
 
「だいぶ、よくなってきたな」
 素振りを終えたサキトに、オードが言う。
「本当?」
「ああ、最初に比べて腰が入るようになった」
 オードがうなずくと、サキトがうれしそうに笑い、調子に乗ってこう言った。
「おれ、魔物と戦ってみたいなあ」
「それはまだ早いな」
「えーっ」
 サキトが口を尖らせたとき、
「そうよ、早いわよ」
 と森の中から声がした。
「アージュ!」
 びっくりするランたちの前に、アージュが自分の剣を持って現れた。
「少し暴れたい気分なの。相手してよ、オード」
「……ふむ。君とは一度、剣を交えてみたいと思っていたんだ」
 願ってもない申し出とばかりに、オードが答える。
「じゃあ――」
 アージュが剣を抜き、構える。
 カシン……とふたりは軽く剣先を合わせ、試合を開始した。
 紫色の月光が淡く照らす中、華麗な剣舞のような打ち合いが続く。
 それを、わくわくとランとサキトが見る。
「女の子なのに、すげーな、アージュ」
「うん。アージュは海賊より強いんだ」
 得意げにランが答える。
今持っている剣はディンガの騎士団から拝借したままのもの――ゼーガント諸島の遺跡から持ってきた剣は硬い殻を持つ魔物との戦いで先日折れてしまったので――だが、剣の種類が変わっても強いのは、アージュの腕が確かだからだろう。
「なかなかやるな」
「そっちこそ!」


 オードとアージュは剣を交えることを、心から楽しんでいるようだった。
 アージュが打ち込むと、オードがそれを軽く受け流し、オードが打ち込むと、アージュがすかさず受け止める。
 剣を打ち合う金属音が、静かな森に響き渡る。
 そして。勝負はオードの勝ちで終わった。
「――っ!」
 払われたアージュの剣が、宙を飛び、地面に突き刺さったのだ
 が、負けたアージュは悔しそうな顔はせず、さわやかに笑った。
「さすがね。一瞬の気の緩みを見逃さないなんて」
 これを聞いていたランとサキトはそろって首を傾げた。
「え? オレ、そんなの全然わかんなかった」
「おれも」
 そんなふたりをよそに、オードがアージュに質問する。
「アージュ。前から聞いてみたかったのだが……。君はどこで剣を習ったんだ?」
「そんなの、どこだっていいじゃない」
 オードが軽くため息をつき、剣を鞘に戻した。アージュはやはり自分の過去に関しては、語りたがらないのだ。
 地面に刺さった剣を抜き、アージュは話題を変えた。
「サキト、あたしたち明日の朝、出発することにしたから。短い間だったけど、お世話になったわね。ありがとう」
「え、明日出発?」
 これを聞き、三人は驚く顔になった。
「もう行っちゃうのか?」
「銀食器まだ残ってるのに?」
「なぜ、急に……」
「アルヒェが言い出したのよ。白蘭月になる前に大学に戻りたいって。あんたたちのために」
「あ……」
 その意味を察し、オードは「そうか」と納得したが。
「オレたちのためって?」
 ひとりわかってない発言をするランの頭を、例によってアージュがぽかりとやる。
「あたっ」
「とにかく、明日の朝、出発だから。わかった?」
「はーい……」
「寝坊したら置いてくからね」
 踵を返し、アージュは戻っていった。
「明日、行っちゃうのか……」
 サキトが沈んだ顔でつぶやいた。
 稽古をつけてもらえるのも、今夜で最後。
短かったけれど、ランたちといるのがとても楽しかったということもあり……。
 ランとオードもさみしい気持ちは同じだが、仕方のないことだと割り切るしかなかった。
 もとより、旅の身の上。同じ場所に長居はできないのだ。
 
 それから残りの稽古を終え、ランたちはサキトを母屋の前まで送った。
「朝ごはんは食べていくよね」
「うん、もちろんだよ」
「じゃあ、またあとで」
 手を振り、サキトは中に入っていった。
「……――」
 オードは返事ができなかった。朝になれば、鍵の姿に戻ってしまうからだ。
 
       


 
 離れに戻ると、すでにアルヒェとアージュは眠りについていた。
「じゃあ、オレも寝るよ」
「ああ、よく休むといい」
 ランはアルヒェの隣にもぐり込み、オードはカンテラの灯りで本を読みはじめた。
 が――しばらくしてから、ランはそっとベッドから抜け出した。
「ラン?」
「オレ、今夜は母屋に泊めてもらうよ。サキトともう少し話してみたいし……」
「そうか、ならば私も行こう」
「え? でも、オードは……」
「少し話をしたら出ていく。鍛えるばかりで、たいして話をしてないから」
 結局、戻ったばかりのふたりはすぐに外に出た。
 が――母屋に行って裏口の戸を叩いても、サキトが出てくる気配がなかった。
「もう寝ちゃったのかな」
「ああ、今日も疲れただろうし……ん?」
 踵を返そうとしたオードはふと、戸にわずかな隙間があるのを見つけた。
「開いているのか?」
「無用心だなー」
 ランとオードは裏口から中に入った。
が、家の中はしんと冷えていて、人の気配がない。
「戻ってないの?」
「いや、そんなはずは……」
 母屋の前で別れたのだから、いないのは変だ。
ふたりは一応、工房のほうにも回った。
 が、工房にもどこにもサキトの姿はない。
「どこに行ったんだろ……」
 入れ違いで離れに向かったとは考えにくい。
そうであれば、自分たちが来るときに鉢合わせしただろう。
 と――工房に続く店内を見回していたオードがつぶやいた。
「剣がない」
「え?」
「甲冑のそばにあった剣がなくなっている」
「よくそんなの覚えてるね」
「私は昼間、君の胸元でただ下がっているだけだから、周りを眺めているしかなかったのだ」
「あ、なーる……」
 しかし、感心している場合ではない。
「もしかして、サキトはふたたび森へ行ったのか?」
 魔物と戦ってみたい、なんて言っていたから、もしかして……。
「そんな、危険だよ。ひとりで森へ行くなんて」
 今までは呪われた血を持つランとオードが一緒だったから、安全だっただけだ。
 それに紫蘭月の今、このあたりはドラゴンが出るんだ、と先日、ヒースも言っていた。そのドラゴンとはワケあって戦ったが――生息しているのが一匹だけとは限らない。
ふたりはすぐさま外に出て、森へと駆けた。
 が、いつもの広場にサキトの姿はない。
「もう、どこへ行ったんだよ、サキトのヤツ!」
「二手に分かれよう」
「うん!」
 オードの指示でランは左手の森の中へ走った。それを見届け、オードも右手奥へと進んでいく。
「サキト――っ、いるなら出て来てよ――っ」
 ランは走りながら、大声で呼びかける。
 が、紫色の月光が照らす森の中から、返ってくる声はない。
「……ったく。ホントに外に出たのかな」
 実は母屋のどこかで爆睡してました、というヘボヘボなオチがついても、それに越したことはないのだが……――。
 と、そのとき。
 ザッ、と木立の向こうで枝葉が激しく揺れる音がし、続いて、「うわーっ」という叫びが聞こえた。
「サキト⁉︎」
 ランは声が聞こえたほうへと駆け出した。が、月明かりが射しているとはいえ、ただでさえ暗い森の中だ。足元があやうい。ランは何度も転びそうになりながら走った。
 そうして、ようやく、
「うわー、うわー、うわーっ」
 と闇雲に剣を振り回し、魔物と戦っているサキトを見つけた。
 魔物は熊のように大きな図体に、鋭い爪を持つ、いかにも獰猛そうなヤツだった。足は太く短いので速くなさそうだが、腕が長く、爪も長いので、近くで腕を振り下ろされれば、何本かの爪で串刺しにされそうだ。
「サキト!」
 だが、助けようにもランはなにも武器を持っていない。
「ラン⁉︎」
「逃げるんだ!」
 サキトの腕を取り、ランは走った。


 やはり、最初に思ったとおり、熊のような魔物は足がのろいらしく、どんどん距離が開いていく。
 が――次の瞬間、ランは後ろから引っ張られ、転んでしまった。サキトの服が枝にひっかかり、その勢いでランも巻き込まれたのだ。
 グオオオオ――ッ!
 せっかく距離を稼いだのに、魔物がのしのしと近づいてくる。よく見ると、目が三つ。紫色の月光に反射して、それらは濃く濁った青に見えた。
「うわ――っ」
 魔物が腕を振り下ろした瞬間、恐怖でサキトが叫ぶ。
 しかし、運よく――魔物にとっては運悪く――爪が木の幹に刺さった。
爪の長さが災いしたのだ。
「今だ!」
 ランはあわてて立ち上がり、尻餅をついているサキトの腕を引く。
 が、サキトは腰が抜けてしまったらしく、なかなか起き上がれない。
 グオオオッ!
 そうこうしているうちに、魔物は爪を木の幹から抜き取る。生木を裂く、ばりばりという嫌な音がした。
(オオカミに変身すれば……!)
 しかし、こんなときに限って、黄色い丸いものを持っていない。金貨もチーズもない。
空にかかっているのは、紫の月。
逃げる途中で落としてしまったらしく、サキトの手に剣はない。
 グオオオ――ッ!
 魔物が三つの目でランたちを捕らえ、ふたたび腕を上げた。
(もうダメだ――っ)
 と思った、そのとき。
 目の前で魔物が、どうっと倒れた。
「え……?」
 ランとサキトが信じられずに、ただ目を丸くしていると。
「ふたりとも無事か」
 魔物の後ろから、オードが姿を現した。
彼が駆けつけ、魔物を背後から斬りつけたのだ。
「オード!」
「間に合ってよかった」
 オードは剣を一振りし、鞘に収めた。
 
「ふーっ、怖かったあ」
 サキトが落とした剣は昼間拾いに行くよう言い、三人はすぐさま森を出て、鍛冶屋へと戻ることにした。
 戻る道すがら、オードはサキトに問いただす。
「なぜ、ひとりで外に出たのだ」
「……魔物をやっつけてみたかったんだ。だって、オード様、明日、いなくなっちゃうし……朝、出発する前におれが『魔物を倒した』って言ったら、喜んでくれるかなーって思って」
 サキトはびくびくした視線でオードを見上げる。
 しかし、オードはきつく叱ることはしなかった。
「怒らないの……?」
「ああ、君は今、とても反省している。それにもう無茶はしないだろうからな」
「オード様……」
 サキトの身体はまだ震えていた。
生まれて初めて魔物を見て、その恐ろしさを初めて実感したのだから無理もない。
(サキト……)
 ランはその気持ちがよくわかる。
自分も現実を甘く見ていて、無謀にも黒蘭月に外に出て、魔物にがぶりとやられ、呪われた血を持つ者になってしまったから――。
 やがて、鍛冶屋の離れが見えてきた。
明かりが消えているところを見ると、アージュとアルヒェは眠ったまま、今夜の事件についてはなにも気づかなかったようだ。
 ランとオードは母屋の裏口まで行き、サキトを送った。
 彼が家の中に入る前に、オードは念を押した。
「サキト、剣の腕を上げるのはいいことだ。が、魔の月の夜に外に出るのはやめると私に約束してほしい」
「でも……誰にも負けないぐらい強くなったら、そのときはいいだろ?」
「それでも、万が一ということがある」
 オードは厳しい瞳でサキトを見つめ、こう続けた。
「二年前、ひとりの騎士が王女さまの危機を救うため、魔物と戦った。王女さまはご無事だったが、彼は魔物に傷つけられてしまい、気がついたときは鍵の姿になっていたのだ」
 急に絵物語のような話をされ、サキトは目をぱちくりさせる。
「鍵……?」
「なぜかはわからぬが、それ以来、彼は紫蘭月の夜にしか人間の姿に戻ることができなくなってしまったのだ」
「あ……」
 とたんにサキトは目をみはった。
ランの胸にいつも鍵のペンダントが下がっていたのを思い出したのだ。そして、今、ランの胸元にそれはない。
 今の話からすると――その鍵というのは。
「オード様……」
「私は呪われた血を持つ者だ。騙すつもりはなかった。許してほしい」
 気味悪がられると思った。が、サキトは違った。
「許してほしいなんて、そんな……っ」
 サキトが目に涙をためて、ぶんぶん首を振る。
「いつかは人間の姿に戻れるの?」
「ああ、そのために旅をしている。呪われた血を清めるという朝露を手に入れるためにな」
「そっか……」
 手の甲で涙をぐいっと拭いて、サキトは笑顔を作ってみせた。
「じゃあ、人間の姿に戻ったら、また、この町に来てくれよな。剣の腕がどれだけ上がったか、見に来てよ」
「わかった、約束しよう」
「本当? じゃあ、そのときまでに鍛治の腕も上げて、最高の剣をオード様に贈るよ」
「ああ、楽しみにしている」
 オードは微笑んだ。
呪われた血を持つとわかっても、サキトが変わらず、自分を慕ってくれていることがわかり、心の中はうれしさと安堵の気持ちでいっぱいだった。
 すると、ランが「あ」と声を上げた。
「でも、その前にサキトが都に行っちゃったら会えないよ?」
「じゃあ、そのときは都まで会いに来てよ。もちろん、ランも一緒に、さ」
 
 サキトが母屋に入り、しっかりと中から鍵をかけたのを確認し、ランとオードは離れに向かった。
「オード、お願いがあるんだけど」
 離れに入る前に、ランが前を歩くオードに思い切ったように声をかけた。
 肩越しに振り返ったオードに、
「オレにも今度、剣を教えてよ」
 と、半分、照れたようにうつむき、ランが言う。
「なんだ、今度は騎士になりたくなったのか」
「違うよ。いつでもオオカミに変身できるわけじゃないし……オレも強くなりたいんだ」
「――わかった」
 オードはフッと微笑んでランの肩を叩き、先に中に入っていった。
 その背中がなんとなくうれしそうに見えて、ランは「えへへ」と鼻の頭をかいたのだった。
 

(第二話へ続く…)

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