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第二巻~オオカミ少年と伝説の秘宝~ ③-3-1

第三話「青い月と大海原をゆく海賊と伝説の秘宝」
 
    
 


(なんでこんなことになったんだ――!?)
 なりゆきを黙って見ているしかなかったオードは、ランの首にかかったまま心の中で舌打ちした。あのふたり、なんか裏がありそう――と言っていたアージュの勘が当たったのだ。
 今、ランとオードは海賊船に乗っていた。ランは意識を失っている。あのあと、ぎゃーぎゃーわめいたため、妙な薬をかがされて眠らされてしまったのである。
 一部始終を見ていたわけではないが、オードの知る限り、海賊たちは人の命をやたら奪うことなく、おとなしく金目のものや貴金属品を出させていた。そうして、倉庫に積まれていた大量の酒樽や食料を運び込み、客船から離れた。最悪、殺戮をした挙句、客船に火を放つのではないかと心配していたのだが――。
(しかし、マーレが海賊の一味だったとは)
 してやられた、と後悔しても遅い。
執事になりすましていたヒゲ男も海賊のひとりで、その男とマーレがあらかじめ客船に乗り込み、海賊船を手引きしたのである。
(アージュはいったいどうしたのだろう……?)
 気がついたときはベッドにいなかった。いち早く騒ぎに気づいた彼女は様子を見に出たのだろう。今頃、自分たちを捜し回っているに違いない。
「なんで、ガキまで連れてきたんだ?」
 執事役だった男とは別の声がした。
 浅黒い肌に後ろで束ねた黒い髪、左目を覆う眼帯に頬の十字傷にマントをはおった髭面の男。
どうやら、この男がキャプテンらしい。
「人さらいをしたとあっては、俺様の名に傷がつくじゃねーか。俺様は物は巻き上げても、人の命は取らねえ、善良な海賊なんだぞ」
 アージュも似たようなことを言っていたな――と思い、オードは声を上げて笑いそうになった。が、なんとか堪える。
「ごめんなさい、父さま。わたし、ランを気に入ったの」
「ジッド、このガキは? 見込みでもあるのか?」
 すると、ジッドと呼ばれた執事役をしていた男が答えた。
「さあ……一応、デリアンの大きな農場主の息子らしいんですがね」
「ですがね、なんだよ?」
「こいつらの部屋に入ったところ、まるで金目のものがなかったんでさあ。連れの従姉っつー女の子は見当たらねーし。素性もあやしいんじゃねーかなーと」
 これを聞き、とりあえずアージュは無事なのだと、オードはホッとした。
「それより、父さま。すごいのよ、これ。魔法の鍵なの」
 少女の愛らしい手が自分を手に取ろうと伸びてくる。
《待ちたまえ》
 オードが声を発した。マーレの指先が直前で止まる。
「え……今のって」
 海賊たちの間でざわめきが走った。
 鍵がしゃべるなど、常識では考えられないことだ。
 怒りを感じていたオードは、珍しく意地悪な思いを抱いていた。
 そうだ、恐れおののくがいい――!
 
《私はただの鍵ではない。呪われた血を持つ者だ。私にさわるな。ふれる者には呪いをかけるぞ!》
 
 オードは低い声で叫んだ。
 が、しかし。
「なるほど、そういうワケか」
 と、オードはあっさりキャプテンの手に取られてしまった。
《さわるな! 呪いをかけるぞ》
「呪いが怖くて海賊なんかやってられるかよ。ただの脅しだろ、にーちゃん」
《に、にーちゃん!?》
 ただのにーちゃん呼ばわりされ、オードの声が裏返る。
「しゃべる鍵だったの、これ。びっくりね」
 マーレがおもしろそうに笑う。
呪われた血を持つ者を気味悪がらないとは――海賊の娘だけあって、肝がすわっているらしい。
「父さま、これはどんな扉でも箱でも開けることができる魔法の鍵なのよ」
《……マーレ、君はランを試したのだな? あの、二度目の箱を開けるときに》
「そうよ、手品かどうか確かめたかったの。だって、部屋の鍵なんて技術があれば簡単に開けられるもの」
《では――最初に鍵をなくしたというのは?》
「あ、あれはね、ランの部屋に入る口実。一等船客の部屋は、ほとんどあの手で調べたのよ。たいがいは、『執事が戻ってくるまで、お茶でもいかがですか』って入れてくれるの。で――いろいろ話しているうちに、どれだけ財産を持っているかわかるのよ。子どもだからって油断するのね。船に持ち込んだ自慢のコレクションとか見せてくれる人もいるのよ」
《そういうことか……》
 正義感の強いオードは唸った。鍵の姿では唸るしかなかった。
 ランは他の客とは違ってマーレを部屋へ招き入れることなく、自分を持っていたがために、親切心で鍵を開けてしまったのだ。
 と、そのとき。ランが目を覚ました。
「ふわあ……」
《ラン、起きたのか》
「うん……あれ? ここどこ?」
 ランはぼんやりする頭を振って、あたりを見回した。
 空には淡く輝く青蘭月。べたつくような潮の匂い。遠くに見える客船の明かり。まわりには荒くれと言った感じの男たち。
 マーレがランの顔をのぞきこみ、天使のような愛らしい顔で微笑む。
「ラン。キャプテン・ガレオスの海賊船へようこそ」

(第三話-3-2へ続く…)


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