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第2章[第6話] 《ユウとカオリの物語 -ジェンダー編-》

第5話はこちら


幸せのカタチなんてね、
100人いれば100通りあるわよ。
何が正しいのか、なんてのもね、
立場や環境が変われば、簡単に変わるのよ。
幸せも、正しさも、一つじゃない。


 僕はこの日、仕事を定時に切り上げて、急ぎ足でとある場所に向かっていた。電車とバスを乗り継いだ後、はやる気持ちを抑えながらアーケードを急いだ。しばらく歩くと、カオリから聞いていた建物が見えて、僕はドキドキしながらエレベーターに乗った。エレベーターが開くと、そこにはカオリがニコニコしながら立っていた。

「ユ~ウ、お疲れさま!早かったじゃない!」

 そう言いながらカオリは僕を優しく抱きしめた後、僕の頬を両手に包みながら長いキスをした。

「カ、カオリ......み、みんな待ってるよ......」

「あ、そうだったわね!行こう行こう!あれ?もしかして緊張してる?」

「そ、そりゃぁ、もう心臓が爆発しそうだよ」

「あははは!大丈夫よ、わたしがついてるからね!」

「そ、そだね、う、うん......」

 ここは隣り街にあるゲストハウスだ。今日明日はここをカオリが貸し切りで借りてくれている。カオリがどうぞ、とドアを開けてくれて、僕は少しうつむきながら中に入った。

「あ、そだ、顔をあげなきゃ......」

ちゃんと顔をあげること。それはいつもカオリに言われてる事だ。

 顔を上げて入っていくと、そこは木の香りがする広いリビングだった。大きくておしゃれな木製テーブルがあって、そこでみんな僕を待ってくれていた。

「わぁ!ユウちゃん!」

「お帰りなさい!お疲れさまぁ!」

 口々にみんなが僕に声をかけてくれた。みんなのとても眩しいくらいの笑顔に、やっぱり僕は思わずうつむいてしまっていた。

「こ、こんばんわ。初めまして、ユウです。お、お疲れさまです......」

「ユウちゃん大丈夫!?まぁとにかく、荷物置いて着替えてきて!」

 真っ先にそう言って僕を気遣ってくれたのが、ずっとカオリから聞いていたユリさんだ。隣に座っているのが、セイさんかな。ユリさんセイさんは僕らと同じセクマイカップルで、僕らの隣の県に住んでる。2人ともカオリの長年の友人なのだ。恋愛で苦労をしてきたカオリにずっと寄り添ってくれていた、カオリの大切な友達だ。そしてとても穏やかで優しそうな空気感の人達だった。

「あ、カオリさん、料理中でしょ?わたしがユウさん案内するね!ユウさんこっちでーす」

 そう言って立ち上がったのが、ずっと会いたかったユキノちゃんだ。ユキノちゃんは関東に住む人で、カオリとは職業が似ていることもあって、仕事でもよく協力しあってる。ブログもされているんだけど、とってもバイタリティがあって行動量のある人なんだよね。今日のこのお泊り会の発案も、ユキノちゃんがカオリに言ってくれたんだ。シスジェンダーのノンケさんなんだけど、僕はこの人にとっても親近感を抱いていた。

「ユウさんとカオリさんの部屋はここね。隣の部屋はわたし。あ、夜は遠慮なくイチャイチャしていいからね!あははは」

「あ、え、あはははは......」

 想像通りのとっても明るくて笑顔の素敵な人だ。緊張している僕の心をほぐそうとしてくれているのが伝わった。少し気持ちがほぐれてホッとした僕は、荷物を置いて部屋着に着替えて、リビングに向かった。

「ユウちゃん、ここどうぞぉ。あ、わたしはナミコです。よろしくね」

 そうか、この人がナミコさんか。ナミコさんは東北に住んでいて、今日はわざわざこのために来てくれた。カオリと歳も近くて、遠距離の中カオリとずっと仲良くしている人。なんだかカオリと空気感がよく似ているなと、僕は思った。

「さぁ!料理が揃ったわよー!あ、ユウ、ビールは冷蔵庫に冷えてるからね。さぁみんな、食べましょー!」

「わぁ!すごーーい!」

「カオリさん、これみんな一人で作ったの!?」

 ずらっと並んだ料理の数々に、みんな驚嘆して喜んだ。料理が得意のカオリは、僕の自慢なんだ。ちょっと僕も得意気になった。

「カンパーイ!」

「いっただきまーす!」

 料理は僕の好きなやつばかりにしてくれた。6人分、作るの大変だったろうな。だけどカオリは料理が趣味で、ちっとも大変じゃないという。しかもどれもこれもとっても美味しい。ちょっとしたレストラン並みだよな。みんなも、美味しい美味しいって言いながら食べてくれていた。お酒を飲んで、美味しい料理を食べて、酔いも回って話も弾んだ。

「もうユウちゃん、入ってきた時めっちゃ顔がこわばってたから、心配したわよー!」

 ユリさんがそう言って爆笑していた。隣でセイさんがニコニコして聴いてる。そしてじっと耳を澄ませるようにみんなの話を聴いているユキノちゃん。「もう大丈夫よねー」なんて言いながらナミコさんが笑う。

 ジェンダーもセクシャリティも、職業も生活様式も、みんなそれぞれに違う人達。ユリさんセイさんはセクマイカップルだけど、ユリさんは元々はシスジェンダーでノンケさんだし、セイさんは少し男っぽいけどあくまで性自認は女性。今は一緒に暮らしてる。ユキノさんとナミコさんはシスジェンダーのノンケさんで結婚されている。カオリはシスジェンダーのパンセクシャル。僕は女子好きノンバイナリー。みんな、色んな過去があって苦労も痛みも味わってきた人達。それは僕なんかが想像もつかないくらいの、辛い経験をしてきた人もいるし、そんじょそこらのドラマなんて、つまんなく思うくらいの人生を送る人もいる。ここには正義も悪もない。正しいも正しくないもない。そしてみんな、求めあわない、押し付け合わない、それぞれがそれぞれを尊重しながら、それぞれにこの時間と空間を、楽しめる人達だった。

 カオリがずっとずっと、大切にしてきた人達。カオリをずっとずっと大切にしてきてくれた人達。この人達がいて、僕はカオリと出逢えたんだ。そしてこの人達と出逢えた。そこには、僕がずっと求めていた優しい空気感があった。僕はみんなと笑いあいながら、カオリが言っていた言葉を思い出していた。

「幸せのカタチなんてね、100人いれば100通りあるわよ。何が正しいのか、なんてのもね、立場や環境が変われば、簡単に変わるのよ。誰かの正義が、誰かを傷つけることもある。誰かの正しさは、誰かにとっては間違いかもしれない。だけど幸せも、正しさも、一つじゃない。100通りあるんだな、そう受け止めるだけでいいのよ」

 そんなカオリの言葉を、体現してくれる人達だ。




それぞれの幸せを
それぞれに求める人たちが
誰かの一方的な正義によって
不幸に傷つくことがなくなることを願って...…

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