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第2章[第5話] 《ユウとカオリの物語 -ジェンダー編-》

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「胸なんてさ、朝起きてポロっと取れてたらいいんだよなぁ。手術しようとまで思わないしさ。あ、でもだからと言って男性の身体もいらなくない?ユウちゃんはどう思う?」

「そうそう!それめっちゃわかるな。僕はトランスでもないしさ、どっちつかずがあってもいいよね。そんなにバシっとどっちかに振り分けられないよ。僕らは中途半端でいいんじゃない?」

「あはは……中途半端かぁ、そうだよねぇ…...うん、中途半端な人間だって、いるんだよ!」

 僕はふと、若い頃に仲良くしていたセクマイ仲間、ケイさんとの会話を思い出していた。

 ケイさんは僕より一つ年上で、容姿端麗で男前風な風貌だった。2人共ジェンダーの感覚が同じで、当時大阪の堂山界隈で一緒によく遊んでいた。2人共に女性らしいタイプの女子が好き、っていう共通のセクシャリティに加えて、心の性別は男とも女とも決められなかった。当時月に1度はどこかのクラブで開催されていたセクマイのパーティーにはちょくちょく行っていた僕らは、容姿的にも少し目立っていた。ただ若かった僕らは、とにかく彼女が欲しかったんだけど、中々好きになれるような女性も現れず、集まりにもなんとなくな居心地の悪さを感じていた。

「ねぇねぇユウちゃん。ユウチャンはパーティーとか好き?わたしはさぁ、セクマイの集まりに来るような子ってさ、結局興味ないというか......好きになれないんだよね。それに最近気づいたんだよ。ここでは彼女はできないよ」

「あぁ、なんかわかるよ。僕も最近ずっと思ってたんだ。ビアンの子はさ、僕の中の女子を探そうとするしさ、バイの子だって同じなんだよね。そういうのもしんどいしね」

「そうだよね......わたしさ、もう明日から、集まりに来るのはやめるよ。普通にノンケの子を好きになって、頑張って彼女つくろうと思うんだ」

「そっかぁ。それがいいよね。女子な部分を探されるくらいならまだ、頑張って男っぽくする方がいいしさ。僕ももう、ここで遊ぶのやめよう。ちゃんと現実の中で頑張らなきゃ」

 そうして僕らは、それぞれの道を歩き始めた。ケイさんは当時フリーターだったけど、ちゃんと仕事をみつけてかわいい彼女もできて、少し遠方に引っ越していった。僕は僕で転職をして仕事が忙しくなって、いつの間にか連絡先も交換しないまま、会わなくなった。

 当時LGBTなんて言葉も、Xジェンダーなんて言葉も、ましてやノンバイナリーなんて言葉もなかった時代。トランスの人達に詰められることもあったし、まだ揺れているだけだと言われたこともあった。だけど僕らは間違いなく、この中途半端さこそが僕らなんだと実感していた。

 そんなことを思い出しながら、通っているキックボクシングジムに僕は向かっていた。数年前から格闘技をやり始めてから、男女問わず格闘技好きの友達ができた。中にはセクマイだって、もしかしたら居るかもしれない。だけどそんな話題はちっとも出ないし、気にもならない。誰がどんな人を好きかなんてどうだっていい。ただ、彼氏がいようと結婚していようと、女子でもみんな「強くなりたい」「強い身体にしたい」そんな共通点があった。そんな中で生活をしているうちに僕は、自分のジェンダーなんてどうでもよくなっていた。それは居心地の良い、どうでも良さだった。

「あ、ユウさん、ブログ見ましたよ!カミングアウトのやつ。そうなんですか!早く言ってくださいよぉ!もう、水臭い!あ、で、どっち扱いすればいいんすか?もう普通に男子扱いでいいんすかね?」

「あ、シンさん。あはは、何扱いでもいいっすよぉ、男子扱いでも......あ!でも身体は女子ですからね!対人練習はお手柔らかにお願いしますよ?」

「あははははは!バシバシ行きますからねぇ!」

 僕とケイさんが悩んでいたあの頃から、時代はずいぶんと変わった。テレビでは有名な女性歌手がノンバイナリーだとカミングアウトして話題にもなった。だけどXジェンダーやノンバイナリーなんていってもやっぱり、マイノリティ中のマイノリティなことには変わりはない。性的マジョリティ達だけではなく、心がシスジェンダーな人はたいてい、どっちかに分けたがる。それは仕方のないことだ。人の理解の藩中なんて、自分の人生上での出来事しかないのだから。

君と僕は違う人。同じじゃない。

 マジョリティにだってマイノリティにだって、それはみんなの共通点のはずなんだ。だってどこにいたって、居心地の悪さも良さもあったんだ。同じ部分を探して、違う部分を排除する。その居心地の悪さは、どこの世界にいようと存在する。

 僕はパンセクシャルのカオリと出逢って、そのフラットな考え方に感動すら覚えた。パンセクシャルと言っても実際には色んな人がいる。だけどカオリはセクシャリティ云々以前に、人に対してフラットだ。誰でも違う。それが分かってるからなんだ。

「あぁ、みんな違うんだな。それだけでいいじゃない?」

 僕はカオリからそう教わった。同じところを探そうとするからややこしいんだ。違うところを受け止める。理解なんてしなくてもいい。理解なんて求めなくていい。そしてジャッジなんていらない。ただ、受け止める。そこから、人と人とは繋がれる。

だって僕は僕なんだし、
それなら君は君なんだ。

これは僕とカオリの、哲学だ。


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