頑固で偏屈なクソジジイがインコを飼ったら好々爺に変貌した話
「お父さんは、優しいけど思いやりがないわよね……」
結婚五十周年、いわゆる金婚式を迎えた妻である私の母にこんなセリフを言わせる男。それが我が家のクソジジイこと、父カンブンであります。
父は団塊の世代の人間で、家庭を顧みることなく仕事に邁進し、仕事上では出世をし、社会的地位も財産も手に入れました。しかし、これは団塊世代あるあるなのかと思うのだけど、とにかく頑固で偏屈なのです。
自分の意見は全て正しいと言わんばかりの振る舞いに、妙なこだわり。そしてそのこだわりを他人にも押し付ける。妻の助言など耳にも入れず、とにかく自分の信じる道だけを突き進んでいく。
父の体調が悪いように見えて、母が病院へ行くように勧めても、絶対に行かない。
「うるさい!」
と、逆切れして来る始末。その挙句、結局職場で倒れて救急車で運ばれて、生死の淵をさまよう事もありました。
そんな父に対して、数年前に母は『離婚』を決意した事があります。
「無雲、あなたは先に家を出てお母さんを待っていて。二人でアパートを借りて暮らしましょう。もうお父さんとはやっていけないわ」
私と母は父には内緒でアパートを探し始めましたが、その最中に父が倒れて死にかけたので、結局この話は白紙に。父は悪運も強いので、三度倒れて三度助かっています。憎まれっ子世に憚るとはよく言ったものです。
そんな父は、倒れるたびに母に迷惑を掛けていますが、母が体調不良の時は病院に付き添ったりしない。母を病院に連れて行くのは常に私の役割。両親と離れて夫と二人暮らしをしていた時も、母から電話が来て助けを求められて、すっ飛んで行って病院に連れて行ったりしていました。
でも、父は母を怒鳴ったりモラハラしたり殴ったりはしません。『優しい』と言えば優しい部類の人間だと思います。しかし、冒頭の母のセリフの通り、『思いやりがない』のです。相手の苦しさを感じ取ってそれに共感する能力が欠如している。それが父。
そんな人間でも社会では認められて出世できるんだなぁ。と私は感心した覚えがあります。
私が夫と二人暮らしをしている間、母はたびたび私達夫婦のアパートに泊まったり遊びに来たりしました。父と二人の生活は、つまらなかったみたいです。
クソジジイはいつの世の中でもクソジジイ。しかし、そのクソジジイにまさかの変化が訪れる事になるとは。『好々爺』と呼ばれる日が来るとは。そしてそのきっかけが一匹のインコだったとは……。
夫とアパートで二人暮らしをして三年目のある日、大家さんがとあるケーブルテレビ会社と妙な契約をしてしまいました。その契約を全戸に強制的にさせるとも。そして、同時にその時夫は失業中で無職状態。貯金を切り崩す生活はとても苦しかった。
なので、それを機に私と夫、そして夫が独身時代から飼っていて、少し前にアパートに引き取ったコザクラインコの『チーたん』の二人と一匹で私の実家に引っ越す事にいたしました。
コザクラインコのチーたんは、とっても活発でうるさい。人見知りはするけど、慣れるとべったり。コザクラインコは通称『ラブバード』と呼ばれているくらい人間になつくのです。しかし、本当にピーピーとうるさいので、実家の父がどう反応するかが怖かった。
母はアパートでチーたんと触れ合っていて、「鳥って飼うと臭いかと思ったら全然臭わないし、チーたん可愛い♡」とメロメロだったので、そちらの方での心配はありませんでした。問題はクソジジイである父。チーたんのうるささにキレないか、とにかく心配でした。
引っ越し前日にチーたんだけ先に実家に連れて行き、両親にチーたんを委ねました。不安でしかない。父の逆鱗に触れる事がありませんように……とひたすら祈っていました。
そして引っ越し当日はバタバタしていたのでチーたんはほぼ籠の中。全員が忙しくしていましたので、その日の父の反応は分かりませんでした。
引っ越しの翌朝、眠い目をこすって居間に降りて行くと、そこには目を疑う光景が!
朝一番から父がチーたんを肩に乗せて遊んでいるではないですか!
「あ、あれ? もうチーたん籠から出したの?」
「うん。出たそうだったから」
チーたんはまだ緊張した様子でしたが、父の肩にガシッと捕まっている。父もまんざらではない様子。
その日は結局、チーたんは夜寝るまで父の肩で過ごしていました。
それからというもの、父は毎日チーたんを朝一番から肩に乗せ、一日中チーたんを籠から出した状態で遊ばせていました。チーたんがう〇こをすれば拭いて歩き、チーたんが高い所に登って降りられなくなっていれば迎えに行き、とにかくチーたんの面倒を見まくっていました。
ある日、チーたんは甘噛みを誤って父の指を思いっきり噛んでしまい、流血させる事件が起こりました。これは、父がついに怒る!? と思いきや……
「チーたんのする事だから怒れないなぁ♡」
マジで!? 父、いつからそんなに丸い人間になった!?
っていうか、本当に父は毎日ずっとチーたんと一緒にいる。そう、父はチーたんの魅力にメロメロになってしまったのです。
「チーたんは癒しだから♡」
そんな穏やかな顔しているクソジジイ見たの何年ぶりだ? っていうか生まれて初めて見たわ!!!
父は、チーたんと居るようになってから性格そのものが丸くなっていきました。相変わらず頑固で偏屈な所はありましたが、それも霞むほどのチーたんへの溺愛ぶり。むしろ、『インコ溺愛キャラ』としてキャラが立って来ていたのです。
ある日、下水道工事の見積もりに業者が来た時も、父はチーたんを肩に乗せたまま来客対応。
「インコ乗せたままの人初めて見ました……」
と業者もドン引きするほどのチーたん溺愛具合。まさか、父がここまでチーたんにハマるとは。
そして、チーたんと大人四人で暮らし始めてしばらくすると、母がこんな事を言いました。
「お父さん、最近良い感じ。全部チーたんのおかげね」
一時期は離婚すら決意していた母が、父を『良い感じ』と評価した! ここに人畜無害の好々爺が爆誕したのです!
ぶっちゃけ、母は父が死ぬ日を今か今かと待っているようなメンタルの持ちようがしばらく続いていました。『優しいけど思いやりがないクソジジイ』の振る舞いは、それだけ母のメンタルを疲弊させていたという事です。
しかし、今では夫婦仲も改善し、金婚式にはラブラブで旅行に行き、チーたんを中心に穏やかな時間が流れています。
「お父さんには長生きしてもらわないとね」
母の口からそんな言葉が出る日が来るとは! 父の長生きを願う日が来るとは!
ペットという存在は、ただの動物という範疇を越えもはや『家族の一員』であります。まともにペットを飼ったことが無かった我が家に、インコのチーたんが来た事で、家族仲は良くなり、クソジジイは好々爺として認知され、良い事づくめの毎日であります。
父は、チーたんに耳の中をついばまれても、爪をガシガシかじられても、着ているジャンパーのファスナーを全部壊されても、いつも優しいまなざしで見つめています。
チーたんは我が家の救世主です。母や私がクソジジイを恨んだままにならなくて良かった。それまでのクソジジイの振る舞いすら帳消しになるくらいの最近の好々爺ぶりは、本当にチーたんのおかげです。
最近では私も母も父の長生きを願っています。と同時に、チーたんにも長生きして欲しいと願っているのです。チーたんは多分今九才くらいです。まだまだ生きられます。
いつまでもこの穏やかな空気が我が家を纏ってくれるよう、そう祈らざるを得ません。
────了
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