昨日の昼に抱きしめた雪乃のボディラインを、航平はゆっくりと噛みしめるように回想している。


―細く伸びた首筋に不似合いなほど豊満なヒップラインと、高く響く少しかすれた声と、クヌギの木のような森の香りをまとった花弁は、まるでフィドルの精が人間の姿を借りて顕れたのかと錯覚してしまいそうだ―


もしかしたら本当に彼女はフィドルの精なのかもしれない。

音楽を続けたい。ただそれだけの理由で、ただ社会的信用のためだけに結婚したいゲイの男と、打算と利害の一致で決めた偽装結婚。


これだけ聞くと、虚構と退廃に満ちた家庭を想像するのに、雪乃さん曰く

「まぁ、ウチら恋愛とセックスは一切ないけど、家族愛と友情はちゃんとあるからね」

ということで、日曜日の昼にはお互いの『結婚前から続いている彼氏』を連れて、一緒に食卓を囲んでいる。

なんてのどかで牧歌的な不倫関係なんだろう。

僕が知っている不倫家庭なんて、夫が女の家から帰らない、子供がいるから離婚できないなどとわめき立てて、子どもたち全員で

「外で彼氏を作ってもいいからお願いだから家で笑っていてください」

なんて切実に懇願される母親がいる家庭しか知らなくて、偽装じゃない結婚をしたはずの僕の実家より、よっぽど愛に溢れた家庭を築いてると思った。

純粋にそういう家族愛を羨ましいとは思ったけど、雪乃さんの『結婚前から続いている彼氏』であるドミンゴスに時々嫉妬してしまうのは、僕が寂しがりやで愛情に飢えているせいだろうか?


日曜日の夜の雪乃さんは『バール・ドミンゴス』で演奏をして、そのまま朝まで帰らない。


色黒でマッチョな身体のドミンゴスに抱きしめられて、純白の肌が桜色に染まっていって、慎ましく小さな花弁が、硬くそびえ立つ大きな黒龍を

(あくまでこれは僕の想像だけど)

するすると根本まで飲み込んで熱く滑らかに締め付けながら、耳元でたった一人の男のためだけに奏でる喜悦の嬌声がどんな声なのかと想像するだけで、僕自身も硬くなってきて、独りの夜の寂しさを、右手で慰める。


月曜の朝に、僕の部屋にフェジョアーダを持ってきてくれる雪乃さんと、一緒に朝食を食べてから大学に向かうのだけど、ドミンゴスの人柄と同じような、大らかで優しいながらもどっしりと力強い味わいが後を引く旨さで、つい何度もおかわりしてしまう。

ドミンゴスが作るフェジョアーダは本当に大好物だけど、日曜の寂しさを思い出してしまうからそこだけは大嫌いだ。





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