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生活保護を受けていた頃といま。

ふと思い立ち、書く。
ある時期、生活保護を受けていた。
パニック障害は10代からあって、
気付いたら鬱になっていた。
パニックを起こした日の事は覚えているけれど、鬱は気付いたら、って感じ。
気付いたら飲んでいる薬が増えていき、
その中に抗不安薬、睡眠剤、睡眠導入剤、
ほかに、抗鬱剤も処方されていた。
実際に、身体が動かせなかった。
夕暮れ、つまりこの時間になって、
ようやく少しだけ元気になった気で、
夜になって、身体が動かせるようになっていたかな?。
記憶は、処方されていた10数錠の薬と、
お酒でほとんど、出鱈目なものになってしまっている。

働いていないのだから、当然、お金は家族に頼っていた。それでも年老いていく家族から送られてくるお金は減っていく。
それで生活保護を頼った。
その時期がいつからいつまでか、
その記憶もまだらだ。

そして、いま僕はたまたま縁あって、
障害者の介助の仕事をしている。
障害者の介助の仕事をしていると、
彼らがいかに日々、さまざまなひとの偏見や無知や差別に、そして暴力にさらされているかを、思い知らされる。
ただ、ここで留保しておきたいのは、
僕は決して彼らの代弁者ではない。
障害者と関わる仕事をしているからと言って、
当事者ではない。

もちろん、生活保護を受けていたと言っても、
僕の場合であって、ほかの生活保護を受けているひとの実際を、僕は知らない。
僕はあなたではないし、
あなたは僕ではない。
僕は僕のいまだ、コロコロ変わる気分で、
僕の気持ちすら、よくわかってはいないし、
たぶん僕を知っているひとによっても、
僕と言う人間は、そのひとによって違うとも思う。
だからひとから聞く自分像は面白い。

そして、いま、あまり生活保護を受けていた頃の話をしなくなったのは、
生活保護を受けていた僕が、
介護の仕事をし始めて(もう6年くらいにはなるのかな?)、
最初は子供を見ていたから余計に、
子供たちの成長とともに、
僕も成長してきた、と言うような、
ちょっとした寓話になりそうな事を拒絶したいからだ。

ひねくれている、とも言えるけれど、
ひとは死ぬまで成長しなければならない、
と言うような事は正直、思わない。

本当にたまたま、僕は、介護の仕事に出会い、
一時期は確かに天職だと思っていたけれど、いまはもっと落ち着いて(つまり介護の仕事を始めた時にはもっと舞い上がっていた)仕事をしているし、
そしてたくさんの薬を、自己判断で一気に断薬し、それでもたまたま生き残ったけれど
生活保護をいまは受けずに経済的には自立した生活をなんとかしながら(自立って何だとは思う…)、この先の事を考える余裕はある。

ただ、こうして書いて、決して、
物語にはしたくない。

僕にはたまたま、いくつかの手が伸びてきた。
伸びている手を掴む事ができた。
けれど、その手を振り払うひとに、
手を掴む事に抵抗するひとに、手が伸びてきている事に気付かないひとに、手が伸びていないひとに、どうアクセスするかを考えている。

ふとお休みの夕暮れに思った。


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