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四国大戦 二番札所 極楽寺2

 気が付くとジョンは対仏ライフルを握りしめたまま、川原に打ちあがっていた。
「ジョン、気が付いたか」
 金剛杖が言った。刀も金剛杖もまた帯に差さっている。無くなった装備は無さそうだった。ほっとして、空を見上げた。空はもう夕方だった。
「どうして俺はここに?」
「極楽寺のレーザー攻撃を受けたとき、直撃こそ免れたものの君の服に火が付いたんだ」
 装束の検めると、確かに袖のたもとが黒く焼け焦げていた。
「パニックになった君は、山の中を突き進んで、崖から川へ飛び込んだ」
 ジョンは頭痛を感じた。頭に手をやると、固まりかけた血で指先がべとついた。川へ飛び込んだ際に、頭を打ったらしい。記憶があやふやなのはそのせいだろう。
 惨めな気分だった。極楽寺は今頃、町に降りて人を食っているだろう。
「不用意に飛び込み過ぎたのだ」
 金剛杖が言った。ジョンは言い訳をしなかった。例えあのやっかいな寺を建立した張本人だろうが、霊山寺の戦いで機動寺院の力を知った気になっていたことは否めない。
 懐から般若心経を取り出すと、中身は真っ黒になって徳を完全に喪失していた。ジョンは般若心経を河原へ放り出し、金剛杖をついて立ち上がる。町へ向かわなければならない。
 金剛杖の投影マップに従って、南へ下る。やがて見覚えのある橋へ差し掛かり、土手を上って西へ向かった。
 やがて例の妊婦が住む家々のある地区へと辿り着いた。一見、午前中のときと全く変わらぬ風景であったが、地面に穿たれた穴と、焼けたて煙を発する木々、周囲に漂う焦げ臭さと、泣き叫ぶ人々の声がこの地に起こった悲劇を示していた。
 妊婦の家の前では、父親が子供の様に泣きわめいていた。ジョンが駆け付けてわけを聞くと、極楽寺の襲来を聞きつけた妊婦が制止を振り切って道路に飛び出し、参拝しようとしたところにロボットアーム『木魚』に捕まれて極楽寺に食べられてしまったのだという。
 再び泣きわめ父親にかける言葉もなく、ジョンは拳を血が滲むほど握りしめることしか出来なかった。
「親父さん、この近くに仏具屋はないか?」
 金剛杖がピカピカと青く光りながら父親に問いかけた。
「ひえっ」
 父親は驚き、腰を抜かし、尻もちを付く。
「怪しいものではない。私は弘法大師空海だ。もう一度聞く、この近くに仏具屋はないか?」
「弘法大師だと!」
 その名前を聞いた瞬間、父親の目の色が変わった。にわかに腕をまくり上げて「お前があのクソ寺を作った張本人か!」とジョンに迫った。
「落ち着け! この杖には人格データがインストールされているだけだ、本体はもう死んでいる」
 ジョンが制止するも父親は「知るか! 弘法大師がいるなら、杖だろうが仏像だろうが、ぶっ壊してやる! 破戒だ!」とまくしたてた。
 気が付くとジョンは町民たちに包囲されている。
「弘法大師?」
「弘法大師だって?」
「あの杖が?」
「人格データをインストールだってよ」
「仏教のテクノロジーか」
「叩き折れ!」
「そうだ! 叩き折って燃やせ!」
 町民たちがジョンを包囲する輪をジリジリと狭めた。
「やめないか!」
 ジョンは大声を張り上げるが、町民たちは聞く耳を持たない。金剛杖に彼らの手が迫った。
 止むを得ん!
 次の瞬間、数珠の音がジャララララと鳴って、町民たちの顔を打った。ジョンの放った数珠は蛇のごとく町民の首に巻き付いて、地面に引き倒すとジョンはそれを飛び越えて夕闇の中へ姿を消した。

「やれやれ、弘法大師の名前は出さない方がいいな」
 ジョンはそう言って、すっかり陽の落ちた夕闇の町を歩いた。
「仏具屋を探せ、ジョン」
 金剛杖はそう言ってジョンを急かした。確かに極楽寺との戦いで煙幕線香手榴弾は尽きていた。対仏ライフルの弾丸や般若心経も補充せねばならない。
「しかしまずは極楽寺のサーチライトを何とかしなければ」
「だからこそ、仏具屋へ行くのだ。仏具屋になら溶接に使用する遮光眼鏡がある」
 なるほど、溶接に使用する遮光眼鏡なら、まばゆいばかりの極楽寺の光から眼を守ることが出来るだろう。
「もう一つ必要なものがある。鏡だ」
「鏡?」
「左様、やはり阿弥陀光線を防ぐには鏡の盾が要る。鏡の盾があれば、ある程度、光を反射させて光線を防御できるはずだ。阿弥陀光線は射出に大量の徳を消費する。連発は出来ない。その隙を狙って極楽寺を倒すのだ」
「なるほど」
 やはり機動寺院の設計者だけあって、金剛杖は詳細で具体的な対策を提示する。
「とにかく仏具屋を探さねばなるまい」
 ジョンは托鉢の要領であちこちの家屋を叩いて、仏具屋のことを聞いて回った。幸い、四件目で機動寺院の脅威にさらされながらまだ仏教を捨てていない町民に出会い、仏具屋の場所を聞き出すことが出来た。ここから南にある吉野川の近くにあるというので、ジョンは早速行ってみた。
 するとどうであろう。教えられた住所は焼野原になっているではないか。
「これは放火だな」
戦場で数多の略奪現場を見て来たジョンは、焼け跡からそれが人為的なものであるかが判断できてしまうのだ。
機動寺院を、仏教に対する憎しみが、人々を仏具屋への放火に駆り立てたのだろうか?
 否! 否! ジョンは歯を食いしばって否定する。救済すべき人々を、証拠も無しに疑ってはならぬ。自分のすべきことは出火原因を特定することか? 否! 仏具屋を探し、極楽寺へ対抗する手段を見つけ出すことだ。
「喝!」
 ジョンは走る。次の仏具屋を見つけるために。人づてに聞いて回りながら、一軒、また一軒、しかし仏具屋は全て跡形もなく焼き払われてその痕跡を永久に失っていたのだ。
「極楽寺が焼き払って行ったんです」
 最後の仏具屋の前で、町人がそう教えてくれた。
「理由は分かりませんが」
「そうか」
 ジョンはホッとした。仏具屋に放火した人間などいなかったのだ。それは彼の心に救いをもたらしてくれた。
「ありがとう」
 礼を言って去るジョンに、彼の心中を知らぬジョンが首を傾げる。
 まったく修行不足だぜジョン・田中。馬の使い方は荒いが、四国もまた人、何を疑っていたのだ!
「はっはっはっ!」
 夕焼けの空にジョンの不敵な笑い声がこだまする。ジョンの心に去来する暖かい思い出、兄弟子から差し出された暖かい粥、怪我を手当てしてくれた弟弟子、ゼロと体術を競い合い、共に勉学に励んだ日々、余った漬物を恵んでくれた隣家のおばさん。
 その暖かい思い出に、カラスの悲鳴が石を投げかける。
 死体に集る蛆! 狂気を患って裸でうろつく娘! 戸口から覗く血走った眼玉! 過去の過酷な体験は、ジョンを思い出のぬるま湯に浸らすことを許さない!
「今日は休もう、ジョン」
 金剛杖がジョンを現実へ引き戻す。
「仏具屋を見つけられんのは残念だが、お前さんも極楽寺との戦いでダメージを負っている」
「そうだな」
 ジョンは適当な橋を見つけ、その下で野宿をすることにした。土手に焚火を起こし、小さな鍋で米を煮た。日はとうの昔に山の彼方へ沈み、橋の下は火を持ってなお、真っ暗だった。
 こんなときは星空が肴だ。
 ジョンは空を見上げる。満点の星空が、疲れたジョンの心を癒す。
「今日は白鳥座がきれいだな」
 土手に転がる金剛杖が言った。
「ほう、分かるか」
 眺めるのは好きだが、ジョンは星座を理解していない。
「ちょっと杖を立ててくれ」
 ジョンは砂利に金剛杖を突き立てた。
「こうか?」
「ああ、それでいい」
 金剛杖がピカピカと青白く光る。
「あれはへびつかい座、あれはヘラクレス。下に見える赤いのはアンタレスで、あれに連なる三連星がさそり座の腹を成している」
「あれこれと言われても、今の説明じゃアンタレスしか分からん」
「アンタレスから北から順に、へびつかい、ヘラクレス、こと、はくちょう」
「ふうん」
 こうして二人はしばらく呑気に星座を眺めていたのだが、すると大麻山の方角から一筋の強烈な光が伸びて満点の星空を汚した。極楽寺のサーチライトが、突然、無分別な発光を始めたのだ。まるでジョンの敗北をあざ笑うかのように。
「あの野郎」
 ジョンは腹を立てて大麻山を睨むが、しかし彼に出来ることは何もない。諦めて大人しく鍋の中に煮えた米を食べ始める。
 そこへ。
「もし」
 何かが声をかけた。ジョンは刀を掴む。辻斬り強盗程度なら危機感を表さないジョンであるが、その声にはどこか不吉なものがあった。
「誰だ?」
「私はレイジ、仏具屋です」
 足音が土手を降りる。焚火の火に照らされて現れたのは、長身の男の姿だった。身長は百八十センチを越えているだろうか、真冬のように厚い着物を着て、どてらを羽織り、頭は笠を被っている。年齢は二十代後半だろうか、顔立ちは整っているが死人のように青白い。
「仏具を探していると聞き及んだもので」
「ジョン・田中、破壊僧だ」
「弘法大師空海」
「ほう、しゃべる金剛杖とは」
 レイジが驚嘆する。
「レイジと言ったな、確かに我々は仏具屋を探している。工房はどちらに?」
「大麻山の洞穴」
「洞穴? そんなところにどうして工房を建ておるか」
 金剛杖はピカピカと光って疑問を呈す。
「見ての通り、私は病弱でしてね。町の空気の中では生きられんのですよ」
 レイジの言う通り、長身の体格に反して、彼の体は痩せているように見える。
「それに他の仏具屋は極楽寺に潰されております。特に反仏質を扱うような店はね」
「お前の店は違うというのか?」
「この辺りで生き残っている仏具屋は、私の所だけでしょうね」
「分かった」ジョンは頷く。「案内してくれ」
「ジョン!」
 金剛杖が、ジョンの拙速な判断を諫めるように言った。
「では、付いてきてください」
 ジョンは金剛杖を砂利から引き抜いた。その金剛杖が指向性音波で耳打ちする。
「いいのかジョン」
「どの道、仏具屋が見つからなければ俺たちは継戦能力を失う。ここは行くしかない」
 ジョンと金剛杖、同行二人、四国の闇路を行く。ジョンの胸に恐怖心は無い。例え向かう先がオオカミの口であろうと、彼の見る悪夢よりは心地良いものだろう。

 レイジ青年の足は大麻山の麓、岸壁に走る洞穴の割れ目へと向いた。
「ここは敵の懐ではないか」
 金剛杖が嘆息すると「ここは極楽寺の反仏質索敵探知レーダーの範囲外にあります。灯台下暗しですよ」と、レイジは言って「さぁ、こちらです。足元に気を付けて」と案内する。
 外と同じく、洞穴の中は真っ暗だった。金剛杖が発光して明かりをとろうとしたとき、レイジが自動着火蝋燭で壁の燭台に火を点けて回る。そこ現れたのは六十畳程度の空間で、周囲には旋盤や溶接機を始めとした工房道具が所狭しと並んでいた。どれも古く、そして使い込まれている。
 レイジは笠を壁にかけ、それから「それで、何をご所望かな?」と問う。
「今から作業をするのか?」
 驚くジョンに「まさか」とレイジは笑う。
「作業は明日から始めます。今日は泊まっていって下さい」
「かたじけない」
「それで欲しいのは?」
 ジョンはレイジに対仏ライフル弾、線香手榴弾、それから遮光眼鏡と鏡の盾を要求する。
「ふむ、ちと難しいですな」
「何故だ、どれも仏具屋には難しいものではないだろう。対仏ライフル弾と線香手榴弾は設計図通りに作ればいいし、鏡の盾の設計も難しくはない」
しかしレイジの懸念はそこではなかった。
「ここには私しかスタッフがおらぬ故、時間が足りません。時間を駆ければ、四国の人々がそれだけ犠牲になってしまいます」
「確かにそうだ」
 ジョンは動揺した。この動揺は最初にこの青年に対峙したときに発生した動揺とは別の物である。このレイジは、四国民を本気で気にかけているのだ。
 異様な風体に自分は恥ずべき差別感情を持ってしまったのだろうか? ジョンは再び自分を叱咤した。人を警戒するのであれば、理不尽な仕打ちを受けた後にするべきだ。
「では、今より作業を始めます。あなた方は適当に休んでください」
「かたじけない」ジョンは深々と頭を下げる。「ただ、その前に紙と筆をお借りしたいのだが」
「般若心経を写経するのですね? 分かりました。あちらの写経台をお使いください。紙と筆、硯は脇にある箱の中に入っています」と、部屋の隅にある机を指した。
「承知した」
「それでは、私は作業の方に入らせて頂きます」
「うむ」
 ジョンは写経台の前に座り、金剛杖を傍らに置いた。
 髪を台の上に乗せ、硯に水を入れ、墨を擦る。一擦り毎に、自分に般若心経を託して死んだゼロの顔が浮かぶ。
「あの男、怪しいと思ったが存外、仏心を持ち合わせておるな」金剛杖が囁いた。「ただしまだ油断は出来んが」
「黙ってくれ、大師」
「ああ、そうか。すまない」
 心を乱して書く写経に威力は無い。般若心経の教えは空、この世は全て人の認識による見かけ上の物であり、ゆえに全てがあらゆる形を取り得ることを示している。
 破壊僧はこの般若心経を身につけることによって、自身に対する攻撃エネルギーに空の説法を行って無力化することが出来るのだ。それには心を空にして写経を行わなければならない。どれだけ心を空にして写経できるかが、般若心経の威力を決めるのだ。
 一説には空を極めた僧侶の般若心経は、核爆弾の威力にすら耐えることが出来るという。
「佛説魔訶般若波羅蜜多心経……観自在菩薩……行深般若波羅蜜多……時照見五……」
 ジョンは般若心経を唱えながら、文字を綴っていく。綴った自分の文字を見て思う。
 やはり下手だな。
 もちろん、それは死んだ親友のゼロの綴った写経に比してのことである。ゼロの写経はジョンのそれよりも早く、そして丁寧で美しかった。
 一度、ジョンはゼロにコツを聞いた事がある。彼は言った。
「何も考えるなジョン! 般若心経に身を委ねるんだ! ところで腹減ったなぁ、ジョン!」
「ふっ」
 思わず吹き出す。
 さすがゼロだ! 死んでも俺をいたわってくれるとは!
「どうしたジョン、般若心経がそんなに面白いか?」と、金剛杖。
「ああ、面白い」
「いかんな、心を空にせねば般若心経は真価を発揮せんぞ」
「そうだな」
 だが五年ぶりに取った筆は、ジョンに様々な記憶を思い起こさせた。結局、出来上がった般若心経は及第点というところ、それでもジョンはその出来に満足して眠りについた。

 ジョンが眠りについた後も、金剛杖はセンサーでレイジの動きを観察していた。
 病弱そうな見た目に反して、彼の動きは力強く、かつ精密であった。
「馬鹿! アホ! クソ野郎!」と、地蔵に罵詈雑言を浴びせて反仏質を生成し、それを旋盤で弾頭に加工、薬莢にガンパウダーを詰めて反仏質弾を手際よく製造していく。
 次に彼は線香を束ねて線香手榴弾を作り始める。
 ほう、杉線香を使うか。
 金剛杖が梵字回路内で嘆息した。基本的に破戒兵器は殺生と供養を同時に行う。不殺生の戒律を許された破壊僧にとっては奇跡の回答であるが、不慣れな仏具屋は供養を重視して、高価な白檀や伽羅などの香木を加えがちだ。
しかし破壊僧にとっては、立ち昇る香りよりも発火の際に大量の煙を出す安価な杉線香の方がより実戦的と言えた。
 こやつ、なかなかやりおるな。
 一方で金剛杖は、その解像度の高いセンサーで認識していたのである! 線香に触れた指先が火傷のようにただれ、そしてまた高速で治癒していくのを! ジョンが般若心経を唱える際に苦痛に顔を歪めるのを! 金剛杖に見間違えは無い、この青年は何者なのであろうか? ジョンは苦悶の表情と、汗を浮かべて悪夢と戦いながら眠りについている。何も知らぬままに……。
 翌朝、悪夢と共に目覚めたジョンを、レイジが飯を炊いて迎えていた。ジョンの正確な体内時計は、今が早朝であることを示していたが、洞窟はやはり夜のように暗い。ただ僅かに空気が通っているのだろう、囲炉裏から発せらるる煙は細い筋を描いて、天井へ吸い込まれていく。
「目覚めたが、ジョン殿。粥が出来ておる。少ないが、山菜の煮付けなども用意してある」
「かたじけない」
 ジョンは丁寧に一礼して、レイジからお椀を受け取って食事を始める。
「依頼した者は?」
「用意出来ました」
「徹夜か?」
「はい」
「無理をさせたな」
「滅相もない」
「ところでレイジ殿、そなたは食事をせんのか?」
 レイジはただ囲炉裏の対面でジョンの食事を見守るばかりである。先に食事をした様子もない。鍋の蓋を開けたとき、粥の形が崩れていなかったからだ。
「徹夜明けで食欲がございません。あなたが発ってから頂きます。粥は好きなだけおあがりください。また炊きなおしますので」
「そうか」
 そうは言いつつも、ジョンはレイジのために粥を半分だけ残し、装備の代金を払って洞窟を出ようとした。
「申し訳ありませんが私は疲れたので、お見送りは勘弁してください」
「気にするな」
 ジョンは遮光版を貼ったゴーグルを額に乗せて、鏡の盾を左手に装備して言った。鏡の盾は木材を基礎として、薄く磨かれた銅が張られている。時間が短かった故に造りは粗雑であるが、役割は果たしてくれるだろう。
「ではさらばだ」
「ご武運を」
「うむ」
 ジョンは洞窟を進む。やがて彼方より洞穴の壁面に反射した青い光が現れ、眩しい朝の光がジョンを包んだ。暖かい日の光だ。
「刀をちょっと抜け、ジョン」
 金剛杖が指向性音波でジョンに囁く。
「何だと?」
「抜け!」
 訳も分からず、ジョンは親指で刀を押し上げた。すると刀の表面に光が反射して、洞窟の奥へと延び、それから「ぎゃあ!」という断末魔の叫びにも似たレイジの悲鳴が洞窟の奥から響いたのである。
「レイジ殿!」
 ジョンが再び洞窟の奥へと駆け付ける。そこには焼け爛れて白煙を噴き出す顔面を両手で押さえ、地面にうずくまるレイジの姿があった。
「やはりそうか! ジョン、こいつは吸血鬼! 仏敵なるぞ!」
「うぐううう!」
 レイジはまだ顔を押さえて悶えている。だがそれももうしばらくの間だけだ。強靭な生命力を持つ吸血鬼は、複雑骨折をしても数分で元通りになる回復力を持つ。レイジが火傷に呻いているのも、あと数十秒の問題であろう。
 その強靭な生命力を持つ吸血鬼を討つのは、心臓に突き立てる金剛杖だ。特に四国を修行者と共に回って純仏質と化した金剛杖は、吸血の体を一瞬にして灰燼に帰すとされる。
 カシャン、と音を立ててジョンの持つ金剛杖の先端が鋭利に変形した。弘法大師空海のインストールされたこの金剛杖もまた、純度の高い仏質である。
「やれぃジョン! こやつはこの世にいてはならぬものだ!」
 しかし次の瞬間、ジョン取った行動は驚くべきものであった!
 何とジョンは金剛杖を帯に差し、懐から清潔な手拭いを取り出すとそれを水瓶に汲まれた冷たい水に浸して絞り、レイジの火傷にあてがったのである。
「気でも狂ったか! ジョン! そいつは仏敵だ! 吸血鬼と人間は共存できない!」
「黙れ大師!」と、ジョンは一喝する。「たとえ仏敵であろうが、こいつは俺のために徹夜で装備を作り、食事を用意してくれたのだ!」
「お前に極楽寺を破戒させるためだ! 極楽寺の光は吸血鬼を一撃で葬るからな!」
「だとしても俺はこいつの中にある仏を信じたい。俺の目の前で、こいつはまだ誰の血も吸っていないんだ」
 このときジョンが発揮した慈悲と献身は、ともすれば少量の純仏質と功徳を生成するものであり、反仏質を暴発させ仏敵を即死させるものであったが、ジョンの対仏ライフル弾にも、レイジにも何ら影響は無かった。
 それはこのような慈悲と献身さえ、ジョンが背負う破壊僧の忌まわしい因業を打ち消せなかったのか、はたまたブッダの粋な計らいであったのか、それは誰にも分からない。

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