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甘い毒

甘くてふわふわな感性で、何かを書こうとしてみた。それなのに、甘さは脳でじんわりと広がって、いつのまにか苦みに変わってしまう。
わたしだけなの?。

真っ白でふわふわなクリームが降り積もった目の前のショートケーキ。
ケーキは芸術作品だというのは本当だ。
ひとつとして全く同じものは無くてそれぞれ個性をもっている。
それゆえに、可愛いを固めた鎧を纏って出来ているように見える反面、ひとひらの風がはらりと吹くなら、たちまち崩れてしまいそうな儚さを持ち合わせている。
いくら眺めていても、たちまちフォークをさくりと差し込んでしまえば、その美しさは未完成になってしまう。
舌に広がるケーキの甘さはその儚さの代償。

「美しいものほど壊したくなる」
と誰かが叫んでいる。
優しすぎる愛はたちまち飽きてしまう。
みんな、たしかに美しく優しいものが好きなはずなのに、享受したとたんそれは毒に変わってしまう。

わたしの恋はそうだった。
恋愛という目見麗しいかたちへの幻想と、淡く舌で溶ける綿菓子のような甘さ。
近づくにつれその甘さは濃度を増していく。
やがて舌が痺れるようなまったりとした甘さを享受する頃、しだいに感覚が麻痺をし始めた。
甘さに飽きてしまって苦さを求めてしまう。
そうやって、ようやく振り向いて手を伸ばしかけてくれた頃、痺れ切った舌で甘さを感じることができなくなったわたしは未練もなく背を向ける。

愚かだな。甘さは、麻薬のようだな。

半分くらい食べ進めたきれいだったショートケーキ。
姿はすっかりと芸術作品から残された食べ物に変わっていた。
それなのにこれから先もずっと甘い。
もうすっかり無関心にもう一口大にフォークを突き刺した。
最初の、きれいなものを壊した時のゾクゾク感は既に消え去っていた。
残るのは甘ったるさと気怠さだけ。


それだというのに、いつか頭の片隅で、懐かしむようにふと蘇ったショートケーキは、手が届かないほどの美しい芸術作品のかたちをしていて、その耽美な甘さが欲しいと舌が疼くのだ。

そして気付く。
美しいものは壊したくなるんじゃなくて、壊してしまったものの面影ほど、恐ろしく美しいんだと。



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