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<連載第6回>列車に乗ること自体が野獣のように危険|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

<連載第5回>移民の家「ルチャガル」はこちらから


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 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。
 南米へ足繁く通うノンフィクションライターの北澤豊雄氏が、単身『野獣列車』を追いかけ、その列車をめぐる人々の姿を活写した28日間の記録。


 男はロドリゲスと名乗った。
人通りの多い木陰で話を聞き終えると、彼はまた朱色の札を手に暑い通りに出て行った。
 ホンジュラスの首都テグシガルパ出身のロドリゲスは、今朝、野獣列車でマティアス・ロメロ駅に着いたばかりだった。目的はもちろんアメリカへ行くためである。だが資金がそれほどあるわけではない。そこで彼は母国の通貨レンピラの朱色の札を掲げながら路上で金の無心をしていたのである。ホンジュラスから来た移民であることを分かってもらうための方法なのだろう。
 身長は180センチほど。体は大きいが優しい声音をしているロドリゲスはしかし、通り一辺倒の話しかしてくれなかった。もっとも、アリアガ駅で出会ったラファエルやイステペック駅で出会ったサラのように積極的に話してくれる人のほうが珍しいのかもしれない。
 ホンジュラスを出たのは「危険でアメリカへ行って稼ぎたいから。野獣列車の乗り心地は普通」。彼の話を集約するとこうなる。私と同じく移民の家に向かったが閉鎖されていることが分かり、とりあえず町で小金を稼ぎながら野獣列車の出発を待っているところだった。朝から夕方近くのこの時間帯まで町を回って200円ほど稼げたという。


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[ホンジュラスから来たロドリゲス]


 ここまで3駅を回ってきた。ロドリゲスの話も含めて、分かったことが2つある。
 野獣列車は未明に発着する傾向にあること。
 移民たちは各駅に着くとまずは移民の家に向かう可能性が高いこと。

 私はネットカフェに入った。と言ってもメキシコに限らず中南米はどこもそうだがカフェがあるわけではなく、デスクトップのパソコンが部屋にずらりと並んでいるだけである。
 グーグルにスペイン語で「メキシコ・移民の家・住所」と打ち込んだ。
 トップページに表示されたのは国際移住機関が発行している「移民のための避難所リスト」(2018年度版)である。メキシコ国内の移民の家の住所113ヶ所がリストアップされていた。なるほど移民たちはこれを頼りにしているのか。私はこれから辿っていく各駅の移民の家の住所をピックアップして印刷した。
 続いて野獣列車のルートも改めて確認した。グーグルに「野獣列車・ルート・メキシコ」と打ち込んでトップトップページに表示されたサイトは「建築家と人々」。私はメキシコに入国したときからこれを参考にしていた。社会問題に取り組む建築家たちの非政府組織であり、アメリカへ向かう移民たちのことをよく研究していた。野獣列車のルートも詳細だ。
 そもそも野獣列車には2つの意味がある。ひとつは貨物列車の車体が野獣のようにいかめしいこと。ひとつは移民を乗せてアメリカとの国境に向かうようになって以来、多くの人々が列車からの滑落やギャング団の襲撃により死傷しているため、列車に乗ること自体が野獣のように危険だという意味が込められている。グーグルで野獣列車を検索しながら初めて知ったことだが、野獣列車は別名、死の列車とも呼ばれているようだった。


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北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。

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