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<連載第5回>移民の家「ルチャガル」|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

<連載第4回>あんた、もしかして犯罪者かい?はこちらから


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 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。
 南米へ足繁く通うノンフィクションライターの北澤豊雄氏が、単身『野獣列車』を追いかけ、その列車をめぐる人々の姿を活写した28日間の記録。


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[マティアスロメロ駅の駅舎]

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 マティアス・ロメロ駅(Matias Romero)はレンガ調の背の高い建物だった。駅舎らしい趣があり、これまでの2つの駅と違い線路の両脇には編み目の柵や外壁がしつらえてあり中には入れないようになっている。
 駅舎から線路伝いに東へ延びていく小路があり、左手には線路の柵が、右手には民家なのか店なのかよく分からない建物が連なっている。日の差さない陰気なその通りを歩いていると、ふいに指笛が聞こえた。
 足を止めて振り返ると、建物の中から出て来たボディコンワンピースの艶めかしい女が「何を探してるの?」と柔らかな声で聞いてきた。女は20代後半ぐらいか、浅黒い肌と桃色のワンピースがマッチしていた。
「野獣列車に乗る移民たちを探しています」
「女は要らないの?」
 私が首を振ると、女は見当が外れたといった様子で一瞥を外し、「移民の家に行けば」と呟くような声を漏らした。
 私は慌てて女の背中に声をかけた。
「そこはどんなところで、どこにあるのですか?」
 女は振り向いて溜め息まじりに言った。
「アメリカを目指す移民たちを泊めさせて、食事を与えているんだよ。あんたも移民なんでしょ? 知らないの?」
 そんな施設があったとは知らなかった。いや、言われてみれば前出の映画や小説【『闇の列車 光の旅』(2009年アメリカ・メキシコ映画)・『夕陽の道を北へゆけ』ジャニーン・カミンズ著、宇佐川晶子 訳(2020年2月)】にそのようなシーンがあったような気がするが、自分が移民の立場になってみて初めて興味を覚えている。
「あっちの郊外にあるよ」
 彼女は東のほうに向かって手を振ると背中を向けた。


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[マティアスロメロの町の様子]


 私は早速、大通りに出てタクシーを止めると、「移民の家を知っていますか?」と声をかけた。普通乗用車の車内は乗り合いタクシーだった。運転手と後部席の女性が私をちらちら見ながら何やら話し込む。「プリメロ・デ・マヨ」(5月1日)という言葉を連呼している。中南米は地名や通りの名に日付が付いていることが多い。
 麦わら帽子を被っている中年の運転手が、ぶっきらぼうに「分かった。連れて行ってやる、乗れ」と言った。定員の5人をオーバーしているが、運転手は助手席に座る老婆と運転席の間に私を押し込んだ。ぎゅうぎゅう詰めになった車内は蒸し暑くすぐに額に汗が滲んだが、車が発進すると全開の窓からわずかな風が流れ込んできた。
「近いですか?」
「車で10分ぐらいだけど、道が悪くて目的地までは行けない。途中で下ろすから、あとは歩いて行ってくれ」
 車は中心街を抜けて踏切のある線路を渡った。思わず線路の左右に目をやって移民がいないかどうか探してしまう。やがて十字路になると、右手に未舗装の赤茶けた砂利道が遙か先まで続いているのが見えた。オアハカ州マティアス・ロメロは人口約2万人の小さな町だが町に奥行きがあった。
「この先をずっと行くと移民の家がある」
 そう言うと運転手は車を停車させた。私は助手席の老婆を越えて車を降りた。ポケットをまさぐりながら「いくらですか?」と尋ねると、運転手は手のひらを向けた。
 はっとして運転手の顔を見つめた。お金はいらない、という意味だ。移民だと思われているのだろう。私は礼を言って歩き始めた。

 空にはわずかな雲があるものの、水色の絵の具を塗ったように晴れていた。昨日まで雨が降ったのか、所々が泥のようにぬかるんでいる道の両脇には、コンクリート造りにトタン屋根を乗せた民家が連なっている。町の郊外といった雰囲気である。
 犬がひっきりなしに吠えて近づいてくる。どんどん増えてくる。日本から持って来た折り畳み傘をバックから取り出して威嚇しながら歩く。急勾配な坂道もあり人気もなく不安になってきたところで中学生くらいの少女たちが姿を現してほっとした。「移民の家を探しているけど知っている?」と尋ねると、彼女たちは驚いたようにあとずさりしながらもう少し先のほうを指さした。

 十字路から歩いておよそ20分、民家が途絶えかけた一画の広々した敷地がそれらしき建物だった。白い外壁に囲まれて、外から中は見えない。重たそうな鉄扉の横に「移民の家 ルチャガル」という旗が貼ってあった。
 移民の家はしかし、ブザーを何度押しても誰も出てこなかった。人や犬の気配もない。私は諦めて周辺をぶらぶらし、雑貨屋を見つけて中に入った。
 ガラスケースの中にチョコレートやポテトチップスの小袋が入っている。その上はカウンター代わりになっており、電卓が置いてあった。盗まれないのだろうか。薄暗い店内に向かって声を上げると、犬の鳴き声と共に人が現れた。
 ボーイッシュなベリーショートは茜色と茶色に染められて、一見するとすらっと見目のいい男のようでもあった。年齢不詳の中性的な女だが、よく見ると40代か、50代前半くらいに見える。
「すみません、あそこの移民の家のことで聞きたいのですが……」
「あなた、中国人? 日本人?」
「日本人です」
「何しにここに来たの?」
 女はカウンター代わりのガラスケースに肩肘をついて笑みを浮かべた。目が少し宙をさまよっている。
「野獣列車の取材で移民たちを追いかけています」
「そう、そこの移民の家はね、最近、閉鎖されたのよ。残念だったわね」
 どうりで人気がなかったわけだ。
「ねえ、あなた、日本はポルノ映画が盛んなんでしょ?」
 意表をつく質問に戸惑っていると、女はにやにやしながらガラスケースをどけて近づいてきた。
「どうかな‥‥」
「インターネットを見て私は知ってるのよ。ねえ、何を持ってるの? 見せて」
「傘だよ」
 手渡すと、女はそれを口に含む仕草をして舌を出した。そしてけらけらと頓狂な笑い声を上げた。
 私は傘を奪うようにして取った。女はなおも笑みを絶やさず左手の親指と人差し指で輪っかを作ると、そこに右手の人差し指を出し入れしている。薬中か。なるほど目が怪しいと思っていた。
 私が背を向けると女は声を強めた。
「ねえ、部屋でしようよ。上がっていきなよ。好きなんでしょ」

 通りに出てしばらく歩くと、折良く乗り合いタクシーがやってきた。車内は冷房が効いていて心地いい。後部席の隣に座る中年の男に私は尋ねた。
「ルチャガルという移民の家を知っていますか? 閉鎖されたと聞きましたが本当ですか?」
 男は分からないらしく運転手に話を振った。
「ああ、あそこね。昔はたくさん移民がいたけど、今はやってないよ」

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[閉鎖した移民の家]


 中心街でタクシーを降りて私は町を歩いた。坂が多い。Tシャツが汗でびっしょり濡れていく。タコス屋に寄って腹ごしらえをしながら外を眺めていると、大きな体をした男が道行く人々の前でお札を掲げながら小さくなっていた。青いだぶだぶのTシャツにハーフパンツ。上下の身なりはいいが、靴とリュックサックがやけに汚い。
 移民かもしれない。私は慌てて会計を済ますと外に出た。
 追いかけるようにして声をかけると、目が合った。
 真っ黒に陽に灼けた男は、朱色のお札を手にしていた。
 私は取材者であることを告げて、話を聞かせてほしいと言った。すかさず男の右手が延びてきた。私はズボンの右ポケットの中の硬貨を出して手のひらを開けた。ややあって男が首を振った。今度は左ポケットの中に入っている札を一枚だけ取り出して翳して見せた。
 男は満足そうに頷くと、すぐ近くの木陰をうながした。


<連載第6回>列車に乗ること自体が野獣のように危険
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北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。

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