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第9橋 新湊大橋 後編 (富山県)|吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


12の橋を堪能する
橋めぐり遊覧運河クルーズ

 新湊大橋をてくてく歩いて往復した後、再び海王丸パークへ戻ってきた。渡り終えた達成感に浸りまくりだったが、旅はこれでおしまいではない。というより、これからさらなる大物が待っている。実は、今回の橋旅は二本立てなのだ。

 といっても、どこかへ移動したりはしない。次なる橋旅の出発地点もまた、ここ海王丸パークである。海王丸の目の前に小さな船着き場があって、一艘の遊覧船が停泊していた。次はあれに乗り込むのだ。

 遊覧船のテーマは「内川遊覧&12橋巡」というもの。富山湾から新湊大橋をくぐった先に広がる内川地域は、街の中心に運河が流れ、「日本のベニス」などと称される。運河には個性あふれる12の橋が架けられており、それらを順に船で巡っていく。橋好きとしてはたまらない内容のクルーズといえる。

遊覧船はだいたい1時間に1本ぐらい。予約は不要。


 乗船料は大人1,500円。海王丸パークの駐車場の端っこに事務所があって、そこでお金を支払う。すると、チケットを渡してくれた事務員がこんなことを言った。

「今日は外海には出られないかもしれません。あいの風が吹いているので」

 えっ? 一瞬、意味がよく分からずキョトンとしてしまう。詳しく聞いてみて状況を理解した。

 本来のコースでは、内陸部の運河を通った先から富山湾へ抜けて、外海をぐるりと回って海王丸パークまで戻ってくる。ところが、外海へ出られない場合には、運河を引き返さなければならない。「あいの風」とは、北陸地方の沿岸部で夏に吹く海風のことを指す。要するに、風の影響があるから、コースを変更するかもしれない、ということだ。

「カズワンの一件があってから厳しくなったんですよ。海上保安庁からすぐ電話がかかってきて、今日は風が強いからって。出るなと指示されるわけではないんですけど、遠回しにね。前はそんなことなかったんだけどね」

 その事務員の言葉はところどころ省略されていて深読みが求められたが、意図はだいたい想像が付いた。カズワンというのは、少し前に知床沖で沈没事故を起こした例の遊覧船のことだろう。ショッキングな事故だったが、あの一件以来、全国的に遊覧船の安全性について改めてチェックが入っていると聞いていた。

 空は青く晴れ渡っており、港にいる限りは風もそれほど吹いているように思えなかったが、時節柄、慎重を期すというのならそれに従うほかない。

「万葉丸」と名づけられた船の定員は48名だが、この日は結構空いていて乗客は10人ぐらいだった。席に着くと、船の乗組員に声をかけられた。

「船長からの確認なんですけど……。外海に出ても大丈夫ですか?  全員がオーケーなら行くし、一人でもダメということならやめるから」

 乗船券を買うときに釘を刺された件だった。やっぱり、外海に出るらしい。「大丈夫です」と僕が首肯すると、その乗組員はウンウンと頷き、別の乗客にも同じように質問していた。なるほど、全員に確認して了承を得たうえで出発する、ということのようだ。

 結局、全員のオーケーが出たようで、今日は外海に行くとアナウンスが入った。まあでも、雰囲気的に断れる感じではないというか、あのように聞かれて「ダメ」なんて言える人がいるのかなぁ、と内心ぼんやり思ったりもしたのも正直なところだ。

 海王丸パークを出発した船は、まず最初に新湊大橋をくぐった。クルーズで巡る12橋のうちのひとつ目がこの橋になる。ついさっき歩いて渡ったばかりだからか、巨大な橋の真下を通る瞬間は早くも懐かしい気持ちになった。

船だからこそ見られる、真下からのアングルの新湊大橋。



 行ってきます、と心の中で誰にともなくつぶやく。すると、その声が聞こえたわけではないはずだが、船の旅立ちを盛大に見送るかのように無数のカモメたちが集まってきて船と併走し始めた。

 デッキに出ると、家族連れの乗客がスナック菓子をカモメたちに投げ与えていた。それを見て得心する。よく見ると、船内では餌付け用の菓子も売られている。カモメたちも慣れているのだろう。なるほど、エサがもらえるから集まってきているわけだ。

 エサを一通りあげ終わると、もうこの船は用済みとでも言わんばかりの勢いでカモメたちが飛び去っていく。そのタイミングで、二つ目の橋が見えてきた。「新港大橋」である。新湊大橋と一字違い。パッと見、同じ名前に見えるが、こちらは「しんこうおおはし」と読むらしい。

 新港大橋をくぐった先から、船はいよいよ運河へと入っていく。地元の小学生がデザインしたという「二の丸橋」を通過した辺りから、川幅がぐっと狭くなって、本格的にこれぞ運河といった情緒あふれる風景に変わった。

 船内では音声ガイドが流れており、それぞれの橋の成り立ちや特徴などを解説してくれるのがありがたい。たとえば、四つ目となる「放生津橋」には室町幕府10代将軍・足利義視のブロンズ製彫刻が設置されているという。政変によって都を追われた足利義視はこの地で亡命政権を樹立した。一時的ながらかつて越中に幕府が存在したという話は初耳で、歴史好きの血が騒いだりもした。

 続く「東橋」は、12橋の中でも最も目を引く造形だ。赤い切妻屋根が特徴的で、横長の家屋のような見た目をしている。どことなくメルヘンで、ヨーロッパっぽいなぁと思っていたら、スペインの建築家がデザインしたのだと聞いて納得した。

「山王橋」を抜けた先にある「川の駅 新湊」の前で船はいったん接岸した。ここで途中下船したり、あるいは乗ることもできる。何人かが降りて、別の何人かが乗ってきた。ちょうどコースの中間地点に位置するようだ。

 再び運河を進んで行く。ステンドグラスがはめ込まれた「神楽橋」、江戸時代の北前船をイメージした「中新橋」、350年の歴史を持つ「中の橋」、金属パネルの欄干が美しい「新西橋」。全部を詳述するとキリがないのでざっくりとした紹介になってしまうが、それぞれの橋がどれも個性的で飽きない。運河の周りは、普通に住居が立ち並んでいる。テーマパークのようなところとは違って、生活感が漂うような風景の中をゆるりと船旅できるのがむしろいい。

写真は順に東橋、山王橋、神楽橋、中新橋。全部で12の橋を巡る。
山王橋
神楽橋
中新橋


 運河クルーズを心ゆくまで堪能したいなら、船内にいて窓から眺めるよりも、船尾のデッキに出るほうがオススメだ。ただしデッキから見学するときは注意が必要である。運河に架けられた小さな橋だからどれも高さはあまりなく、船は頭上ギリギリという感じで進んでいく。橋によっては、屈まないと頭がぶつかりそうなほどでなかなかスリリングだ。

船内でマッタリしてもいいが、せっかくなら外のテラス席を確保したい。


 真っ直ぐ進んできた運河を右折し「湊橋」を抜ける。ここが運河の出口に当たるようで、その先は少し川幅が広くなった。続いて現れた「奈呉の浦大橋」が12番目、つまりラストの橋となる。平成5年に架けられた内川で最も新しい橋だ。ここをくぐるとその先が日本海。

 外海へ出ると途端にクルーズの様相が変わった。波に揺られてどんぶらこ、どんぶらこ船体が上下に浮き沈みしながら進む。正直、想像した以上の激しい揺れで、船酔いしそうなほどだ。これはきっと苦手な人もいそうだが、だからこそ事前にきちんと了承を得たうえで出発したのだろう。

 乗り物酔いしそうなときは、なるべく遠くの景色を見た方がいい。前方の遥か先に新湊大橋の雄姿が望めた。地上から橋の上へと続くループ道の形状が、このアングルからならハッキリ見える。海上から眺める橋もまた格別だ。

 巨大な橋を歩いて渡り、運河を揺られながら橋を眺める。まさに橋尽くしの旅となったのだが、これだけのボリュームにもかかわらず、まったく移動していない点にも注目したい。車は海王丸パークの駐車場に停めっぱなしなのである。

 さらには、地域を代表するグルメスポット「新湊きっときと市場」がすぐ隣にあることも好都合だ。土産物屋やレストランが集まった道の駅のような施設で、場所柄とくに海鮮系が美味しい。カニや白エビ、のどぐろといった富山らしい海の幸が大集合だ。裏手には漁協の施設があって、以前にここで競りを見学させてもらったこともある。時間があるなら競り見学もオススメ。

 名前の「きっときと」とは、「新鮮な」という意味の方言「きときと」を表している。橋を心ゆくまで観光できて、地元の美味しいものも味わえる。これほど魅力的な旅先はなかなかない。「富山に橋なんてあったっけ?」と思った方、ぜひ来てみてね。

12橋巡りをしたということで、12種のネタが乗った「海王丼」を注文。
お値段3,000円と少しお高めだが、この豪華さ。




吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。


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