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第16橋 後編 コナン大橋&江島大橋〈えしまおおはし〉(鳥取県) |吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


「ベタ踏み坂」の異名を持つ
天空の橋

 前編では、鳥取に来てコナンの聖地巡りをした話を書いた。

 改めて驚かされたのが、これが鳥取であるということだった。鳥取県の人口は約55万人で、日本一少ない。かつては、唯一スタバのない都道府県だった(いまはもうある)。実際旅していて、のんびりしたところだなあといつも思う。あえて乱暴な言い方をするなら、「田舎」という表現がしっくりくる県だ。

 そんな国内屈指の田舎の風景(鳥取の方、ゴメンナサイ。他意はないです)の中に、おなじみのキャラクターたちがが溶け込んでいた。コスプレまでしてやってきた人たちもいた。コナンの集客力の高さに感心させられると同時に、「推し旅」の可能性を感じた旅だった。

 推し旅についてはほかにも色々と書きたいことはあるが、ともあれ、本来のテーマに戻ろう。そう、橋旅である。鳥取に来たら、ぜひとも渡りたい橋があるのだ。コナンには興味がないという人には、こちらが本命といえるだろうか。

 名前は「江島大橋えしまおおはし」という。それだけ聞いてもピンとこない人でも、写真や映像を見れば「ああ、これか!」となるかもしれない。まるで絶壁のような、恐ろしく急こう配な坂道の橋。江島大橋という名前よりも、「ベタ踏み坂」という通称の方が覚えやすい。

 橋は、東西に長い鳥取県の中でも最西部に位置し、隣の島根県との県境に架けられている。住所は境港市で、米子鬼太郎空港からも近い距離にある。

 橋の袂にあった説明板には、「PCラーメン構造の橋では日本一の長さ!」と書かれていた。えっ、ラーメン?  と一瞬ギョッとするが、「PC」とはプレストレストコンクリートの略で、「ラーメン」はドイツ語で「額縁」を意味する。「ラーメン構造」というのは、橋脚と橋桁が一体化したものを指す。

 江島大橋が脚光を浴びたきっかけは、ダイハツの「タント カスタム」のテレビCMだった。急こう配の坂を駆け上がる車内で、助手席に座る豊川悦司が「どうだ、アクセルべた踏みだろう?」と聞く。すると、運転している綾野剛が「いいえ」と首を横に振る。何度かこのやりとりを繰り返して、終いには豊川が「坂の名前を変えるか」と言って終わる。

 要するに、ベタ踏み坂でさえも、べた踏みすることなく走り抜けることができるほどパワフルな車なのだという宣伝である。CMがユニークな内容だったことに加えて、映像に登場した「ベタ踏み坂」が実在するとわかって話題になった。それが、この江島大橋だったわけだ

 そんなCMのイメージがあるから、まずは車で坂を爆走してみた。借りていたコンパクトカーだと力不足ということはなかったが、確かに馬力のない軽自動車なんかだと、アクセルべた踏みになりそうなほどの傾斜だ。

島根側のほうが「ベタ踏み坂」感はある。
実際、島根側のほうが勾配がよりきつくなっているようだ。


 江島大橋は両端に歩道も設けられている。というわけで、車だけでなく、歩いても渡ってみた。そして、自分の足で歩いてみたことで、坂がいかにきついのかをまざまざと実感させられたのだった。

歩道は狭めだが、人とすれ違えるぐらいの幅はある。


 橋は湾曲しているから、上って行って頂点を過ぎると下りに変わるわけだが、上っても上ってもなかなか下りに変わらない。上り坂だと、橋の先の風景は一切見えず、なんだか空へと上がっていっているかのような錯覚がした。

 橋の全長は1446.2メートル。約1.5キロの坂道は、歩いて渡るにはそこそこ距離があって、途中で息切れがしたほどだった。田舎のお約束として、こういう場所を歩行する人はあまりいない……かと思いきや、これがなんと結構たくさんいたから驚いた。

橋の頂上には非常駐車帯があって、歩道部分もせり出している。


 土曜日だったせいもあるだろうが、自分のようにベタ踏み坂を見物しに来た感じの観光客が目立つ。どちらかといえば知る人ぞ知るスポットかなと思っていたが、人気観光地なのかもしれない。ほかにも、橋をランニングコースにしている風の地元民もちらほらいた。

 「ベタ踏み坂」の雰囲気を写真に撮る場合には、できるだけ離れたところから望遠で切り取るのが定石だろう。橋の近くで撮っても、傾斜具合は伝わりにくい。

 グーグルマップで検索すると、「ベタ踏み坂撮影スポット(要望遠レンズ)」という場所が出てきた。おそらく誰かが親切に登録してくれたのだろうが、その場所は橋がかかる江島ではなく、その隣の大根島でかなりの距離がある。

 行ってみると、確かに海の向こう、ほぼ正面の位置にベタ踏み坂が見えた。けれど、手持ちの250mm相当の撮影機材だと全然届かない。画像を載せておくが、トリミングしてやっとこの程度。きっちり撮るなら、超望遠ズームが必要だ。

大根島から望遠で撮った写真(をトリミングしたもの)。


 江島大橋の頂上付近は外側に出っ張っていて、眺望を楽しめる空間になっている。島根側の山がちな風景と、鳥取側の海に面した平らな地形とのギャップが印象的だ。目の前の境港からは隠岐へ渡る船が出ていて、そういえばだいぶ前にそれに乗って島までキャンプしに行ったこともある。日本一人口が少ない鳥取県、実は密かにお気に入りだったりするのだ。

 最後に補足しておくと、車を停めるなら、島根側のファミリーマートがベストだ。橋から近く、広々とした駐車場がある。店内には、江島大橋のパンフレットも置かれていて、橋見学の拠点のようになっている。一応のマナーとして、ついでに何か買っていくのはお忘れなく。




吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。

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