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59. 夏を取り戻す魔法、330円。

大学生の頃からずっと気に入って履いていた白いサンダルが、壊れた。
家の近くの横断歩道を渡ろうとした時、パチン、と少しの違和感があって、渡り終わってからよく見たら、右足の内側のスナップボタンが取れていた。ただボタンが外れたんじゃなくて、よく見たらボタンの上側ごとなくなって止められなくなっていた。

ネットで同じものを探したけれど、大ヒット商品すぎて白は売り切れ。楽天もアマゾンもヤフーも、ぜんぶ売り切れ。どこにも売ってない。
ちょっと、じゃあ残りの夏はスニーカーで過ごすってこと?こんな異常気象が続く日本で。そんなの、足から熱中症になっちゃう。


ボタンが取れたくらいなら自分で直せるんじゃないかと、接着剤でつけたり、糸で縫いつけてみたりもした。見た目が戻って嬉しかったけど、外に出て歩いたら20秒で壊れて元に戻った。悲しい。

待てよ、靴を直すプロにお願いすればいいんだ。靴修理承りますって人たちがいるじゃん。早速家の近くで靴修理と検索したら、3件ヒットした。
2件はどうやらチェーン店。電話で確認すると、店員のおばちゃんは途中から急にフランクになって「できると思うけど、ここでやるんじゃないのよ、工場でやるから。だから1週間はかかるわよ」と言った。うーん、1週間したらお盆がきちゃう。できればこれを履いて帰省したいのに。

結局、残る1件の個人商店に行ってみることにした。


線路沿いにあるお店の前に着くと、お客さんらしきおばあちゃんが1人出てきたところ。入れ違いに引き戸を開けるとお客さんは他にいなくて、壁沿いに丸椅子が3つほどと、入り口から数歩進んだところに斜めのカウンターがあった。ちょうどたまに駅のホームにある小さいお店みたいに、カウンター周りにも上下左右に商品が並んでいて、真ん中からかろうじておじちゃんの口が見える。
袋からサンダルを出して、ボタンが取れちゃったんです、というと、おじちゃんはちょっと見て、同じのがあるかどうか…と呟くのと同時に、なんの躊躇もなくニッパーでボタンをねじって外し始めた。

カウンターの奥には、2畳くらいのおじちゃんの仕事スペース。壁一面にいろんな道具の入った透明ケースが並び、何をするものかわからない大きな機械もある。角には机と椅子、その斜め前にテレビがあって、いつのなにかわからない時代劇が流れてる。移動できるスペースは1mくらいしかないけど、たぶん、すごく快適そう。
あ、このカウンターの手前に置いてあるアメたちは、勝手にもらっていいやつなのかな。

おじちゃんが壁から透明ケースを1つ出して、新しくつけるボタンを探す。元のやつとよく似たボタンを机に置く。うん、いいですと私が頷くと、手早く道具を出してボタンをつけていく。

一瞬で靴は生まれ変わった。
おじちゃんが新しいスナップで何度か、パチッ、パチッと確かめる。全く完璧だ。私があんなに苦労してくっつけてみたり探してみたりしていたのが嘘みたいに、15分で元通りだ。
完成と思いきや、おじちゃんはなにやらクリームを出してきて、ボタンにクリームをつけて磨き始めた。靴磨きクリームでサビが落ちるらしい。壊れてしまったところ以外も、全てのボタンのサビを落として、ちょっと緩んでたところも締めなおしてくれた。

まるで魔法のような時間だった。
ついさっきまで、今年の夏はサンダルは諦めようかと思っていたのに、ぜんぶ元通り、いや元よりいい状態になって帰ってきた。最近仕事が忙しくてずーっとぼんやり疲れていた心が、なんだかすごく久々に、ほくほく喜ぶ感じがした。

お会計、330円。
無事に夏を取り戻した私は、サンダルの入った袋をご機嫌に振りながら、お家に帰った。

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