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55. リップをもらった日から、女になった。

「同じやつの新品持ってるから、一個あげるよ」と会社の先輩にリップをもらった日から、私は女になった。

ずっと、自分は赤いリップが似合わないと思っていた。唇に強い色をのせると、一気に“お化粧顔”になる。口が大きくてあんまり大人っぽくない顔をしてるから、私が色の濃い口紅を塗るとどうにも子どもがお母さんの真似をして塗ったみたいになっちゃう。私の上品じゃない笑い顔に、口紅が貼りついてるような感じ。私も口紅も、お互い無理してそこにいるような感じがしてしまう。

会社に入ってから時々女性の先輩たちに、ちゃんとお化粧しなさいって言われてた。してるけどなぁ。してるんだけど、もっとちゃんとしなさい!と言われる。むずい。
学生の頃からコスメにあまり興味を持ったことがなかった。正直どのメーカーのやつも同じに見えたし、基本的に1アイテム1種類ずつしか持ってないから気分で化粧を変えるというのもやったことがない。
だって化粧品って、ものすっごいいっぱいあるもの。この赤とこの赤は肌にのせると違う色になったり、ファンデーションの下に仕込むクリームで仕上がりが変わったり、もう本当に何千万通りのやり方がある、らしい。その全容の見えなさに面食らってしまってどこから手をつけていいのか分からなかったから、とりあえず最低限のアイテムを揃えて当たり前のことだけ一応やってた。


先輩があの日塗ってくれたリップは、私が普段持っているようなほんのり系じゃなくて、しっかりと赤い色がつくやつ。しかもそれを2,3回重ね塗り。「そんな顔色じゃだめ」とチークとリップをたくさんつけてくれて、私的にはもう七五三の写真を撮るんじゃないかってくらい盛り盛りの顔面になった気分だったけど、みんな可愛いって褒めてくれた。
ほお、これが可愛いのか。へえ!へへ。

1番衝撃を受けたのは、就業間際にトイレに行ってマスクを外した時。いつもだったらこの時間の唇はもうほぼ砂色って感じで、実際とは関係なく体調悪そうな顔になってしまうんだけど、その日は違った。もう19時近いのにまだまだ元気です!って顔してる。唇に、色が残ってる!すごい。健康的で顔全体が明るく見える。こんな子どもみたいな顔をした私でも、自信をもって赤いリップをつけて良かったんだ。初めての発見だった。

こんなに変わるなら、すぐにでもこのリップが欲しい。でもコスメに無知すぎる私はどのメーカーのどのリップをつけてもらったのかさっぱり分からなくて、調べ方すらも分からなかったから、実際に手に入れるのは遠い道のりだな、と思っていた。

そしたら先輩が、あげるよって言ってくれた。

「もしかしたら可愛くなれるかも」が突然スッと手に入って、みんなの言ってた“可愛い”が急に身近になった。可愛くなり方が1つ分かって、そしたらもっと可愛くなりたくなった。同じシリーズのリップの新作の発売日を調べたし、今まで爪に色がつけたいとすら思ったことはなかったのに、気がつけばすでに販売が終わっている期間限定のネイルを通販で買って、手にも足にも塗っていた。

リップをつけた自分を見るたび、ネイルを塗った爪を見るたび、可愛くなっている自分を実感する。実際に可愛くなれているかよりも、自分を可愛くしているんだって自負に満足している。
世の中の女たちはこうやって自分を愛しているのか。あの日リップをもらわなかったら、きっと気がつかなかった。

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