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朝の教育番組の変な歌と、ろう学校の教育と、恩人の話

前回のお話はこちら

息子とろう学校に通う父親の体験を書いた「この歓声は届かないけど」、第3回更新です。いよいよろう学校での生活が始まります。著者・大熊信さんが思っている「恩人」とは、いったいどんな人物なんでしょうか。

朝は7時前に起きる。iPhoneのアラームは止めたけど、起きてないふりをして布団をかぶる。しばらくすると足音が近づいてくる。まだ寝ていたいよう…….。僕の祈りを破って、在宅勤務の妻が、始業前に起こしてくれる。

半目でふらふらのまま、台所に向かう。食パンを3枚オーブンにつっこんで、つまみを回す。焼きあがる前に長男の部屋に行く。

一朗は僕に輪をかけて朝が弱い。妻の連れ子なので血のつながりはないが、こんなところばかりが似てしまう。揺さぶって起こすのではなく、脇から手を入れて持ち上げ、立ち上がらせる。これで起きる。

しかし本当に重くなった。今小5なので、来年にはこの起こし方ができなくなっているかもしれない。

妻の部屋に入ると、すでに仕事を始めていた。隣のベッドで布団にくるまっている1歳と3歳を起こさないといけない。とりあえず、三朗の布団をはがして担ぎ上げる。そのまま居間に連れていき、ソファに降ろす。

妻の部屋に戻って二朗を担ぎ上げる。また居間に向かうと、すれ違いに「おがあさぁん」と泣いた三朗が足元をすり抜けていく。ここで心が折れてはいけない。

放っておいて、トーストにバターを塗る。バターは、焼きたてあつあつじゃないと、固くて塗ることができない。いちごジャムを重ねたら再び妻の部屋へ。

三朗は仕事中の妻にしがみついていた。少し落ち着いたようなので、もう一度居間に連れていく。バターの香りで食欲がわいたのか、「パン食べたい!」と叫ぶので食べさせる。一朗と二朗は、勝手に食べ始めていた。

二朗の補聴器を付けて、テレビの電源を入れる。テレビの中で、椅子とサボテンと女の子が、食事の片づけ方で揉めている。改めて考えるとわけがわからないのだが、本当に毎朝こんな番組が流れているのだ。

そして我が家は、この奇妙な番組に助けられている。たぶん、日本中の小さい子を持つ親が助けられていると思う。「きみにあげるね」、いい曲だな。聞こえる一朗と三朗も、聞こえづらい二朗も、不思議と夢中になっている。その隙に、出かける準備をする。

二朗がろう学校で使うもの、ろう学校のあとの保育園で使うもの、三朗が保育園で使うものをそれぞれまとめる。二人の今日の着替えも用意したところで、一朗がぼーっとしているので声をかける。遅刻するぞ。

テレビは『おかあさんといっしょ』に変わっていた。この4月(2022年)から、人形劇と歌のお姉さんが変わった。初めてのものって見慣れないけど、子供たちにも特に反応はなかった。エンディングの曲も変わっていた。「きんらきら ぽん」。へー、変な歌。

お兄さんとお姉さんが手をきらきらさせているのを、三朗が真似ている。お、と思って、僕も手をきらきらさせて、三朗のお腹にぽんっと指でハンコを押す。同じように、「きんらきらぽん」と言いながら、二朗のお腹にもハンコを押す。二朗と三朗がけらけら笑いながら、今度は僕にやり返してくる。完全に目が覚めたようだ。

一朗が学校に出発したところで、朝食が終わった二朗と三朗を着替えさせる。ねまきを脱いで、おむつを替えて、服を全部着せたところで二朗が難しい顔をしている。あぁ。心が折れてはいけない。

ズボンを脱がせて、おむつを開けると、立派なかたまり。おしりをきれいに拭き、汚れたおむつを丸めてビニールに入れる。新しいおむつを履かせ、ズボンに足を通す。

これでようやく出発。二朗にはリュックを背負わせるが、三朗の荷物が入ったトートバッグは僕が持たないといけない。二朗、三朗、トートバッグ。僕の腕の数と合わない。仕方ないので、左手に三朗、右手の小指と薬指にトートバッグ、残りの指で二朗と手をつなぎ、道を急ぐ。これ、雨が降ったら破綻するなあ。

保育園に着くと、みんな二朗に挨拶してくれる。二朗は聞こえているのかいないのか、だいたい反応しない。おはようしなさいと促すと、ようやく手を動かす。今日からろう学校ですよね、そうなんですよ、なんて会話をしながら、三朗を預ける。

保育園の時計を見ると、思ったより時間が経っている。やばい。初日から遅刻するわけにはいかない。二朗を担ぐと全力で駅に向かう。二朗はその振動が楽しいのか「あぅあぅあぅあぅ」と声を発し続けている。

電車を乗り換え、ようやく学校最寄りの駅へ。まだ間に合う。再び二朗を担ぎ上げ、全力疾走する。二朗は「あぅあぅあぅあぅ」言っている。なんとかぎりぎり校門に滑り込んだ。

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