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【無料】ろう学校の幼稚園の入園式は、重みがまるで違う

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初回から大きな反響があった「この歓声は届かないけど」、今回は入園式でのお話です。ろう学校の幼稚園の入園式とは、いったいどのようなものなんでしょうか。

スギナは生命力が強い。杉のような形の葉はくるぶしまでしか届かないが、地下には1メートル以上根が伸びる。どこにでも生えるので、駆除しようと掘り返すと、ちぎれた節から芽を出し、無限に増殖していくそうだ。農業や園芸をする人には知られた、しぶとい雑草だ。

遊歩道の脇に生えたスギナを、散りかけの桜が斑点に染めていた。ろう学校の入学式の日。この日のために、シャツ、ジャケット、パンツ、靴、蝶ネクタイを買いそろえた。二朗は少し動きづらそうにしていたけれど、このかわいさは格別。窮屈さを親の欲望のために耐えてもらおう。

実は最近、ろう学校という名称が減り始めている。理由は2007年の学校教育法の改正で、ろう学校や養護学校を「特別支援学校」に変更することになったからだ。学校名の変更に対して、出身者から反対の声があがった。ろう学校は、幼少時から少人数クラスで何年も過ごすため、出身者の結束力が強い。愛校心も強い。初対面の聴覚障害者同士はまず出身校を聞く、という「聴覚障害者あるある」もある。そんな人たちの反対もあり、今でもろう学校/聾学校の名前を使っている学校も残っている。

つまり、普通の幼稚園に入園するのと重みがまるで違うのだ。生涯の友との出会い。ズッ友ってこれか。胸が熱くなる。シャツ、ジャケット、パンツ、靴、蝶ネクタイ、この日以外使うことはないだろうが、特別な日なので問題ない。美容院で切ってもらった髪も、ぴっちり七三分けにした。

心配なのは、こんなに気合いを入れた恰好をさせてしまったら、二朗が入学式で浮いてしまうのではないかという問題だ。付き添いは僕が担当することになったが、他の子はやはりみんなお母さんが来るらしい。親子で浮いてしまったらどうしよう。

僕と妻、間に二朗。学校に向かい、手をつないで遊歩道を歩いた。遊歩道が終わると、正門の向こうにハナがいた。入学式の看板の前で、両親と一緒に写真を撮っている。たしかハナの両親は、二人とも聴覚障害者。お母さんとは乳幼児教室で何度か顔を合わせていたけど、お父さんはたしか初めて。いや、一回くらい会ったかな。どうしても、人の顔と名前が覚えられない。

ただ、この学校出身と聞いている。僕にとってはこの世界への入口。ぜひ仲良くしたい。いや、それは動機が不純だろうか。いやいや、そんなことよりまずは挨拶。今日からは、相手が聴者でも挨拶はすべて手話だ。

ハナの方を見ると、花格子のスカートが目に入った。胸元と髪にも薄紫のコサージュを付けている。ハナだから花なのかな。よく見ると靴下もフリルで、全身気合が入っている。我が家は三人息子だから、女の子服の華やかさは少しうらやましい。

手話は、相手の視界に入らないと使えない。撮影に夢中で背を向けているハナ両親に、ずっと目を向けながら歩いていくと、こっちに気づいた。さあ、「おはよう」。右手を握ってほほの横を上から下に、両手の人差し指を立てて向かい合わせ、関節を曲げる。手がちゃんと動かない。右手と左手がぶつかる。ぐだぐだだ。

ハナの両親は、さっと手を挙げて挨拶してくれた。かっこいい。それに引き換え。3年以上手話を学んできたけれど、いざとなったらまったく手が動かない。というかそもそもちゃんと勉強できていたのか。

新型コロナウィルスの感染拡大で、通っていた手話講習会はことごとく中止になった。それも言い訳で、最初の頃の気合いは抜け、サボっていたことは否めない。真っ赤になった顔を下に向けて、二朗の手を引き昇降口に進む。七三分けの幼児も、なにがなんだかわからないまま引きずられていく。

昇降口にはクラス分けが書いてあった。5人ずつ2クラスで、同級生は10人。二朗はうさぎ1組。学年は、年少、年中、年長の順に、うさぎ、きりん、ぞうに分かれている。きりん組も2クラスで7人いるが、ぞう組は1クラスのみで4人しかいない。二朗の学年は、ここ数年で飛びぬけて多かったらしい。

クラスメイトの名前を見るが、わからない。なんとなく見覚えはあるのだけど、顔と名前が一致しない。でも、ハナの名前があることにほっとした。なにせ、同級生10人いる中で、女の子はハナしかいないのだ。これはたまたまなんだけど、どうせなら、男の子だけより女の子もいたほうが学べることも多いだろう。なんせ二朗は男兄弟だから。

クラス分けにしたがって教室に向かう。そこまでに、たくさんの人がいた。やはり、誰が誰だかわからない。僕の相貌認識力が低いせいもあるけど、みんなマスクをしているからだ。

2年前の入学式は、「緊急事態宣言」の中で行われた。オンラインだったそうで、大変だったことを後で聞いた。もちろん、手話は視覚言語なのでモニター越しでも伝えることはできるが、まだ言葉という概念があやふやな3歳の子たちは、理解できただろうか。その体験は心に残っただろうか。

幸いといえるのか、2022年は3月に「まん延防止等重点措置」が終わり、ある程度空気が緩んだ中での入学式になった。子供のマスクは任意だったが、大人は全員がしていた。オンラインではなく、顔を合わせているのに、本当に、顔がわからない。

教室に入ると、クラスの子はみんな到着していた。僕より乳幼児教室に来ていた妻に聞きながら、顔と名前を一致させていく。

あの子はオサムだったね。少し奔放で、思ったことは一直線に実行する。行動的な人に憧れるので、個人的に好きなタイプ。隣で遊んでいるのはツバサ。イケメンでデフファミリー(ろうの家族)の子、お母さんはろうのドイツ人。つい最近妹が生まれたばかりなので、今日はお父さんと来ている。

トアは醤油顔系のイケメン。小柄で、メガネをかけると絵本の「めがねうさぎ」にそっくり。発達がゆっくりで、歩けるようになったのは2歳を過ぎてからだった。乳幼児教室でトアが歩けるようになったと聞いた妻は、トアのお母さんと一緒に泣いたそうだ。

それに加えて紅一点のハナ。そして二朗を入れた5人がクラスメイトになる。というか全員、ジャケットにネクタイと、気合いの入った服を着ていた。トアはコサージュも付けている。むしろ二朗が地味なくらいだ。

ずっと教室の真ん中でにこやかにしているマスクの女性が挨拶をしてきた。「二朗君のご両親ですよね。担任をさせていただきます、渡辺です! マスクですみません」。屈託がない。感じがいい。年齢は我々と同じくらいか。第一印象がすごくいい。挨拶の間腕をつかまれていた二朗は、放たれると教室の隅にあるおもちゃに走っていった。

入学式が始まった。ピアノで弾く「ちょうちょ」のメロディにあわせて、親子で手を繋いで入場する。ろう学校にもピアノがあるんだ、なんて新鮮な気持ちになっていたら、二朗は手を振りほどいて写真を撮っている母のところに走っていった。慌てて連れ戻した。

新入生紹介で、クラスごとに親と一緒に舞台に上がった。担任の先生が1人ひとり名前を呼ぶ。3歳だと、ちゃんと返事をするのは聴の子でもむずかしい。聴の子たちと少し違うのは、声に加えて指で表す50音、指文字を使って名前を呼ぶことだ。指文字をマスターしている子はまだいないだろうから、聴覚障害のある親に対してのものだと思う。また、ここはろう学校である、という儀礼的な意味合いもあるかもしれない。

やはりみんな答えられないので、後ろに付いた親が手を挙げてあげていた。二朗は名前が呼ばれ始めると真後ろに向かって走り出した。どうやら後ろに飾ってある花が気になったらしい。慌てて引き戻すと、おざなりに「はぁい」と手を挙げて返事をし、間髪入れず前に飾ってある花を指さし「これなぁにぃ?」と声で言った。会場に苦笑いが起きた。

式典に手話通訳士はいない。校長、副校長、学年主任、担任、みんな話すときはマスクを外して手話を使う。ただし、声と同時に使う。「日本手話」は声と同時にはできない。じゃあ先生たちの手話はなにか、という話はかなり複雑なので、また別の機会に書きたいと思う。そのことはなんとなく理解していたのだけれど、それより気になったのは、聴覚障害のある教員がいなかったこと。

全国に聴覚障害のある教職員は500人以上いるそうだが、そのほとんどは小学校以上で、幼児となるとまだまだ少ない。聴覚障害のある教員は増えているようなので、幼児教育の分野にも増えてほしい。小さい時からろう者の手話に触れる機会が欲しい。

それと、そもそも手話ができる教員がそれほど多くない。ろう学校への配属が決まってから手話の勉強を始める教員も、少なくないという。それでも、手話を勉強しようという姿勢だけでも、本当に敬意を持ってしまう。きっかけはなんであれ、手話が使える人はひとりでも増えてほしい。

むしろ、ここまで手話が使える教員がそろっていることの方が珍しいそうだ。だから仕方ない、とは思いたくない。ここに書くことによって、ほんの少しでも世の中に現状が知られるようになってほしいと思う。

入学式の帰り、遊歩道の横に座り込んでダンゴムシを探していた二朗がまた、「これなぁにぃ?」と聞いてきた。変な虫でも見つけたのか、と思ってよく見たら、つくしが生えていた。

へー、こんなところにもつくしが生えるんだ、と小さく驚きながら、二朗に「つ、く、し」と言ったり、指文字でつくしと表したりした。つくしの手話はわからないので、あとで調べることを二朗と約束した。

そんな約束を、就寝前のベッドの中で思い出した。忘れる前に調べておこうと、スマートフォンでつくしを検索すると、あのスギナが出てきた。え、と思って詳しく調べたら、つくしとスギナは同じものなのだという。つくしはスギナの胞子茎と呼ばれるもので、地下では同じ根に繋がっている。この季節に生えて、胞子を撒くと枯れてしまうそうだ。

小さいころ、僕が摘んだつくしを母に調理してもらったことがある。実家の庭にひまわりを植えようとして、スギナと格闘したこともある。でも両方が同じものなんて、この歳になるまで知らなかった。

なんだか同じだな、と思った。聴覚障害も手話も、その存在は当たり前のように知ってる。テレビで手話通訳を見たことも何度もある。でも中身は、なにも知らなかった。身近にあったのに、ちょっと踏み込むと知らないことがいくらでも出てきた。その中には、自分が配慮に欠けていたことを反省することもたくさんあった。

それでも楽しいのだ。つくしとスギナが同じものと知った驚きと興奮。新しいことを知る喜びが、僕を駆動する。ろう学校なんて、絶対に知らないことばかりなはず。

たった3年しか生きていない二朗の目に映るのは、新しいものばかりだろう。正直うらやましい。願わくば、新しいことを知ることに喜びを感じる子であって欲しい。さあ、二朗と一緒に学ぼう。スギナのように根を増やしていこう。来年の春には、つくしが生えるといいな。

次回は11月2日(木)更新予定!


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大熊信(だいくましん) 1980年生まれ。千葉県出身。編集者、ライター。コンテンツ配信サイトcakes元編集長。

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