シャアは極左:3

前回の続き。

「ニュータイプに指導者は二人もいりゃせんのじゃ」

シャア扮するクワトロ・バジーナ、出自を偽り、ニュータイプの革新の為、エウーゴを利用して大いに暗躍する。…となれば良かった訳だけど、現実はそう甘くないんだな。

そもそも、シャアの標榜するジオニズムとは、ニュータイプによる人類の革新を目指す思想だ。これは、新しい価値観・適応力を身につけた人間が人類をより良く導き、地球圏に意識も肉体も囚われた人々を解放(=地球から宇宙への移動)することで、地球の汚染化を阻止する、というもの。

アースノイドを愚民と定義し、それを選民たるニュータイプが指導する。まさに革命的共産主義思想(極左)という訳だね。この思想には「指導者となる者はカリスマ性・指導力・軍事力・その他あらゆる面で完璧でなければならない」という大前提がある。シャアがその器だったか、という事だ。毛沢東クラスの人物であったか、と。確かに一見、全てを兼ね備えているように見える。主人公っぽいし。変なお面もやめて、アイドル時代の吉川晃司みたいなサングラスになったしね。しかし、この時代においてシャアを上回る革命的で完璧な人物が現れてしまったんだ。

パプテマス・シロッコ。

地球連邦軍出身。Zガンダムから登場したポッと出の男だけど、木星帰りとかで宇宙暮らしが長く、ばっちりニュータイプ能力を身につけている。なんで木星に行くとニュータイプ能力が開花するかは謎なんだけど、要するに暇すぎて気が狂うって事かな。シロッコという男、パイロット能力、カリスマ性を持ち合わせ、おまけにモテモテ。更にはMSをハンドメイドで設計してしまうという超人。頭に変な輪っかを乗せているけど、欠点といえばそれぐらいだ。

彼の完璧さを強調しているのは、その「人間味の無さ」だ。常に理で動き、感情を表に出すことが殆どなく、だから判断を誤らない。ここがシャアとの明確な違いであり上位互換たる所以だ。悪い事に、ラスボスとして登場する。こんな奴には勝てないよ。

シロッコは保守本流である地球連邦軍の将校でありながら、革命的共産主義思想の持ち主だった。自分に能力があるので、保守思想や民主主義を衆愚政治だと見下していたわけだ。職業選択の自由がある中で地球連邦軍に所属し軍人になったのは、軍隊が権力を握る時代にあって、自らの時代が来ることを確信していたからだろう。戦争は出世のチャンスでもある。出世どころか下克上さえもある。サラリーマンじゃそうはいかない。

やがてシロッコは地球連邦軍から連邦内のタカ派組織ティターンズに移籍する。ティターンズは地球至上主義のエリート部隊。つまり愛国主義行動右翼の精鋭たちって事だけれども、これシロッコの思想とは真逆なのである。シロッコは「こいつらに思想なんてものはない。おれが実権を握ればちょろいぜ」ぐらいの気持ちで入ったんだと推測する。少なくともバスク・オム(実質的なボス)とかいうどう考えてもネーミングに捻りのない水泳ゴーグルかけた巨体おじさんにリスペクトは感じられなかった。

彼の劇中のセリフ、

「天才の足を引っ張ることしかできなかった俗人共に、何ができた!?
 常に世の中を動かしてきたのは、一握りの天才だ!」

がその思想を端的に表しているね。そしてこの男、「これからの世の中は女性の時代だ」などと言い、自分が表に立つ気はないみたいだ。フェミニストに見えなくもないが、要するに方便だろう。野望はあるが、わかりやすい表の権力には興味が無い。人を手のひらの上で踊らせて、それを観るのを楽しむフィクサー、あるいは神の視点を持つ男。むしろ、神か。乗機はジ・O。神の意志(ジ・オラクル)という由来らしい。自分の手で作ったモビルスーツに神の意志って名前をつけるそのセンスな。因みにお供はアテネと森のくまさんだ。

実はシロッコとシャアの目指す方向性は似ていた。ニュータイプが主導する革新によって人類の意識を変え、地球を救う。もちろんシロッコは「その偉業を自らの手(と手駒)で成し遂げる」事が目的であったため、シャアを道具にすることはあっても共闘するという事はない。シャアはシャアで、シロッコの思惑を察する事など出来なかっただろう。

だが、人としての感情を人並み以上に持つシャアは、常にシロッコの後手を踏むことになる。表に立とうとしないシャアは、あくまでもイチ革命戦士であり、兵隊として動く事しかできなかった。もはや自分の時代ではない、と思いつめカミーユ少年の成長を見守っていたわけだけど、そのカミーユは戦いの中で自らの恋人を手にかけるなど、徐々に精神を蝕んでしまう。って、こんな設定でプラモ売れるかい?(売れた)

「そんな極楽はガンダムの世界にはないよ。人を喰わにゃァ、おのれが喰われるんで」

結局シャアは自らが表に立つことを余儀なくされる。エゥーゴの指導者ブレックスが暗殺され、後事を託されたからだ。地球で再会したアムロも、カミーユも、もはやシャアがクワトロでいることを良しとしなかった。

「兄貴、戦争はもう始まっとるんで」
「兄弟分のあんたが格好つけにゃぁならんのじゃないですか」

指導者シャア・アズナブルの誕生だ。本人の望む望まざるに関わらず、担がれてしまった訳だ。革命にはカリスマ、指導者という者が必要不可欠だ。若くてイケメンだしね。要するにシャア=チェ・ゲバラって事だ。まあ、ゲバラは革命がしたくて自ら指導者になった訳で、担がれてなった訳じゃあない。そこはシャアと違うね。シャアはもう少しだけ腹黒くて意気地なしだ。

ここが大事なポイントなんだけど、シャアは確かに革命家ではあるんだけど、革命的指導者にはなりたくなかったんだね。ジオン・ズム・ダイクンの息子として生きるなら指導者の道は免れない。これは宿命みたいなものだ。ただ、彼はシャア・アズナブルとして生きる選択肢も残しておきたかった。なんか指導者って大変そうだし疲れるよねって事だ。常に消極的。「やれやれ」と言いながらセックスのあと重い腰を上げる村上春樹の小説の主人公みたいな男なんだ、シャアって奴は。所詮、二流だよ。

翻ってシロッコだ。富野御大はこのキャラクターを作ったとき「しもうた」と思ったんじゃないかな。前述の通り、彼は革命的共産主義者の理想像だ。いかんせん敵役なので全体的にいけすかない描写になっているけれども、共産主義的観点からすると、これほど完璧な人間・指導者はいない。

でも、そこが富野流の皮肉なのかもしれない。「そんな人間など現実には存在し得ない」と。シロッコの存在が革命的共産主義の限界・欠点を如実に表しているという見方もできる。完璧な人間、神に近い人間が指導しなければ、共産主義というものは持続していかないということだ。毛沢東ですら、それは不可能だった。そして、完璧な指導者の後継者が完璧であるとも限らない。人が人である限り、共産主義は成り立たないのでは?というのがこの思想の欠陥であるとおれは思う。

それはさておいて、、

ここからはアニメの展開上の話だけど、ラスボスである所のシロッコは、最終的に倒される運命にある。しかし、彼は完全無欠の超人なのだ。戦局が劣勢になっても、個人で巻き返す力がある。主人公カミーユが操るZガンダムすら勝負にならない。

故にその決着は「見えない力」によってつけられた。シロッコの最期は、カミーユとZガンダムが発するなんだかよくわからんオーラによって乗機のコントロールを失い、ガンダムに体当たりされて戦死するというオカルトじみたものだった。あわれシロッコ。まあ、神はオカルトかチェーンソーを使わないと倒せないよ。しかしプラモ販促的にビームライフルやビームサーベルを使わず体当たりで止めを刺すってどうなんだろうね。武器不要説。

しかし、シロッコもただではやられない。死に際にカミーユの「心を道連れ」にする。まあ、カミーユは恋人や同僚を次々と殺され、自分もライバルの恋人を次々と殺し、「人殺し」と罵倒されながら遂にはライバルをも葬ってしまったわけで。シロッコがやったというけれども、とっくにぶっ壊れていたに違いない。精神が崩壊したカミーユは廃人同然となってしまった。でもそれ、「未来」という重責を背負わせたシャアのせいなんだよ。

そのシャアは何してたのかっていうと、相変わらず戦闘ばっかりしてた。昔捨てた女戦士ハマーンに私怨で追いかけられ、勝負に敗けて行方不明になる。なにやってんの、あんた。もちろん生きてはいる。ただ、最初から最後まで情けない男だったね、シャアって奴は。ここまでがZガンダムの話。

「あんたそれでもニュータイプか、それとも何かそのへんのタクシー屋のおっちゃんか、どっちや」

「ニュータイプへの覚醒で人類は変わる。その時を待つ」

という消極的な姿勢は結局の所、カミーユのような若い世代の台頭を待っていたという事なのだと思うけれども、そのカミーユは戦いの中で精神を崩壊させてしまった。だから革命は起きなかった。後に「グリプス戦役」と言われたこの戦いは、単なる地球連邦軍の内紛で終わってしまった。もちろん地球に居座る人々が良い方向に変化する事はなかった。

ニュータイプの少年、カミーユの自己犠牲を持ってしても、人類の革新はならなかった訳だ。この時シャアは確信したはずだ。「待つ」という姿勢では人は変わらない。

連合赤軍が結成された時代背景には「デモでは何も変わらなかったじゃないか」という閉塞感があった。全国各地の大学を中心とした同時多発的なデモを起こすことで、多くの革命家が世の中は変わると信じた。けれども、結局は何も変わらなかったという絶望感。それがテロなどによるの武力蜂起に傾倒していく動機づけになった訳だ。

シャアは、人類の革新を待つのをやめた。

続く


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