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場の価値を上げて独自性を出す。伊勢丹新宿「CONTEMPORARY」のブランディング

2023年9月、伊勢丹新宿店 本館3階の「CONTEMPORARY(コンテンポラリー)」がリモデルグランドオープン。monopoはリモデルにあたり、このゾーンの新たなブランディングに向けたコンセプト設計とアイデンティティとなるロゴデザイン、メインビジュアルや映像のクリエイティブを担当しました。
本記事では、株式会社三越伊勢丹の藤本さんとmonopoのチームによる対談を通じて、このプロジェクトの始まりからコンセプトやクリエイティブ作りに込めた両者の思いをインタビュー形式でご紹介します。

CONTEMPORARYオープンのプレスリリース

話し手:
株式会社三越伊勢丹 第2MDグループ 
新宿婦人子供商品部 リアルクローズ(コンテンポラリー)バイヤー 
藤本康介さん 
2016年より伊勢丹新宿店のバイヤーを担当。2019年より現職。

monopoメンバー:

  •  田中 健介 Producer / Account Executive - プロデュース / 全体統括

  •  稲熊 智貴 Creative Director / Copywriter - コンセプト/企画設計・コピーライティング

  •  山口 央 Art Director / Designer - アートディレクション / デザイン

聞き手:石原杏奈

クライアントのご紹介:
株式会社三越伊勢丹ホールディングス

348年の伝統を誇る“三越”と135年の歴史を重ねてきた“伊勢丹”。共に呉服店から出発し、日本を代表する二大ブランドへと成長した両社が、2011年4月に統合。
「お客さまのお困りごとを感動的に解決し、関心事に対し革新的に提案する」ことができる、“特別な”百貨店を目指している。


「伊勢丹新宿のCONTEMPORARYでしか体験できない」を目指す

――最初に、リモデルプロジェクトが始まった背景を教えていただけますか?

藤本さん:私は長らく新宿店の3階ゾーンを担当しており、今まで「キャリアスタイル」という働く女性向けのコンセプトで企画・運営していました。しかし、時代の変化に伴い数年前から売上が芳しくなく新しい価値の提案が必要でした。
伊勢丹新宿店はマス商売を中心としてきていて、従来はどんなお客さまが購入してくださっているのかわからない状態だったのですが、最近はより多くのお客さまを識別できるようになり、それぞれのお客さまに合わせた提案が必要になってきました。そして伊勢丹新宿店の3階にお越しいただいているお客さまが求めているものと、3階ゾーンの現状が乖離するようになってきていて、リモデルを検討することになりました。

――伊勢丹新宿店として描いていたリモデルのコンセプトはどんなものだったのでしょうか。

藤本さん:物質的価値の提供から、豊かさの提供への変革を目指しました。具体的に商品面で言うと、「上質さ・華やか・新しさ」と「世界観」という要素でした。これ以上高い解像度で伝えると各ブランドや商品が同質化してしまうので、最初の段階ではこの程度の言葉に留めていました。
さらに全国の商業施設と差別化するために、「伊勢丹新宿店のCONTEMPORARYでしか体験できない」とお客さまに感じていただけるような場としてのブランディングをしたいと考えていました。店舗の空間演出でCONTEMPORARYの世界観を表現したことに加え、今回のリモデルと合わせたプロジェクト「&C. project」を始めました。「&C. project」では、伊勢丹新宿店と各ブランドがコラボして新宿店の顧客のための、独自の商品を作り上げます。

コピーとビジュアルが生まれるまで

――伊勢丹新宿店の課題感やビジョンを受けて、monopo側ではどのような考えでコンセプトを設計していったのでしょうか。

稲熊:まず普段どのようなお客さまがご来店されているのかを藤本さんにお聞きしました。お客さまによっては一度に何百万〜何千万もご購入される方がいるなど印象的なお話も多かったのですが、そのような購買行動のデータとは別の感覚的な話として、お客さまはファッションにおいての「匿名性」を意識しているというインサイトがありました。
大人になると、ひと目で見てわかるようなブランドやトレンド感を強調するような服は着たくない。質が高くて良いもの、自分だけが知っているブランドを着たい。本質を見極められる自負や優越感がある。でもそれを表には出さない。それが「匿名性」を好む人たちの意識であり、私自身も共感できる部分でした。
そのようなお客さまが服選びで大切にしていることは、素材や質感、丈感だったりのディテールやニュアンスで、それらを判断するためには店頭で実際に服を見て触るという体験が必要です。

伊勢丹さんは「セレンディピティ(serendipity)」という言葉をよく使われるのですが、「今この瞬間、私しか知らないものに出会えた」と感じられるのは店舗だけではないでしょうか。「匿名性」を好む方だからこそ、素敵な服だと自分自身が気がつくことに喜びがある。素敵だと感じるタイミングや対象も、さまざまなライフステージや研ぎ澄まされてきた感覚によって変わっていくものです。だからこそ、この場所で服と出会い、素敵だと感じることで今の自分の現在地を知ることができる、これがコンセプトの根幹になると考えました。

その上で、ファッションとしての“今”もこのゾーンで伝えたいことでした。昨今のファッション業界では、画一化された服が大量に生産されているのですが、伊勢丹さんはファッションとして本当にそれで良いのかという問いから、各ブランドと協力して「&C. project」をスタートしています。

何を素敵だと思うかという自身の感覚、そしてファッションの今を追求する「&C. project」のもと、「CONTEMPORARY」というゾーンのコンセプトとして相応しい言葉に落とし込んだものが「自分と装いの、あたらしい現在地。」でした。

提案していたロングバージョンのステートメント。
最終的にはショートバージョンを利用したが、方針をすり合わせる軸となった。

――ビジュアル面ではどのように考えて進めていったのでしょう。

山口:稲熊からの説明を受けて、自然体でありながらも静かなこだわりを持っている、シンプルだけどどこかに芯の強さがある、そして半歩先を歩いているようなイメージが浮かびました。これが一歩先だとハイブランドになってしまうんです。
色々なビジュアルの検証を重ねる中で、このイメージを伝えるのに一番しっくり来たのが、青空の下で一人の女性が立っているものでした。
「CONTEMPORARY」のロゴについても、一見シンプルですがよく見ると少し癖があるんです。

稲熊:全体的に、わかりやすくおしゃれなビジュアルは避けようと話していました。ビジュアルについては多くの検証を行っていったのですが、田中と僕に藤本さんを憑依させるようなイメージで意見を言っていきました。「藤本さんはきっとこれがいいって言うね」というように(笑)。

山口:二人から何度か意見をもらってからは僕も掴めてきて、そこからは自然とブラッシュアップしていけました。

撮影: Maya Matsuura

「格好良くしすぎず、格好良くする」のバランス

――monopoのアウトプットに対して、藤本さんはどのように感じられましたか。

藤本さん:稲熊さんと山口さんが言ってくれたように、monopoさんは僕の考えをしっかり汲み取ってくれていたなと思います。提案もほぼ一発目で通ることがほとんどでした。
僕らはクリエイティブの方々とお仕事する時は慎重になることが多くて、クライアント側として意見を言い過ぎないように気をつけています。言い過ぎるとクリエイティビティが下がってしまう可能性があるので。僕らの役目としては、お客さまが伊勢丹を好きでいてくださっているポイントをぶらさないことですが、その視点をmonopoさんと合わせられたのはよかったなと思っています。
シンプルでベーシックなものだけど特徴的なものを表現できたらと思っていたのですが、特徴を出し過ぎるとイメージとズレてしまう。そのバランスが難しかったのですが、「CONTEMPORARY」のロゴはまさにシンプルだけど少し遊び心が感じられるところが象徴的なロゴになったなと思います。
monopoさんが素晴らしいなと思うのはバランス感覚が良いところですね。格好良くするのってそんなに難しくないと思うんです。でも今回やりたかったのは、”格好良くしすぎず、格好良くする”ことで、価格帯が二極化する真ん中のところでお客さまが求めているものを提供することでした。

田中:まずコンセプトを作っていく中で、お客さまだけではなく社内に向けても言葉はとても大事なものだったので、言葉のプロは入れないといけないなと。さらにファッションってとても微妙な感覚のものなのでそれがわかる人でないといけないと思いました。それで以前から伊勢丹さんのプロジェクトを担当しているコピーライターの稲熊は必須メンバーだなと。山口はオタク気質というか、制作過程においてめちゃくちゃ検証・チューニングをするんです。そこが稲熊にとってクリエイティブディレクションのやりやすさもあるんじゃないかと。この二人の噛み合わせが良くて、一発で通る提案に持っていけたのではと思っています。さらに、考えていたクリエイティブを撮影するにあたって、コペンハーゲンに住んでいるMaya Matsuuraさんに撮影をお願いしました。色々なフォトグラファー候補を出しましたが、今回表現したいことが彼女の切り取る風景や雰囲気そのものだったので。
そこに藤本さんのお客さま視点やブランド視点など、業界ならではの感覚も盛り込んでいき、クリエイティブの精度を高めていきました。

社内外に「変革」を訴求できた

――今回のクリエイティブはどのようなインパクトを与えましたか。

藤本さん:変革を起こせたというのが一番かなと思います。業界内からも問い合わせが多かったですし、特にお客さまから「さすが伊勢丹」という目指した言葉を聞くことができ、社内外への訴求ができたと思います。
さらに嬉しかったのは、3階ゾーンの各ブランドがそれぞれのInstagramのアカウントで、私たちが制作したビジュアルを使って投稿をしてくれたことですね。このクオリティを出すことが僕が新宿でやりたかったことなんです。場の価値を上げて独自性を出すという。

田中:今回のリモデルは百貨店の取り組みでいうと、結構珍しいことだと思います。多くの百貨店はフロアごとに分かれているだけですが、そこに付加価値をつけていくという発想自体が面白い。だから業界からも注目されて、今回の発想を真似するようなところが出てきたり、フロアや百貨店同士の良い意味での競争も起こるのかなと思いますね。

コペンハーゲンにて撮影したビジュアル

アップデートを続け、伊勢丹新宿のブランディングに寄与する

―― 今後の展望について教えてください。

藤本さん:今後の展望としては、まずコンテンツ(ブランドやPOP-UPイベントなど)の入れ替えを積極的に行い常に新鮮な魅力を提供していきたいと思っています。コンテンツは定期的にアップデートしてお客さまにとって興味深いものを提供し続けたいと思います。

今回のリモデルは好評で売上も順調です。このポジティブな反応を受けて今後の三越伊勢丹グループでの発展も検討しています。規模の拡大により、更に多くのお客様にアプローチし各ブランドの存在感を強化していくことができるでしょう。
ブランディングの面では、シーズン毎に空間の更新を行いつつ場所としての魅力を持たせ、新宿伊勢丹に行くことがお客さまの目的になるように努めます。

田中: 既に商売にしっかりと結果が出ているということが何よりすごいことだなと思います。ブランディングやクリエイティブがどれだけビジネスに影響しているかは、なかなか測りにくい部分ではありますが、今回自信をもって言えるのは、戦略・構想から実装までが一貫してブレていないことだと思います。

それは、もっともお客さまに近い場所にいながら、業界や世の流れも俯瞰しながら見ている藤本さんの慧眼であり、それが正しいものだったという仮説をこのチームで実証できたのではないかなと思います。お互いにリスペクトがある素晴らしい取り組みだったと思うので、ぜひ続けていきたいです。



インタビュアー・執筆:石原杏奈 (@anna_ishr
撮影:馬場雄介 Beyond the Lenz (@yusukebaba


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