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特殊なクルマを作っている工場を訪ねました(1)

「自分が手がけたものは、
見たらわかります」

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写真©山本倫子

「基本は一台一台、イチからの作業なんですよね。だから、クルマを前にして、さぁ、どうしようかというところから入ります」


 細身でがっちり体格の岩堀さんは、工場で「設計」担当をしている。作業中の車両の前で話してもらったが、すこし話を聞いただけでもクルマ好きが伝わってくる。ところでココではちょっと変わった自動車がつくられている。

「たとえば、作業の前にたまたまキャンピングカーの雑誌なんか見ていたとしたらイメージが残る。そうことはありますよ」
 そこから影響を受けるようなことが、ないわけではない。作った人間それぞれにクセみたいなものがあり、同業者が見たらどこの工場でつくられたものか見分けがつくのだという。
 ほんとうに、わかるんですか?
「わかりますね。うん。わかると思う」
 と岩堀さん。いい笑顔だ。
 それにしてもキャンピングカーの気配が混ざった霊柩車って、どんなだろう。
 想像をめぐらした。
 ココは、茨城県龍ヶ崎市にある、霊柩車の製造工場だ。

「とくに、そういうクルマを扱うのが心理的に嫌だというのもとくになかったですから」
 と語るのは、工場を経営する寺山和夫さん。
 社長さんなんですよねと呼びかけると、
「社員は『寺山さん』としか言わないけど」
 岩堀さんたちがいるほうに視線を向けた。会社を興して20年近くになる。

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「そういうのが嫌な人はいいますよね。見るのも嫌だとか。工場の中にそういうものを入れるのも嫌だとか。たまたま、わたしは嫌じゃなかっただけです」

 寺山さんが霊柩車の製造販売に関わるようになったのは、それまで一般的だった宮型霊柩車から、リンカーンやキャディラックなどを改造した洋型に切り替わる頃だった。

「そういう高級車の中古車にアンテナを張って仕入れては、霊柩車に改造して販売する。内装もぜんぶ張り替えて、きれいにしてね」

 いきなり霊柩車の製造販売に携わったわけではない。はじめは一般の中古車を扱っていた。
 当初は、霊柩車や葬儀業界に関する知識もなく始めたが、特化していくにつれ業界のことや専門知識が必要だと知り、勉強を重ねてきたという。

 霊柩車の製造工場を初めて訪れたのは2017年12月のこと。茨城県龍ヶ崎市にある「ライフサポート・エイワつくば工場」は、社長の寺山和夫さんを筆頭にスタッフ二人という構成だ。いちばん多かった時の社員数は、社長や事務を含め5人。社名からすぐに霊柩車に結びつきにくいのは「手広く、なんでも扱えるようにする」計算だったという。

 ところで霊柩車といえば、竜の彫り物などを載せた絢爛豪華な高級車をイメージしがちが、それはもう昔のこと。お葬式のシンボルだった宮型霊柩車は姿を消し、現在は「洋型霊柩車」といわれる、一見したところ目立たないものに様変わりしている。

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洋型霊柩車とは

「洋型霊柩車」は4ドアの乗用車の後ろを長く伸ばしたクルマで、後ろの扉を開けて内部を覗くと、後部座席のスペースは棺を載せることが出来るように改造されている。「棺台(かんだい)レール」といわれる、棺をスムーズに収納できるステンレスの装置が設置されているのが特色だ。
 そもそも特殊車両である霊柩車はいったいどこで、どのようにして作られているのだろう?
 それが今回のルポの目的だ。

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特殊なクルマを作っている工場を訪ねました(1)

朝山実

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ルポライター gdke0647@yahoo.co.jp すみっこ、脇道、路上、後日談に興味がわきます。 📖『お弔いの現場人』『父の戒名をつけてみました』(中央公論新社)など。 「ウラカタ伝」http://waniwanio.hatenadiary.com/

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