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サロンエプロンは戦いの合図

サロンエプロンって、ご存知でしょうか?

カフェやレストランの店員がよく使っている、腰から下に巻くエプロンの事です。
(正式名称はギャルソンエプロンのようです)

私は数年前まで、あるイタリアンレストランで働いていました。
先日、約一年ぶりにヘルプに入ったので、今日はその時の事を書いていこうと思います。

そのお店は、本当に毎日が濃くて、漫画のような出来事もよく起きるので、noteに書きたいネタも沢山あるのですが、それは追々。

まずは簡単なお店の説明から。

関東近郊にあるそのレストランは、住宅街の中にぽつんと佇む煉瓦造りの小洒落た外装。家族経営+従業員数人の小規模な店で、コース料理がメイン。
地域では少し名の知れた店でした。
地元では、お祝いごとがあると行くような感じ。

シェフは口髭とたっぷりとしたお腹がトレードマークのザ・シェフ!という風貌。音楽とジョークが好き。
マダムはドルチェ担当。美人できっちりされていて、厨房内外のサポートもしています。
息子さんはホール担当で、接客やワインのスペシャリスト。
そのほかに超ベテランホールスタッフや、元々他の店でシェフとして働いてた方がいたり、洗い場には長年勤める守護神がいたり……。

言うならば、従業員全員がスペシャリストです。
戦闘力カンスト。カードで言えばSSR級。

そんなお店で何故、私が働く事になったかと言うと。
以前、お店の近くのスーパーでバイトをしていた時期があって、たまたまそのスーパーに買い物に来たシェフに「うちで働かない?」とナンパされ、働くようになったという。
いかにもイタリアンなシェフっぽいような…。
(シェフは純正な日本人のようですが)

二十歳そこそこで働き出した頃は、てんてこまいでした。SSRの中に一人ノーマル、いや、初期装備のまま放り込まれたような気分です。
半べそになりながら、必死で食らいつきました。
その甲斐あって、次第にシェフやマダムにも認められ、無事にメンバーの一員となれたのですが、なんやかんやあり辞める事になり…。

今回は洗い場の守護神が体調不良で、ピンチヒッターとして呼ばれた、という流れでした。
私が働いていた当時、担当していたのはホール。
今回も同じくホールでのヘルプになります。
それじゃ洗い場の代わりにならないんじゃないか?と思うかもしれませんが、大丈夫なんです。
あの店の従業員は、全員がスペシャリスト。
私がホールの手伝いをする分、洗い場を持ち回りで片付ける事ができるのです。すげぇや。

逆を言えば、本当にスペアがいないので、一人欠けるだけでお店的には大打撃なんですよね。
辞める時は本当に迷惑をかけました。

約1年ぶりの仕事。
ドキドキしながら店の裏側から入ると、シェフが「待ってたよ!」と笑顔で出迎えてくれました。
マダムや他の従業員とも挨拶を交わし、今日の予約状況と料理を聞きメモを取っていきます。
ネクタイにベスト、サロンエプロンをぎゅっと腰のあたりで絞ると、スイッチが切り替わります。

準備は整った。
あとは全身全霊、お客様とお店に尽くすだけだ。

「Buon giorno (ボンジョルノ)いらっしゃいませ」

ランチタイムは、まさに戦場だ。 
一階席だけならいい、物理的に目が届くから。
あいにく二階席があるので、コース料理の重たい皿を持って、何度も何度も、腿上げよろしく階段を駆け上り、また重たいお皿を持って駆け降りる。
全身運動に早くも息切れ、ブランクと歳を感じる。
少し休みたくても休日のランチタイムはほぼ満席。
そんな甘えたことも言っていられない。
時々水を飲んで、思考と酸素を回す。
お水やシルバーが足りないところがないか、ドリンクを頼もうと悩んでる人はいないか。
食器を下げながら、料理を出しながら、とにかくよく周りを見ること。

一年ぶりの仕事でも体は覚えているもので、今の自分がどう動けばいいのか、どうすれば一番スムーズに進むのか。
まるで自分がお店の血管の一部になったように、するすると思考がまわっていく。
お客様の前に立てば、ブランクなんて関係ない。
不安げな人、自信がなさそうな人にお客様は声をかけないから、自分はこの店の一部だと、笑顔と声に自信を含ませて声をかける。

「はい、お伺いします!」

コース料理のサーブ(給仕)の難しさは、タイミングと目配りだと思う。
一つの料理を提供したら終わりではなく、厨房に次の皿の準備をどのタイミングでかけるか。
お皿の上が半分くらいになっていても、話が長引きそうなら様子を見て少し待つとか、とにかく臨機応な対応が必要で、常時、頭と体をフルに使う。

しかし、どれだけスムーズに店を回そうとしても、次第に洗い場の人員が欠けている弊害が出てくる。
シルバーがたりない…!
ほんのちょっとの隙に厨房陣営が数本でもシルバーを洗う。ホール陣営は溜まっているグラスや食器やシルバーを少しでも手が空いたら片付ける。

スペシャリスト達のおかげでなんとか危機を脱しました。。

ほかにも気をつける点は山ほどあって、例えば、同じテーブルで使うグラスは柄を揃えないといけないから、数種類あるグラスの数を計算して使ったり。
食後のドリンクは、ドルチェがでたあとを計算してタイミングよくお持ちする。でもお祝い事のあるテーブルでは、記念撮影の後に飲み物をお持ちしなければいけない。作るタイミングを慎重に図って……。

お客様がお帰りの際には、預った上着に袖をお通しして、扉を開けて背中が遠ざかるまでお見送りする。
最後のお客様を見送る頃に、緊張の糸が切れた。

どっっとフル回転した脳みその疲れが出る。
シェフやマダムは「やっぱりあなたがいると店に張り合いがでる」と笑顔で言ってくれた。嬉しい。
でもここで仕事は終わりじゃない…。
食器を下げて、洗い、片付け、夜の準備…。
いやぁ、楽しいけどやはり大変な仕事だ。

ちなみに昼の仕事が戦場なら、夜の仕事は頭脳戦だ。

夜は客単価も上がり、一気に大人の世界に変わる。
予約数も席数も減るので、体力的には楽になるが、代わりに神経の使い方が半端ではない。
カップルで来ている場合、男性やお連れ様に恥をかかせないように。ワインはスマートにお注ぎして、昼間より声はワントーンおさえめに。常連様にはほんの少しの差別化を。
スペシャルで、非日常的な空間を演出する。
夜はボトルワインが色んな卓で出るので、基本的にワインのスペシャリストの従業員を主体に、いかに他の卓を滞りなく動かせるかが、私の仕事になる。
一つのテーブルでワインの蘊蓄を語り、お客様を会話や知識で楽しませるのも彼の仕事。
その隙に他のテーブルの進行具合を確認、料理のサーブ、水の継ぎ足しなど。一人が足を止める分、こちらは倍動く必要がある。

全てのお客様を帰る頃には、あっという間に深夜。
だがここで仕事は終わりじゃない。
またしても片付け、掃除、明日の準備…。
私はすでにへろへろだが、シェフやマダムにはまだこれから仕込みや仕入れ作業が待っているのだから信じられない。
本当に、超人しか働けない店だよここは…。
そんな人達に「いつでも戻ってきてね」と言われるのは、やぶさかではないが…。
もしもここで本気で働くなら、今までやりたかった事を全てをかなぐり捨てて、飲食と心中する覚悟が必要だと思う。
なんせ一日12時間は働くというのだ。
私には、その覚悟ができていない。
今はこうしてたまに手伝うだけで充分かな。

いやぁ疲れた。

明日か明後日は筋肉痛だろうな。と思いながら、疲れ切った体を引きずるように帰路につく。

これだけ疲れても感想は「楽しかった」
「やりきったぞ」という充足感でたっぷりなのだ。

やっぱり接客、好きだなぁ。

と言う事で、約一年ぶりにレストランのヘルプに入った話でした。

では、また他の記事で。


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