社員の「つくってみたい」が実現できる会社へ みよし工業有限会社 斎藤いくみさん、鏡凪沙さん
山形県山形市十文字にある みよし工業有限会社へ取材にお伺いしました。みよし工業はステンレス、チタン、ニッケル合金などの板金・製缶加工を行なっています。
みよし工業が製作している製品は、全てオーダー品でステンレス製のシンクやタンク、洗浄曹など多岐に渡ります。最近ではインターネットの普及により全国からの注文が多くなり、銅製のシンクの依頼が増えているといいます。
抗菌効果があることから、近年、銅のシンクは支持を集めており、中でも銅の「緑青(ろくしょう)」処理を施したアンティーク調なシンクが人気です。インターネットで「銅シンク 製造」と検索すると、みよし工業が検索結果の上位にくるようで、加工できるところを探しているというお問い合わせがあるといいます。
今回はみよし工業が取り組む“B2C製品”をテーマに、自社製品プロジェクトリーダーの斎藤いくみ(さいとう いくみ)さんとプロジェクトメンバーの鏡凪沙(かがみ なぎさ)さんにお話を伺いました。
元柔道整復師の斎藤さん、絵が大好きな鏡さん
ーー斎藤さんはみよし工業に入社されて何年目でしょうか?
斎藤さん:もうすぐで4年目になります(2022年5月現在)。それまでは横浜で柔道整復師の仕事をしていました。
ーーご出身は山形ですよね。一度山形を出られたのですね。
斎藤さん:高校卒業後は地元の東北芸術工科大学の建築学科を卒業しましたが、卒業後に医療系の専門学校に進学し柔道整復師の資格を取得しました。みよし工業に入社してからも福利厚生の一環で従業員に施術したり、ヨガをみんなでやったりしています。柔道整復師の仕事を続けていたら、今頃は開業していたかもしれませんね。
ーー福利厚生で身体のケアができるのはいいですね。ご結婚がきっかけでみよし工業に入社されたと伺いました。
斎藤さん:そうです。結婚を機に入社し、経理・総務・自社製品開発の仕事を担当しています。おじいちゃんが大工の仕事をしていて、自分も建築や造園に興味がありものづくりは好きなので、設計やCADも少しずつ勉強しています。
ーー鏡さんも東北芸術工科大学をご卒業されていますよね。
鏡さん:斎藤さんと同じ東北芸術工科大学の美術科を卒業しています。子供の頃から絵を描くことが好きで大学では油絵を専攻していました。
ーー絵は今も描いていらっしゃるのですか?
鏡さん:今は油絵ではなくアクリル絵の具になりましたが、休みの日には絵を描くこともあります。部屋には絵が沢山あって絵と共同生活をしているみたいになっているので、アトリエが欲しいなと思っています。
ーー仕事をしながらも絵は続けられているのですね。斎藤さんは趣味や好きなことはありますか?
斎藤さん:バイクとカメラです。山形に戻ってからはあまり行けていないのですが、横浜に住んでいた頃は日帰りで色々なところにツーリングに出掛けました。カメラは一眼レフを持って歩きながら写真を撮るのが好きです。東京の谷根千(谷中・根津・千駄木)エリアとかが好きで、1日中撮っているととても良い写真が何枚か撮れるんです。それが楽しかったですね。
ーーアクティブな趣味ですね!
斎藤さん:いろんなものに興味を持つタイプで、気になるとやってみたくなる性格だと思います。
働きたいと思ってもらえる会社になるために
ーー鏡さんはみよし工業に入社して現在2年目とのことですが、入社のきっかけを教えてください。
鏡さん:大学卒業にあたって就職活動をしている時に、ある合同企業説明会でみよし工業を見つけました。話を聞くと「放課後工房」という活動があることを知り興味を持ちました。
ーー放課後工房とはどんな活動ですか?
鏡さん:やるべき仕事が終わった時や定時後など、会社の機械を自由に使って自分のものづくりに取り組むことができるという活動です。私は溶接でピアスを作ってみたくて興味を持ちました。
斎藤さん:これは社長のアイデアで始まったものなんです。
ーーどういった思いからこのアイデアが生まれたのでしょうか?
斎藤さん:ここで働きたいと思ってもらえる会社にしたいという思いからです。それまでも採用活動を行っていましたが、入社しても早い段階で退職に至ってしまうケースが多く、10代後半から20代の従業員がほとんどいませんでした。そこで思ったのは長く働いてもらうためには、どこでもいいから働きたいではなくみよし工業で働きたいと思ってもらう必要があるということです。同時にそう思ってもらえるだけの魅力を持たなければいけないと思いました。そのためには会社の環境や姿勢を変える必要があると感じたんです。
ーー放課後工房の他にはどのような部分を変えたのでしょうか?
斎藤さん:まず採用活動に関しては、鏡さんが入社するまでは大卒者の採用は行なっていませんでした。給与面や待遇などにおいて前例がなかったのですが、大学生は自分の意志で就職活動をする方が多く、みよし工業で働きたいという人に出会えるかもしれないと大卒の採用に取り組みました。放課後工房などの活動も併せて、みよし工業のことを良いと思ってくれる人に入社してほしいと思っていました。
ーーそこで出会ったのが鏡さんだったのですね。
斎藤さん:鏡さんは合同企業説明会で一度話をした後に、またブースに立ち寄ってくれました。みよし工業に興味をもってもらえて嬉しかったのを覚えています。
鏡さん:仕事自体にも興味がありましたし、自分のアイデアを形にするチャンスがあることに魅力を感じました。
ーー放課後工房でものづくりしたい場合は申請などが必要なのですか?
斎藤さん:上司や社長に作りたいものの相談をして、いつ頃なら加工できそうか、材料はどんなものが必要か検討します。書類の提出などは特になく、その都度相談に行くスタイルです。普段は使っていない機械を使う場合や、他の人から教えてもらったり手伝ってもらったりすることもあります。
ーー他の皆さんはどのようなものを作られているのですか?
斎藤さん:車やバイクが好きな人が多く、マフラーなどのパーツを作っているのを見かけます。
ーーそれぞれ自分が好きなものの制作に取り組まれているのですね。鏡さんは入社後どのようにして仕事を覚えていきましたか?
鏡さん:社内の工程をひとつずつ回っていく研修がありました。溶接、設計、仕上、溶接前の加工の順で研修して覚えていきました。今は最後の溶接前の加工をする工程を研修中です。具体的には、レーザー切断機などを使用して図面通りに板を切断する「ブランク」という作業や、切り抜いた板を機械を使い曲げて立体的にする「曲げ」という作業などを中心に研修しています。
ーー社内研修は昔からあったのですか?
斎藤さん:鏡さんが入社するまでは社内研修がなかったので、鏡さんに仕事を覚えてもらうにあたり新しく作りました。初めてで手探りでしたが仕事を覚える上で大事な制度だと感じます。この春入社した新入社員も同様に研修を行っている最中です。
チタンオンリーにこだわったアクセサリー
ーーB2C向けの製品に着手したきっかけを教えてください。
斎藤さん:B2Cに挑戦しようと考えたのは社長でした。本業である板金の仕事は受注が重なるとパンク寸前の状態になることがあり、本業があまり忙しくない時にできることはないだろうかという発想です。法人向けの仕事だと納期がありますが、個人向けに販売する商品だと法人向けのような納期がなくある程度私たちのペースで製品を作ることができます。
ーーお二人は開発をご担当されているのですか?
斎藤さん:開発もやりますし、実際に作ってみるところもやっています。
鏡さん:溶接でピアスを作りたいと思っていたのでやりたいことが実現できています。B2C向けの製品を作ること自体も楽しいですし、作りながら溶接の技術を学ぶこともできています。
ーー製品のこだわりを教えてください。
斎藤さん:オールチタン製であることです。接着剤なしでチタン素材のパーツ同士を溶接しているため、金属アレルギーの方でも安心して身に付けていただけるアクセサリーです。チタンの溶接は難しいのですが、本業で培ってきた技術を活かしています。
ーーチタンの溶接はどのように難しいのでしょうか?
斎藤さん:理由はいくつかあるのですが、チタンに熱を加えると、空気中の物質と結びつきやすくなるためすぐに酸化してしまいます。そのためアクセサリーとしての外観はもちろんのことチタンの性質を保持するために、極力酸化させない技術が必要となります。社内の職人さんにアドバイスをもらいながら挑戦しています。
鏡さん:加工を施した時に素材表面に発生する焼けたような跡を除去することを「焼け取り」といいますが、この作業一つを取っても難しいです。一つ一つの作業どれも難しいので技術の向上を図り、アクセサリーのクオリティを上げていきたいと思います。
ーー自社製品開発に携わっている方は他にもいらっしゃいますか?
斎藤さん:最初は私たちが中心となっていましたが、4、5ヶ月前に更に3名を加えたプロジェクトチームを立ち上げ、毎週水曜日にミーティングをしています。
ーープロジェクトのミーティングではどのようなことを相談されているのでしょうか?
斎藤さん:新製品の開発や販売方法についてです。現時点で販売は自社ECサイトを中心に、山形県や福島県で開催されているマルシェなどにも出店し、知名度アップを目指しています。
それぞれがスキルアップし自社製品を極める
ーーみよし工業としてこの先の目標はありますか?
斎藤さん:目標の一つに「メディアなどを通して知ってもらう」があります。自分たちの会社が取材・掲載されたというのは誇りですし、モチベーションも上がります。みよし工業で働くみんなに誇りを持ってもらいたいという思いがあるので、取材してもらえるのは嬉しいです。また、みよし工業のことを様々な方に知ってもらうことで、新しい仕事へ繋がったり、みよし工業で働きたいと思ってくれる人との出会いに繋がるかもしれないと思っています。
ーーB2C向け事業の目標はありますか?
斎藤さん:アクセサリー事業を継続させて、今後5年以内に自社製品を会社全体の売上の10%まで持っていきたいと考えています。比較的反応の良いマルシェでの販売も続けつつ、新たなアピールの仕方や販売方法についても考えていきたいです。
ーー個人の目標はありますか?
鏡さん:技術や知識を身に付けつつ、銅の緑青処理を勉強したいと思っています。
斎藤さん:今後、自社製品開発では風鈴を作ってみたいと思っています。ガラスでも鋳物でもない板金の風鈴です。どんな風に作るのかは私にもまだわかりませんが、技術を身に付けていつか作ってみたいです。また、チタンの陽極酸化処理(チタンの発色など)を勉強し、アクセサリーの幅を広げていきたいです。
編集後記
会社の設備を活用して好きなものを作って良いという「放課後工房」の紹介ページを覗くと、実に様々な製作物がありました。今回インタビューした斎藤いくみさんが作ったバイクのマフラーもあります。斎藤さん自らものづくりを楽しんでいる様子が伝わりました。また、この取り組みに惹かれ入社し、今ではスキルアップを目指している鏡さんのお話を聞き、ものづくりしてみたいという素直な思いを大事にできる環境であると感じました。