【短編小説】この空の下で

#フィクション #ショートストーリー

一年の始まりは冬至であるという説もあります。
そんな日に、今日は特別短編ストーリーをお送りしましょう
明日からまた笑って生きられるように。

プロローグ

誰でも心の中に、一本の長い長いマザーロードをもっている。
人は時にそのことを忘れ、脇道に入り込み、苦しみもがいている。
けれど原点はいつもこのマザーロードを基点として、成り立ち、
そこを走っている自分に気がつく。

忘れないでほしい。
永遠に続くこのマザーロードを。
永遠に走り続けることを。
そしてそれは、心の中にだけあるということを。

バンド

その年、マサキはバンドをやめた。
「プロデューサーといざこざ」そう週刊誌の見出しでは伝えられた。
本当のところは。。。

「10年前のメロディーには、つきあいきれない、今日からこの新人に、
 ギターとメロディメーカーをお願いすることにした。」
そう言って、プロデューサーの吉澤が新人ギタリストを連れてきた。
彼は自動的にバンドを追い出されたかたちとなった。

メンバーの反対もあったが、
一世風靡した時代からは、ずいぶん落ち目になってしまった。
バンドの人気を考えれば、仕方ない。
メンバーには、それぞれに家族を養わなければならない立場もある。
正直なところ、新人の加入により、バンドの人気が上がれば
メンバーもまた食える状態になる。
そんなところもうまくプロデュサーの吉澤は突いてきた。
誰も何も文句が言えない状態になった。

これが報道されなかった事実である。

新しいギタリストは若いだけの、
特筆すべきテクニックもセンスもない人間だった。
しかし、今時を象徴したかのような、ファッション、
そしてルックスは特筆に価すると言っても良いものを持ていた。
新人加入後の初LIVEは、
新人ギタリストの人気と、これまでの人気が重なりあって
マサキが抜けた痛手をものともせずに、更なるファンを増やし、
成功に終わった。

ファンたちはLIVEに狂い、クラブで踊り、カラオケで朝まで歌う。
気の合う子を見つけては、一夜限りの恋を楽しむ。
そんな時代に新人が加入したバンドは染まっていくかのように思えた。

<時代の流れは変わった>
彼はそう思い込んで、肩を落とし、事務所を出ていった。

苛立ちと葛藤

彼は今まで稼いだお金と、今まで住んでいたマンションを売ったお金、
全て持って、東京を後にした。

彼のプライドはスタズタに傷つき、
上手くいかなかったことの全てを他人のせいにしていた。
「なぜ、俺をわかってくれないんだ、テクニックにも、メロディーにも自信はある、誰にも負けない、ハートだってある、なのに、今の若い奴等より、何がたりないって言うんだ」

彼は怒りと落胆の狭間の中でもがいているように思えた。
そしておびえているようにも思えた。
<ゼロになりたくない・・・・全てを失いたくない・・・・>
彼は心の中でつぶやいていた。
銀色の翼に抱かれながら、彼は眠りに落ちていった。

旅立ち

マサキが降り立ったのは、ニューヨーク
アメリカを象徴するビッグシティー
けれどその裏側は、傲慢と貧困と飽食と犯罪が同居する街でもあった。

彼の再出発はここから始まるはずだった。
しかし、プライドを捨て切れない彼は、
見た目の奇麗さや高収入を望み、彼を受け入れてくれるLIVE HOUSEも、
彼と一緒に仕事をしようとする者も、この街には居なかった。

彼を不安と失意が襲っていた。
ハーレムの黒人達と喧嘩にになり、危ない場面もあった。
どうすればいいのか、答えを探している自分と、
どうすることもできないさと諦めている自分がいることに気がついていた。

彼は旅に出ることにした。
幸いアメリカは広い・・
この空の下、自分をわかってくるれ人達がきっといる。
いるに違いないと、わずかな希望をもって旅立つことに決めた。

不安と戦いながらの旅になることはわかっていた。
けれどこの街に留まることはできなかった。

中古ショップで見つけた、スクラップ寸前の黄色いワーゲンに、
日本から唯一持ってきたギターだけを積んで旅にでることにした。

ニューヨークからシカゴ、セントルイス、サンタフェ、そしてロスまで、
何処かに自分の捜し求めている答えがあるような気がして、彼は旅立った。

ルート66

シカゴからは幻のハイウエー、ルート66を走ることにした。
寂びれた田舎街にこそ、自分の捜している答えがあるように思ったからだ。
ひたすら西へ西へ彼は車を走らせた。
夏の熱い日ざしは、情け容赦なく彼を照りつけた。
 
ルート66は時に舗装されてない道になることもある。
全開にしたワーゲンの窓から砂誇りが舞い込み、
体中が砂まみれになることもあった。

そんな時は、しかたなくモーテルに入り、しばしの休息をする。
泊まった町々では、必ずLIVE HOUSEに立ち寄る。
しかし、日本からきたよそ者を受け入れてくれる所はなかった。

マサキは再びハンドルを握り走り出した。
レイバンの向こうに見える景色は、荒れ果てた大地と
長い長いかげろうの道。
いつ天気が変わるかわからない、
ターコイズの青い空だけが彼をじっと見守っていた。

人生のリセット

何日も何日も彼はビートルを走らせていた。
そんな日々が続いた。
自分を受け入れてくれる所などどこにもない。
自分の居場所など何処にもないと感じていた。
彼は無性に人生をリセットしたい衝動騒動にかられ
重い空気を吸いこんでいった。

人生のリセット、その衝動に負けそうになりならが、
かろうじて旅を続けていた。
ルームミラーに移る無精ひげ姿の自分の顔を見ながら、
彼は何度も何度も最後の瞬間を想い描いていた。

ロスまで行って、答えが出なかったら、
人生をリセットしようと思っていた。
それはつまり、自殺、死を意味していた。
音楽ができない今の状況は、彼にとって、死と同じであった。
「人生ゲームみたいに、振り出しに戻って、やり直せたらなぁ」
彼はふと、独り言をつぶやいた。
それは今の彼の本心であるかのようだった。

LIVE HOUS

ニューヨークを出発して何日経ったのかさえ分からなくなっていた。
何日目かにたどり着いた小さな街。
LAまであと200マイルの小さな街。
彼はこの街を今日の休息の地と決めた。
明日にはLAにとたどり付く、そうしたら楽になろう。
そう彼は考えていた。

マサキはいつものように、ギターケースを抱えて、
一軒のバーに入っていった。
10人も入れは満席になってしまうような、小さなバーだった。
この街にはLIVE HOUSは無いようだった。

小さなバーには凝った彫刻を施した
アップライトピアノがぽつんとあるだけだった。
ちょうど黒い肌の老人が静かにジャズのスタンダードナンバーを
弾き出したところだった。
悲しい曲なのに、楽しんでいるかのようにピアノを弾く老人を
マサキは見ていた。
老人がピアノを弾く姿は年が若返ったかのような感じにさえ見えた。
彼は一瞬立ち止まり老人を見ていた。

カウンターとテーブルが3つほどの店のカウンター座った。
彼は、ジャックダニエルのショットをオーダーした。
カウンターの奥に並べられたボトルのすみに、
色あせた写真が飾られていた。
それは、老人の若い頃の写真だとわかった。
昔は、かなり有名なミュージシャンであったことは、
その写真が物語っていた。

セッション

<こんな客もいないバーで、一人で弾いていて楽しいのだろうか>
彼は疑問を抱かずにはいられなかった。
バーテンダーがジャックダニエルのグラスを、彼の前に置いた。
マサキは、一口で半分ほどを飲んだ。
最後の晩餐か・・
彼は少し苦笑いしながら、ジャックダニエルのショットグラスを
見つめていた。

老人は彼に気がつくとピアノを弾く手を安め、ギターケースを指さして、
「いっしょにやろう」
そう言った。
何処の誰ともわからない、まして異国の彼を指さして、
「いっしょにやろう」
そう言ったのだ。

マサキは戸惑うばかりだった。
そういえば、日本を離れてから、
一度もギターを弾いていないような気がしていた。
どうせ人生をリセットするなら、
最後にセッションくらいやってもいいかなという気持ちになっていた。

彼はギターケースから、年代物のオールドレスポールを取り出した。
老人のピアノのそばに椅子を持ていった。
ギターアンプ等はない。ただレスポールはアンプなしでも
そこそこの音は出る。
優しいを音を出している老人のピアノに
合わせるくらいは大丈夫だろうと思った。
彼は、今まで老人が弾いていたスタンダードナンバーを弾き始めた。

しかし、
老人はピアノを弾かなかった。
かれのギターの音色を聴いているようでもあった。
<いっしょやろうと言っておいて、なんだよ>
多少の苛立ちを感じながら、
それでも彼はワンコーラスギターを弾いて、その手を止めた。

音楽とは楽しむ事

老人は、彼をじっと見つめて・・
「おまえさんは楽器を、レスポールを楽しんでいるかい?
 私にはどうもそう聞こえないんだ。
 おまえさんの弾くメロディーも音もそして、ハーモニーまでくすんで、
 泣いているようだ。いいかい、楽器はもっと楽しくやるもんさ、
 おまえさんは誰でもない、おまえさん自信だ。代わりはいないんだよ、
 だから、おまえさんがどうギターを弾こうが、どう人生を歩もうが、
 それは私の知っことではないんだけれどね」
老人はされにつづけた。
異国のマサキにも聞き取れるように、
はっきりとそしてゆっくりな英語で話した。
「こんな老いぼれの言うことは、わからんかもしれんが、せめて、
 楽器を楽しむ者として、音楽をやる仲間として、
 今夜は楽しくやろうじゃないか」
老人はそう言い終わると、またピアノを弾き始めた。

楽しんでいるかと老人に言われたマサキは、ハッと我にかえった。
確かにこの何年か楽しんでギターを弾いたことも、
楽しんでメロディーを書いたこともなかった。
それはただ食うための手段になっていた。
けれど、まだプロになりかけの頃は、ギターを弾くことも、
メロディーを書くことも楽しかったことを思い出した。

人生とは

マサキは老人に今までの出来事を少しづつ話り始めた。
彼が話し終わるまで、老人は楽しそうにピアノを弾いていた。
そして、ひと通りスタンダードナンバーを弾き終えると話はじめた。

「人生ってやつは、この空と道に似てる、
 そうこのルート66に似てる。
 何処までも続く長い道、荒れた道もあれば、街もある、
 曲がりくねった山道もあれば、
 どこまでもまっすぐだと勘違いしてしまう道もある。
 でも、いつもこの空がそいつを見てる。俺たちを見てる。
 そして不思議なことに、
 この空と道は自分が行きたいと思う所まで続いているのさ。
 だから、この先にもう空も道もないと思ったら、行き止まりなのさ。
 仮にこの肉体が滅んでしまっても、
 魂に終わりはないのさ、だってそうだろ、エルビスも、レノンも
 まだ生きているじゃないか、俺達の心の中にね・・
 私の心の中には、マイルスとコルトレーンが生きているけどね。
 おまえさんはこれから何処へ行こうと思っているんだい。
 おまえさんの前には、
 まだまだ希望の道と空が待っているように思うがね。
 私みたいな老いぼれは、もう走る道も見上げる空も、
 行き止まりだが、こうやって楽しもうとしているのさ。
 この空に笑われないように、生きていかなきゃと思ってね・・
 最後の時までピアノを楽しんでいたいからね・・ 」

答えは何処にでもあったことにマサキは気がついた。
彼の行くところ何処にでも、その答えはあった。
東京にも、ニューヨークにも、この街にも。
心の中に道が続いているかぎり、
答えは心の中にあることに彼は気がついた。

答えはここさと言わんばかりに、
老人が親指を立て、そしてその指を自分の胸に押し当てて見せた 。

再出発

彼はもう一度レスポールを抱え直し、
Over the Rainbowを静かに歌いはじめた。
笑っていた老人がそれに合わせてピアノを弾きはじめた。
老人もいつしか歌いはじめていた。

さっきまで誰もいなかった小さなバーに、
何処からやって来たのか、人があふれていた。
そして、この異国の地から来た彼に惜しみない拍手を送ってくれた。

迷路の出口で彼は何十年ぶりかの感動をあじわっていた。
楽しむことの大切さを味わっていた。
「どうもありがとう、俺にもう一度走ることを教えてくれた人たちと、
 あんたに」
彼はそう言うと、老人を指差して
「この空の下で・・・聞いてください」
そう言って、彼はその場で浮かんだメロディーに、日本語で歌い始めた。
気がつと老人がピアノでハーモニーを刻んでいた。

終わり


クラプトンのOver the Rainbowを
貼っておきます


楽曲 この空の下で
【Lyrics】meecyan 【Music】須藤英樹

曲がりくねった長い道で 男の本気を見失い
わけもわからずがむしゃらに 息をきらして走りつづけてた

荒れ果てた大地 それでも人は生きて
明日の夢を 笑って語った

この空の下 どんなときでも かならず見てる
大きな空を見上げ Ride the way


ポケットの中にしまいこんだ 男の本音を探してた
右手のプリモビール握り潰し、投げるこの時代の向こう側へ

雨にぬれても かならず未来はくると
信じ続ける 仲間と出会った

この空の下 真実さえも 見抜かれている
大きな空を見上げ Ride the way

一人孤独な夜と思っていたけど
いつも感じていたはず
大きな愛があったこと

この空の下 どんなときでも かならず見てる
大きな空を見上げ Ride the way

この空の下 真実さえも 見抜かれている
大きな空を見上げ Ride the way

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