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【短編小説】オートバイのパン屋 Second stage

#小説 #短編 #フィクション #オートバイのパン屋 #ワイン #ラベル #ラ_カンパネラ #キッチンカー #ベルパン #フジコヘミング #辻井伸行 #コピック

オートバイのパン屋Second stage

毎月1日は小説の日という事で
今回もつたない小説を投稿いたします。
5月に投稿した「オートバイのパン屋」
その続編という事になります。
続編と言うのは前作との不整合を生むため
苦手なんですよね。
なので色々不整合あると思いますが
ご容赦ください。
今回もバタバタと書きあげました。
いたらな点は読み飛ばしてください。
本日は約一万一千文字です。
お時間のある時にお読みください。

前回のあらすじ

最愛のパートナーである徹を亡くした玲子。
絶望から立ち直れない中、大好きな祖母も、
逝ってしまいます。

空き家になった父の実家、祖母の家。
そこにはパン教室で使う機材と、
材料が残されています。

玲子はこの家に住み
祖母の大好きだったアンパンを作ります。
オートバイで宅配を始めた玲子が、
悲しみから立ち直り、
新しい恋のきっかけをつかめるのか?

そんなところから
Second stageを綴ってまいりましょう。

前回の詳細はこちらです。

テーマ曲

もう夏も終わりですね。秋風が吹いてきました。
物語は徹の三回忌(亡くなって2年目)からはじまります。


三回忌

お寺のほうで、お経が聞こえていた。
玲子は2年間にバイク事故で逝ってしまった、
徹のお墓に手を合わせていた。

「一周忌は来てもらったけど、三回忌は遠慮してね
 玲子さんの人生だから、早く前を向いて生きていって
くださいね」

昨年一周忌の席で、徹の母親から言われた言葉を
思い出していた。

今年は三回忌法要が行われたはずだが、
徹の母親の言葉通り、
玲子に連絡が来ることはなかった。

それでも、玲子はいてもたってもいられず、
命日の一日前に徹のお墓にお参りに来ていた。

KAWASAKIのリアボックスから、
ライラックの花を取り出した。
玲子の祖母の家にはライラックの花が咲いていた。
祖母の好きな花でもあり、玲子も徹も大好きな花だった。
お墓参りに行く前に、花の付いた細い枝を切って
KAWASAKIのリアボックスへ入れてきていた。

玲子は徹のお墓にライラックの青紫の花を
供えた。
お墓にお供えする花としては、
あまり見かけない花だが、
二人でお店をオープンする時も、
ライラックの木を植えようと話をしていた。
だから玲子はどうしてもライラックの花を
お墓に供えたかった。

玲子は供えたライラックの花を眺めならが
徹との他愛もない会話を思い出していた。

あの時もっと話しておけばとか。
もっと早く引き上げればとか、
いろいろ考えるとまた悲しくなった。

「徹、私が焼いたアンパン、一緒に食べようね」

そういうと、玲子はデイバックから
アンパンを取り出して、
半分にちぎり、半分をお墓にお供えした。
そして、アンパンを食べだした。
アンパンを食べながら、自然にあふれ出る
涙が頬を伝っていた。
玲子は構わずアンパンを食べ続けた。
お供えした徹のアンパンも食べ終わると、
涙は少し乾いていた。

玲子は徹のお墓に一例すると
踵を返して、墓石の中をあるいていった。
お寺のほうから聞こえていたお経はいつの間にか
やんでいた。

駐車場にはブルーのタンクに2本のキズがある、
KAWASAKIが静かに待っていた。
1本は玲子の父親が付けたもので、
もう1本は、徹とツーリングに出て、
徹が逝ってしまった日にできた傷だった。
玲子はこの傷を修理する事なく乗っていた。

セルを回す。
KAWASAKIは一回でエンジンがかかった。
玲子はポニーテールにした髪をほどき
ヘルメットをかぶって、アクセルをオンにした。

大阪から山梨まで約400Km
玲子は唇を強く結んで走り出した。
セミロングの髪が後ろに流れていった。 

ワインに合うパン

「Alexa 通知を読んで」

・・・・
<ケンジさんから通知があります>
<アンパンニジュッコ、ソウダンアリ、レンラクモトム>

「Alexa ありがとう」

・・・・
<マタイツデモドウゾ>

玲子は賢二に電話をかけた。
30秒ほどして、賢二が出た。

「アンパンの注文ありがとうございます
 それで、相談というのは?」


玲子は淡々とした口調でしゃべった。
賢二は一瞬考えた様子で

「あ・・相談ね、ちょっと夕方にでもそっちに
 行っていいかな、込み入ったというか、
 俺も相談されている事があってね、頼むよ」

玲子は一瞬考えたが
いつもKAWASAKIのメンテを格安でやってもらっているので
断れなかった。
本当は400kmのライディングで体が疲れていて、
夕方は寝てしまおうと思っていたところだった。

「オッケー、夕方6時なら大丈夫よ」

そういうと、賢二は嬉しそうに

「ありがとう、頼りにしているよ」

そういうと電話は切れた。

玲子はフーっと息を吐いた。
賢二とは配達のついでに話しこむ事は
あった。
折り入っての相談というのも気になるが、
改めて、賢二が経営する徳山自動車では、
まずい事があるのかもしれないと思った。

いろいろ考えてもしかたない。
玲子は注文を受けていたアンパンやクロワッサンを、
焼き上げ、配達に出る事にした。

夕方6時ちょっと前に、
賢二がやってきた、徳山自動車で
代車に使っている旧型のジムニーだった。

「おう・・・」

そういうと賢二は玄関脇から
パンを作るキッチンへ入ってきた。
玲子は、明日の仕込みのために、小豆を煮ていた。
丁度頃合いになり、ガスの火を止めた時、
賢二が入ってきた。

このキッチンは、祖母がパン教室をやっていた時のまま
玄関わきからパンを焼くキッチンへ、
直接入れるようになっていた。
生徒さん達が気兼ねなく、パン教室へ通えるようにと、
祖母が家を改造したのだ。
キッチン兼、パン教室のスペースには、
大きな作業台と、ガスと電気のオーブンが並んでいた。

賢二はそんな作業場を見回しながら
作業台の端に一本の赤ワインを置いた。
玲子は思わず

「車で来たのに、飲むつもりなの?」

ちょと声を荒げた声になった。
賢二は苦笑いしながら

「そうじゃなくて、相談事の一つがこいつさ」

そう言って赤ワインを指さした。

賢二が事のいきさつを話し出した。

「うちのお客さんにワイナリーをやっている
 オーナーが居てさ、今度新作のワインを
 作ったらしいんだけど、なんか面白い事
 やりたいらしくてね、
 レイの作ったアンパンをかじりながら
 ラベルの無いワインを見ながら
 ワインに合うパンを作れないかという
 話になってさ、しかもワインの名前や
 ラベルも考えてほしいというんだよ
 どうかな??、でこれがその赤ワイン」

賢二は要点をかいつまんで玲子へ説明をした。
玲子は目を丸くしながら

「そんなワインに合うパンって、その辺の
 ロールパンやチーズパンじゃだめなの?
 それに、名前とラベルも?」

玲子は少し裏返った声で言った。

「まぁ急ぎじゃないから、ちょっと考えてくれないかな
 お得意様を助けると思って、なんでもこの辺じゃ
 あまり作らない、ピノ・ノアールを使ったワイン
 らしいからさ、気合い入ってるようなんだ。
 あ・・これ飲んでいいって言ってたので飲んでみてよ」

「そのお得意さま、私のお客さんじゃないんですけど」
 
玲子が口をとがらせながら言うと

「でもさ、これでワインに合うパンができれば
 ワイナリーでもレイのパン扱ってくれるかも
 しれないだろ、いい話じゃないかな?」

そういうと賢二はキッチンから立ち去りかけて
もう一度振り向いた。

「今度自動車整備の仲間たちでイベントやるんだ
 良かったら覗きにきてよ」

賢二は一枚のチラシを差し出しした。
玲子はしぶしぶそれを受け取った。

玲子はしばらくワインのボトルを眺めていた。
せっかく賢二が来たのだから
パスタでもふるまえばよかったのかもしれないと
思いながら、
その一言が言えない自分と葛藤をしていた。

玲子はキッチンの引き出しから
ワインオープナーを出して
赤ワインを開けた。

デキャンターに半分ほど注いで
後は空気抜きのキャップをかぶせて
空気を抜き、酸化しないようにした

デキャンターに注いだ赤ワインを
ワインクラスの1/3程注ぎ入れて
くるくると空気を絡ませて
一口飲んだ

芳醇な香りが鼻に抜け
少しの渋みとコクが口の中に残った
玲子はおばあちゃんの仏壇にあげるアンパンを
一つ掴んで一口食べた。

もぐもぐしながら
もう一つのワイングラスに
赤ワインを注いで、アンパンと一緒に
仏壇のある居間に行き、手を合わせた。

「おばあちゃん、あんぱん一個もらったわよ
 そして貰い物だけど、美味しいわい、飲んでね」

そういうとリンを3回鳴らした。

部屋にはリンの音と、赤ワインの香りが漂っていた。

キッチンカー

運動公園の駐車場は多くの人で賑わっていた。
玲子はKAWASAKIを駐車スペースへ止めた。
ヘルメットを手にすたすたと歩いていく。

受付に近づこうとしたとき

「おう、レイ、こっちこっち」

そう言って賢二が手招きしているのが見えた。
玲子は賢二の方へ歩いていった。

「受付済ませておいたから、さっそく見よう」

賢二に連れられて、玲子は運動公園の駐車場の一部に
並べられた中古車を見ていた。
ずいぶん手広くやっていると思わせるほどの
台数が並んでいた。

中古車はグランドの中にも展示してあるようだった。
賢二は迷わずグランドの中に入っていった。

そこにはキッチンカーの中古車が展示してあった。

「どうだい、そろそろキッチンカーでパンを売るなんて
 考えてみてもいいかと思ってさ」


そういうと賢二はいろいろ説明してくれた。
軽トラックを改造したもの、 ハイエース級の大きな
ワンボックスを改造したもの、ちょっとレトロな
シトロエンバス等が並んでいた。
40万円代から300万円以上するものもあった。

「これを見せたくて、私にチラシをくれたのね」

賢二は自慢げにニコニコしてうなづいた。

「でもちょっと高いわよね」

「大丈夫格安で内装作ってやるよ、これから冬になる
 2年間バイクで頑張ったようだけど、雪の日は
 配達できないだろ、バイクよりもキッチンカーのほうが
 ちょっと料理もできるし、今後の事をかんがえると
 いいんじゃないかと思ってさ」

賢二が心配しているのもわかるが
玲子はいまいち乗り気にならなかった。
確かに、パンの配達は増えてきている。
けれど、キッチンカーをしつらえるまでには
至っていないと感じていた。

「賢二さん、心配してくれてありがとう
 ちょっと考えさせて」


そういと玲子は賢二から離れて
KAWASAKIの方へ歩いて行った。


玲子は久しぶりに母親に電話をかけた。

「私、・・お母さん元気にしている」

たわいもない会話から母親は

「あなたいつもそうよね、迷っている時は
 かならず電話してくるのね」


母親には見透かられている気分になったが
玲子は思い切ってキッチンカーの事
ワインのラベルの事、ワインに合うパンの事
矢継ぎ早に話した。

母親は黙って玲子の話を聞いていた、
そして一言

「レイの人生だから、好きにしていいのよ
 失敗したっていいじゃない、今のベストを
 尽くすことが大事だとおもうは」


玲子は母親の、<今のベストを尽くす事>が
心にささっていた。

<そうか、失敗してもいいんだ>
心でつぶやいた。

「おかあさんありがとう、なんとかもう少し
 がんばってみるわ」

そう言って電話を切った。

教会のワイナリー

玲子はブドウ畑の細い道を歩いていた。
駐車場からワイナリー兼レストランまでは
このブドウ畑の道をあるいていくしかないようだった。
KAWASAKIなら通れるくらいの道だったが、
玲子は駐車場にKAWASAKIを止め、歩いて緩やかな坂道をを
登っていた。

ブドウは収穫が始まっているようだった。
農園のあちこちで、従業員らしき人があわただしく
動いていた。

玲子は迷っていた。
ワインにあうパン、そしてラベルの仕事だ
家で考えていても仕方ないので、
ひとまずワイナリーに来ることにした。

いつものライダースーツ姿
ヘルメットは流石に
ヘルメットフォルダーにロックしてきた。
この田舎で盗まれる事もないのだが
一応大切なヘルメットなので、ロックしてきた。

3分程ブドウ畑を歩いていくと、その先に
ワイナリーらしい建物が見えてきた。
白いとんがり帽子の建物は
まるで教会のように見えた。

玲子はふと立ち止まった。
ブドウ畑からラ・カンパネラが流れていたからだ。
ラ・カンパネラはフランツ・リストのピアノ曲として
知られている。
玲子がまだ子供の頃、父親の膝の上でよく聞いていた。

「そういえばお父さん、ワインを飲みながら
 ラ・カンパネラを聞いていたわ」


玲子は思わず独り言を言った。
少し父親の懐かしい匂いを感じていた。

玲子はブドウ畑をじっくりと見て回った。
そこには小さな箱のようなものが
あちこちについていた。
どうもラ・カンパネラが流れているのは
その箱からのようだった。

玲子は不思議に思いながらも
ライダースーツのまま歩いて行った。
歩き始めて5分くらいで、
やっとワイナリーにたどり着いた。
ワイナリーのドアには、小さなベルが付いていて
玲子が店の中に入ると、チリンチリンという音を立てた。
同時に

「いらっしゃいませ」

と渋くよく通る声がかえってきた。
カウンターの中にいる
白髪の男性が迎えてくれたようだった。
老人と呼ぶにはまだ早いが、
決して若くはない感じに見えた。
玲子は賢二が言っていた、ワイナリーのオーナーの事を
思い出していた。

玲子がワイナリーの店舗を見回していると

「オートバイのパン屋さん? 玲子さんですか?」

そう聞いてきた。
玲子はびっくりして、もう一度その男性のほうを見た。

「あ・・はい、玲子は私です」

「やっぱり、賢二君の処で何度かお見受けしたんですけどね
 こうやっておしゃべりするのは初めてですね、
 初めまして、ワイナリー、カンパネラのオーナーをしています。
 山田です。」

山田オーナーはニコニコしながら
玲子に近寄ってきた。

「玲子さん、ちょっとお話してもいいですか?」

そういうと店番をスタッフに頼んで、
隣接したレストランスペースへ玲子を案内してくれた。
山田オーナーはコーヒーをオーダーすると
玲子をブドウ畑が見下ろせる窓際の席をすすめてくれた。
玲子は言われるままに席についた。

「ワインとパン作りの話、賢二君から聞いているかな?」

「はい、お伺いしました、今日は頭でかん考えるより
 まずはワイナリーを見たいと思ってきました」

山田オーナーはニコニコしたまま
うなづいていた。

そこへコーヒーが運ばれてきた。

「紹介するよ、ここのレストランの鈴木シェフだ
 レストランの事は彼に任せてある、実は君のアンパンの
 ファンでもある、私もだがね」

そういうと鈴木シェフを紹介してくれた。
鈴木シェフはコーヒーを置くと、挨拶だけして
厨房に返っていった。

今は午後3時、お客様は居ないが、
夕方食事にくるお客様の仕込みがあるのかもしれない
そんなことを玲子は考えていた。
玲子の心中を察したのか山田オーナーは

「鈴木君は無口だが、腕はいい、そして美味しいと思うものに
 素直に向き合う心を持っている。実はワインにあうパンを
 玲子さんに頼んではと提案したのは彼なんだよ」


山田オーナーは丁寧に説明をしてくれた。

「あの、一つ質問をしてもいいですか?」

山田オーナーは静かにうなづいた

「ブドウ畑の中で、ラ・カンパネラが聞こえたのですけど」

山田オーナーはニコニコして話し出した。

「君がブドウ畑を歩いて登ってくるのを、見ていたよ
 この曲がラ・カンパネラだとよくわかったね。
 ワイナリーの名前にしてしまうくらいだから、私は
 リストが作ったとされている、この曲がすきなんだよ
 多少の盗作じみた裏話もあるようだが、この曲は
 繊細で静かさと激しさが満ちているいい曲だ。
 だからブドウ達にも聞かせているんだよ。
 もちろん熟成工程でも、常にラ・カンパネラが流れている。
 演奏者によって表現を変えるこの曲がとても魅力的なんだ」

山田オーナーの熱い想いを玲子も感じていた。
だんだんと、この仕事をやってみたくなっていた。
そんな表情を見取ったのか、山田オーナーは、

「改めてこの仕事受けてくれるかな?」

「わかりました、どこまでできるかわかりませんが
 やらせてください」


玲子はそう答えた。
心の中では
<私のベストを尽くせばいいのよ、失敗したって失うものはないわ>
そう何度も繰り返していた。

父親のレコード

祖母が亡くなってから、家の中の片付けなどせずに
オートバイのパン屋を始めてしまったので、
父親の実家であるこの家に、
何があるのかさえ分かっていなかった。

玲子は子供の頃の記憶を頼りに、
父親が生前に使っていた部屋でレコードを見つけた。
何枚かあるレコードの中に、
フランツ・リストの楽曲集もあった。
他のレコードも沢山あた。
改めて父親がクラッシックを聴いていたことがわかった。
部屋の隅でほこりをかぶっている、
動くかどいうかもわからない
レコードプレーヤーの電源を入れてみた。
電源の赤いランプは付いた、
玲子は恐る恐る、レコードに針を落とした。
ラ・カンパネラのピアノの音色が流れてきた。
ジャケットにはフジコ・ヘミングと書かれていた。
玲子はラ・カンパネラを聴きながら
これからの構想を考えていた。

「レイ・・いるか・・言われたもの持ってきたぞ」

朝の8時、賢二がやってきた。
玲子はパンの成形をしていた所だった。

玲子は賢二に中古のCDプレーヤーが無いか
聞いていたのだ。
賢二が持ってきたのはCDプレーヤーではなく、
車用のオーディオだった。

「CDプレーヤーより、うちの工場に車から外した
 中古のカーオーディオやスピーカーがあるから
 それで昨日作ってみた、ちゃんと音は鳴る
 ラジオも聞けるぞ・・こいつは傑作だ」


そう言ってキッチンの床に置いた
普通のCDプレーヤーよりは不格好で大きいが
リサイクル品で、タダとなれば、我慢しようと思った。

「ほんとうに音出るの」

玲子はそう言いながら、賢二が作った
カーオーディオを棚の上に乗せた。

中古ショップで買ってきた、辻井伸行のCDをセットした。
やがて、ラ・カンパネラが流れてきた。

賢二は目を丸くして

「ワイナリーの曲じゃねーか」

そういった。
賢二はこの曲がラ・カンパネラというのは知らないようだった
説明すると長くなるので
玲子は

「そうよ・・ワイナリーの曲」

とだけ言った。

賢二は音が出たので満足したようだ
仕事だからとそそくさと徳山自動車へ帰っていった。

玲子はラ・カンパネラを聴きながら
パンを成形した。
ワインに合うパンの試作に取り掛かっていた。

曲に併せてパンをこねたり、形を変えたり
幾つかの試作を繰り返しては
食べた。

本当はレコードを聴きながら、ワインを飲みながら
雰囲気を出して、考えたかったが
流石にパンを作る場所にレコードは大変かと思い
CDで聴くことにしたのだ。

山田オーナーの言う通り
演奏者によって、ラ・カンパネラは表情を変えた
玲子は中古ショップにあった、フジコ・ヘミングと
辻井伸行のCDを聴き比べていた。

Pan de companella

玲子は久しぶりにコピックを手に取っていた。
母親がデザイナーなので、家にもコピックは沢山あた。
もう使わなくなったコピックを握りしめ、
子供の頃はお絵描きに使ったいた。
広告の裏が白い紙は、全てコピックの絵を描いた程
大好きだった。
玲子はあの頃の気持ち、子供心を思い出して、
パンを入れるクラフト紙の袋に向かっていた。

母親のアドバイスで、ワインのラベルは
デジタルツールで描いたものではなく
手書きのほうがいいのではという話になった。
最終的には、スキャナで取りこんでデジタル処理しないと
印刷へ回せない。
10本程度なら手書きでもいいが、限定300本と聞いている
ピノ・ノワールの赤ワインとなると、
ラベルも大量生産できるようになっていたほうがいい。
玲子はラ・カンパネラの超絶技巧になぞらえて
ラベルも手書きのほうが味があると思っていた。

何枚か、クラフト紙の袋をダメにしたが
玲子の思うラベルができた。

玲子は山田オーナーに電話をかけた。

「ラベルとパンの試作ができたので、明日お持ちしても
 よろしいでしょうか?」


山田オーナーは

「もちろんだよ、この前と同じくらいの時間がいいな
 鈴木シェフと一緒にまっているよ」



次の日、玲子はKAWASAKIのリアボックスに
焼き上げたパンを入れた。
そのパンはラベルを描いた紙袋に入れていた。
玲子なりの演出だった。

夕べは冷たい雨が降っていたが
今日は晴天だった。
もう冬が近い、ライダースーツだけでは少し
肌寒い季節に変わろうとしていた。
玲子はKAWASAKIの熱気を肌で感じながら
ワイナリーへ向かった。


ブドウ畑の細い道をゆっくり歩いていた。
もう、ラ・カンパネラは聞こえていない。
ブドウの収穫は全て終わったようだった。

ワイナリーのドアを開けると、
またベルがチリンチリンとなった。
山田オーナーがニコニコして迎えてくれた。

「まっていたよ、さぁレストランスペースへいきましょう」

そういうと、レストランスペースへ玲子を案内した。
そこには鈴木シェフも待っていた。

白いお皿が何枚か用意されていた。
玲子は白いお皿の上に
持参したパンをのせた、そして、紙袋をたたみ
テーブルの上に置いた
そこには玲子がデザインした
ワインのラベルが書いてあった。

「Pan de companella、ベルパンか」

山田オーナーが一言、そして鈴木シェフを見た
鈴木シェフは、鐘の形をしたパンと、ワインのラベルイメージを
見ていた。

「食べてもいいかな」

無口な鈴木シェフが一言
玲子は静かにうなづいた

鈴木シェフは無言でパンを食べた。
そしてオーナーを見た。

「オーナーワインを飲んでもいいかな」

山田オーナーは我に返った顔で

「そうだね、ワインを飲もう」

そういうと、スタッフにワインを持ってこさせた。
まだラベルが付いていない、あの赤ワインのようだった

山田オーナーが手慣れた手つきでコルクの栓を抜き
ワイングラスの1/4までワインを注いだ。

一つを鈴木シェフへ、もう一つを玲子へ差し出したが
玲子はKAWASAKIで来ているので断った。
山田オーナーがそれを自分の所に引き寄せた

ワインを一口、パンを二口
どちらからともなく

「うまい・・・」

の一言が返ってきた。
玲子はほっとして、体の力が抜けた。

「玲子さん、パンとラベルの説明をしてくれるかな?」

山田オーナーが玲子に向き直って言った。
玲子は説明を始めた。

パンはクロワッサンの生地に、ピノ・ノワールの皮を
細かく刻んで、
黒糖で煮込んだものを練り込んでいる事。
それをクロワッサンのパリパリ感が損なわないように
ベルの形に成形して焼いた事

ラベルは、手書きにこだわった事。
コピックと言われる、デザイナーが使うマジックや
サインペンのようなペンで描いた事。

ワインのタイトルを
パン・デ・カンパネラとしたのは
ワイナリーカンパネラとラ・カンパネラとベルパンを
融合した造語である事。
タイトルの下にはピのノワールとベルパンの
イラストを添えて、ワインに合うパンも強調した事
玲子はざっと説明をした。

「生地の中にある黒い粒粒は、皮だったか」

そう言って、鈴木シェフが笑った。

「Pan de companella」

いいじゃないか、パンもうまい
山田オーナーが鈴木シェフを見ていた。

鈴木シェフはワイングラスを握ったまま
静かにうなづいていた。

「採用だ」

山田オーナーが玲子に握手を求めてきた
玲子はその手を握った。

二人は玲子が持参した6つのベルパンを
食べつくしていた。
気が付くと、ピノ・ノアールの赤ワインは
カラになっていた。

二人は少し酔っているかのように見えた。


「さて、玲子さん報酬だけど、どうするかね?
 賢二君からも聞いているが
 報酬として、キッチンカーを提供する
 という提案も考えているんだが、どうかね?」


すかさず、鈴木シェフが口をはさんだ

「オナー、玲子さんにはうちのレストランに来てほしいです
 この繊細なパンをレストランの厨房で再現してほしいです」


「おう、そうか、そういう手もあったな」

二人はそれぞれ盛り上がっていた。
玲子は、あきらかに酔いがまわっていると感じ
冷静に二人を見ていた。
それでも、玲子は真っすぐに二人に向き合った。

「報酬はいりません、もちろんパンの材料費など
 経費はいただきますが、ラベルのデザインやベルパン
 考案における報酬はいりません。
 その代わり、このベルパンは、私が作って
 レストランへお届けするのではだめでしょうか?
 アツアツのパンは提供できませんが
 賢二さんがバイクのリアボックスを保温仕様にして
 くれたので、多少は大丈夫だと思います。」

玲子は二人にきっぱり言った。

やがて山田オーナーが笑いだした。
つられて鈴木シェフも笑いだした。
玲子はそんな二人をきょとんとして見ていた。

「賢二君の言ったとおりだね、いやね
 賢二君には報酬の話をしていたんだよ
 そしたら賢二君は玲子さんは断ると思うから
 その分、君のパンを仕入れてやってくれと言ったのさ
 なので、ちょっとびっくりしたというかね、いやいや
 笑ってすまなかった」


山田オーナーが玲子に向き直った。

「では改めて、Pan de companellaの完成と
 玲子さんのベルパンを仕入れる契約成立という
 事でいいかな」

玲子は笑顔で

「よろしくお願いします」

と頭を下げた。

新しい旅立ち

玲子は400kmかけて
初秋の大阪に来ていた。
徹のお墓に、ベルパンとPan de companellaの
報告をするためだった。
玲子はまるでそこに徹がいるように話しかけた。

「徹、私が作ったベルパン、一緒に食べてね
 ワインは注いであげられないけど、
 あっちで飲んで」


そう言って完成したPan de companellaのボトル
お墓に供えた。

「徹、私も少し忙しくなるから、あまり
 ここには来れないかもしれない。
 私は私の人生を歩んでいく事にするわ
 でも、徹の事は絶対に忘れない。
 それだけは覚えておいてね」


玲子はあふれる涙をこらえながら
ベルパンを食べた。
裏山から徹が返事をしたかのように
玲子の髪の毛を揺らす風が通り過ぎていった。


「キッチンカー買ってもらえばよかったのに」

いつの間にか賢二がキッチンに入ってきていた。
賢二の作ってくれたカーオーディオからは
相変わらずラ・カンパネラが流れていた。
ベルパンを焼くときは、ラ・カンパネラを聴きながら
作ろうと玲子は決めていたのだ。

「キッチンカーはいいの、だってオートバイのパン屋じゃ
 なくなってしまうもの、私にはまだオートバイが必要なの
 いつ卒業できるかわからないけどね」


そう言って玲子が笑った。

「まぁ、必要になったら俺が買ってやるよ」

そう言い捨てると、ジムニーで徳山自動車へ
帰っていった。

玲子はその意味を深く考えなかった。
徹とはちゃんとお別れできたような気がしていた。
けど、賢二の気持ちを確かめる勇気もなかった。
玲子はそんな気持ちもベルパンに練りこんだ。

目の前のベルパンをお昼のお客様のために
納品しなければならない。
考えている余裕も、立ち止まっている暇もない。

玲子はまた手を動かし始めた。

ラ・カンパネラの繊細なリズムが
キッチンの中を幸せ色に染めはじめていた。

終わり。

編集後記

今回も泣きながら書きました。
泣いている理由は二つあります。
物語に感情移入して泣いたのと、部署異動の忙しさで
この小説が間に合いそうになくて泣いたのと二つです。

10月1日に間に合わないと思いながらもなんとか
書き上げる事ができました。ほっとしています。

ほんとうは、
もっともっと肉付けしたかったのですが、
ご容赦ください。
もしかするとこれが下書きで
私にとってはプロット代わりの
小説かもしれません。

今回キーになったラ・カンパネラ
辻井さん、盲目のピアニスト
凄いですね、感動です。

辻井伸行 ラカンパネラ 感動です。

「オートバイのパン屋」続きが読みたいという声を
いただきましたので、描かせていただきました。
どうでしたかね?

私としては玲子の成長を
もう少し綴ってみたくなっています。
また時間を作って描きたいと思います。
その時は「オートバイのパン屋」の世界に
お付き合いください。

本日も長文を最後まで読んでいただき
ありがとうございます。
皆様に感謝いたします。

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