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アメリカで歯が痛くなった大学院生の話とヘルスケア分野の異文化コミュニケーションについて

これは二ヶ月ちょっと前のお話です。
アメリカで歯が痛くなると(色々)大変だよっていう話と、マイノリティが医療資源にアクセスすることの困難さみたいなことも少し紹介します。

春休み初日


なんとなく奥歯がうずき出しました。もともと疲れが溜まると奥歯が痛くなるので、あまり気にしてなかったのですが、どんどん痛くなる…

奥歯が痛い、でも遊びたい、やっぱり歯が痛い、授業の採点しなきゃ…を繰り返すこと4日目、痛み止めを飲んで、寝る前の歯みがきをしていたら痛い歯が欠けたーーー!!!(正確にいうとデンタルフロスをしていたら以前治療していたフェイクの歯が取れた)

翌日昼、Yelp(アメリカの口コミサイトです)を信用して予約した歯医者に向かいました。受付で問診票を書き(歯の用語はちんぷんかんぷんなのでスマホで単語を調べながらゆっくり書きました。すごい時間かかった)、椅子に案内してもらいました。

第一の修羅場


ここからはアメリカ歯医者文化ですが、兎にも角にもまずレントゲンです。しかも全ての歯のレントゲン。無駄じゃない?と思いつつ、これがアメリカ式なので従います。一旦受付に戻り、レントゲン代を支払い、いざ、口の中に大きな器具(レントゲン)を入れて撮影。私は人より口のサイズが小さく、かつすぐにオエっとなってしまうので大変でした。レントゲンで40分かかりました。しかも泣いた。もうアラサーなのに。

第二の修羅場


で、レントゲンの結果が椅子の近くのモニターに映された頃に医者登場。

医者「ここも虫歯。そこも虫歯。全部虫歯。これは大変。治さなきゃ。全部治すと6000ドルくらいかな。保険ある?」
医者というか営業マン。とにかく早口でペラペラときき慣れない英語たちが…
英語ネイティブではないことを最初に伝えていたのですが、そんなことはお構いなしに
治療プランとか金額とか使用する素材とか、色々と営業をかけられます。

差し迫って命に関わる状況ではないけれど、歯はとても大事なので確実に話を理解したくて何度か聞き直したり、スマホでメモをとっていました。医者が一瞬席を外す時を狙って英語堪能な友人にテキストをして、アメリカの歯医者の制度や保険の仕組みを聞きつつ、色々と考えていたところ、医者に怒られました。

「僕は君と話しているのに、君はさっきからスマホにタイピングしたり、集中してないじゃないか。治療は僕と君の約束事だろ?君が選ぶんだよ、スマホに答えはないだろう」

大きな声で怒られたので少し怖かったのですが、5秒後ぐらいに「なんでこんな責められなきゃいけないんだろう?」となり、「O K。ちょっとこの案件持ち帰らせて。検討してまた連絡しますね」と言って速攻帰宅。航空券調べたら往復10万円ほどだったのでその場で購入。先生方にはリモート授業をお願いして日本に弾丸帰国しました(2週間)。そんなこんなで私が信用する歯医者さんに日本語で受診できて歯も治って、なんなら美味しいものいっぱい食べてアメリカに帰還しました。

アメリカの医療にアメリカにいる“アメリカ人”以外がアクセスすることの難しさ

さて、本題。
アメリカのヘルスケアシステムとして、Molが2008年に提唱した”Logic of Choice”というものがあります。これは、患者が自分の健康をある程度コントロールできるような選択をすることを願い、投資することを促しています。(詳細は原文を確認ください)
アメリカのヘルスケアシステムでは、患者の自律性に基づいて選択/決定された患者の意思を尊重する原則があります。ここだけ聞くと耳心地がいいかもしれませんが、少し深く考えてみると、
診察の場で患者が選択/決定を求められた際、限られた空間と時間と知識の中で、本当に患者は自律性を保ち続けることができるのでしょうか?その自律性は患者が“正しい選択”をすることを促しているのでしょうか?そもそも医療者は本当に患者の自律性を尊重しているのでしょうか?

言語は?
保険システムは?
(どうやって申請する?なんの書類が必要?)
医者の男女比は?
(例:男性医師が女性患者に対して「(治療のために)女の人は仕事休みやすいでしょ?」と言ってしまう)
患者の文化的/言語的背景は?
(※健康が大切と分かっていても予防注射がなぜ健康維持につながるか分からない人もいます。文化的、宗教的考えの違いに由来します。)

マイノリティが医療資源にたどりつくことの困難さ


言葉が違うなら病院で通訳を利用すればいいのでは?
と思うかもしれませんが、問題はそんなに簡単ではありません。(そもそも通訳手配も、マジョリティの人にはかからない手間)

病院までどうやっていく?公共交通?支援はある?
予約は取れる?電話?メール?ウェブサイト?
お会計は?カード?現金?クーポン?
院外薬局…どこいけばいい?薬剤師は自分の言語を話してくれる?

病院に診察に行くためには、その前後にも動作があります。
こういったところにもハードルはたくさんあり、マイノリティは医療へのアクセスが難しいと言われている一因です。

また自分の特権を(意識的、無意識的問わず)振りかざす医療者からの不適切な質問や発言も患者の再診率を下げる要因にもなっています。(私の場合は医者からの説教ですね)

私はアメリカではマイノリティで、言語的にも性別的にもかなり不利です。
日本に帰って治療したことで、自分の特権にも気づきました。
保険システムを理解している状態で、日本国籍者が日本語を用いて日本の文化の中で治療を受けられることは、金銭面以外のメリットも大きかったです。それと同時に、日本にいる特権を持っていない人たちの医療アクセス状況にも興味を持ちました。

異文化コミュニケーションはおもしろい

異文化コミュニケーションを学ぶ魅力(と言ったら主語が大きいですが)は、単純な文化や言語の違いだけではなく、社会の中のパワーバランスの大小によって、これまで抑圧されてきた人たちの声に注目して、その人たちが抑圧から解放されるための手立てを考えることができるところにあると個人的には思います。

異国での健康トラブルは様々な困難を伴いますが、コミュニケーションの点から見ると、興味深いものがあります。
(歯が痛かった時はそんなこと考えられなかったですが)

参考
Pichelstorfer, A. (2012). Mol, Annemarie (2008): The Logic of Care: Health and the Problem of Patient Choice, London: Routledge Mol, Annemarie (2008): The Logic of Care: Health and the Problem of Patient Choice, London: Routledge. Culture Unbound: Journal of Current Cultural Research, 4(3), 533–535. https://doi.org/10.3384/cu.2000.1525.124533

Rati Kumar (2021) Refugee Articulations of Health: A Culture-Centered Exploration of Burmese Refugees’ Resettlement in the United States, Health Communication, 36:6, 682-692, DOI: 10.1080/10410236.2020.1712035

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