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『母を亡くして』…思い出の着物

2023年7月9日に逝去した母にまつわる話です。
   *     *    *
母は着物好きだった。
が、それを知る人は少ないと思う。
和装で外出することは滅多になかったから。
でも、実家の2階の和室にある二竿の和ダンスには、
ぎっしりと母の着物が詰まっている。

5月、亡くなる2か月前。
私は、ホテルで開催されるパーティーに
着物で参加することになり、
母のものを借りるため、すべて見せてもらった。

茄子紺の地に真っ白な月下美人の染め、
光沢のあるグレーに螺鈿で描かれた花模様、
紅型、芭蕉布。
和服というより“作品”と呼ぶにふさわしいものばかり。
「これ全部、いつかあなたのところに行くんだから」。
母のその言葉は、
嬉しいというより寂しく私の心に響いた。

そんななか、
ひときわ目立って地味な着物があった。
紫の地色から、ぼおっと浮き出るような植物の模様。
「あなたのお宮参りのときに私が着たのよ」と母。
当時はクリーム色の地色だったが、母乳が出過ぎてシミになり、
染め直したのだという。

ほかの着物に比べたら見劣りするが、
最初の着物であり、私との歴史を刻んだもの。
だから、染め直してでも手元に置いておきたかったのだろうか。

母の死から5か月。
まだまだ上手に着こなせてはいないが、
母のためにも、できる限り袖を通そう。
生きているときには叶わなかった、
二人で和装でお出かけ。
まずはこの思い出の着物から、はじめることにする。

(了)

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