見出し画像

【黄昏に咲く虚ろな青春】音楽と心理学で人生が変わった物語。第二章スタート。

『彼』の生き様を目の当たりにしてからというもの、
音楽に打ち込み、研鑽する日々だった。
最も時間をかけていたのは作詞だ。
俺は言葉に動かされた。だったら俺も。
高校2年生に進級してからというもの、一部な好きな科目を除いては
全ての時間を作詞することに費やした。
そんなことではいい成績など取れる筈もなく、
音楽の成績だけ、やたら際立って高評価だった。
打ち込むことを覚えれば、日々の使い方は自ずと上手くなる。
両親の仲は日に日に悪くなるが、
自分の部屋でギターの練習をし、曲を作っていれば、
他の音なんて入ってこない。たまに、割れる音は聞こえるけど。
バンド活動は、学校行事がある前の休み期間だけ。
俺が入部してから最初のライブは文化祭に決まっていた。
みんなより遅れて入っているから、技術的にも劣っているか心配だったが、
努力はものを言うらしい。なんとか足は引っ張らずに済みそうだった。
狭い部室。いや、これは倉庫とも呼べる代物だ。
そこに機材が乱雑に置かれており、掃除だけでも1日かかった。
人前で楽器を弾くのは小学生の時の鍵盤ハーモニカ以来だ。
その時とは訳が違って、強制されてやるものではないから、
練習量や完成度で、音楽に対する情熱が嫌でも見える。
それほど難しくない曲だったのも功を奏し、
1週間も経てば、全員合わせて曲を織り成すことができた。
ボーカルの子が綺麗で、歌も華麗だったから、特に問題もなさそうだ。
俺たちは、約1ヶ月を楽しみながら過ごし、暑さも心地よいほど、
文化祭本番を迎えることとなった。
ステージは体育館で行われる。
うちのバンドは学校随一の美女が何人かいたため、
度が過ぎる緊張感がひしひしと汗になって流れ出たのだが、
一度演奏が始まれば、この緊張も杞憂に終わった。
学校のマドンナ達に目を奪われている生徒は、
男メンバーには目もくれていない。
むしろそれが好都合。
気付いた俺は、俺の世界に入り込むことができ、
その時最高の演奏を完成させることができた。
誰も見ていないかと思っていたけど、クラスメートの女子が
数秒だけ俺が映った映像を見せてくれた。ちょっと悲しいけど。
しかし、俺にとってはステージという場所に立てた。
はじめの一歩を踏み出せたのだと噛み締めた。
季節は巡り、2年生も終わる。
明らかに去年より時間が経つのは早かった。
夏前まで飲んでいた薬もいつの間にか手元にはなく、
気持ちは前しか向いていない。
春には次なるイベント、屋外での初ライブ。
学校のマドンナであるボーカルが参加できないということで、
楽器隊への負担は重くなる。
身内への披露ではなく、初めての本格的な音楽活動だ。
メンバーには生半可なものはおらず、
1日1日、努力を奏であっていく。

高校二度目の春が来た。そして初めての野外ステージ。
イベントは子供向けの祭りで、
選曲も子供に喜んでもらえるようなものをチョイスした。
自分たちが好き勝手にやれる環境ではないので、
気が引き締まる思いで、それでいて楽しみで仕方なかった。
俺たちの出番までは、出展されていたスペースで手伝いをした。
子供たちの笑顔は底抜けに明るい。
遊んでいる時間は色んなことが忘れられた。
他校のステージや飲食スペースなども満喫しながら、
リラックスした気持ちで本番を迎えることができた。
いつもとは違う高揚感も味わいながら、俺たちは大勢の前で楽器を持つ。
子供も大人も楽しめる音楽を、精一杯披露できる。
春の日差しに柔らかい音色が刻まれる。和やかな時間。
俺の持つ6弦も弾むように音を奏でる。
ドラム、ベース、キーボード、ボーカル。
それぞれのグルーブが会場に一体感を演出し、無事に終演を迎えた。
初めて味わった嬉々に浸りながら、また日常に戻っていく。
音楽が心を掴む景色を、新しく刻むことができた。
好きなことに没頭していたからだろうか。
気が付けば3年生になっていた。
受験を控える年齢になってしまったようだ。
正直いえば進学なんてどうでもよかったのだが、
進学校に来たからには周囲の圧力はすごい。
しかし、成績は学年最下位争いだし、家庭は最悪の状態になっていた。
環境は絶望的。しかし、夏に入る少し前。
家族にとって大きな転機を迎えることとなる。
まずは悲しい出来事。
親友がこの世を去った。
3歳の頃から共に育ってきた、ピーチと言う名のマルチーズが
ここ1年で、心臓病を患い、かなり衰弱していた。
息をするのも苦しそうで、見るに耐えられなかった。
心のどこかで別れは近いとわかっていたものの、
少しでも長くいたいから、家にいる時は出来るだけは
体温が感じられるように、抱き寄せていた。
しかし時は来てしまった。
その日はよく晴れた日で、両親は仕事に行っていた。
いつものように体を抱き寄せ、頭を撫でていると、
呼吸が浅くなっている事に気がついた。
薬を飲ませることはできたのだが、それ以上の対処ができない。
とにかく体をさすり、気持ちを落ち着かせてやりたいと思っていた。
俺の両足の上。最近の君の居場所。
どんな気持ちで生きてきたのだろうか。
家の中はここ数年荒れていたし、申し訳ない気持ちがいっぱいだった。
俺が家族の形にこだわるあまり、君にもストレスが伝わっていたかもしれない。
どんな気持ちで生きてきたのだろうか。
俺の両足の上。最近の君の居場所。
静かに君は俺に体を委ねたまま、
君は静かに息を引き取った。
程なく俺の司会はボヤけた。
置いていかれた君の親友は、ただその場所で
安らかに眠った君の体を見つめているよ。
ごめんね。長い間、本当にありがとう。

時期を同じくして、もう一つ変化がある。
両親の離婚がついに決まった。
何年も続いた崩壊状態は、最後は呆気なかった。
父親がいつにもまして険しい顔をして帰ってきた日。
いちいち、そんな顔するなよ。いつも苛立ってるだろう。
そうツッコミを入れながら、俺は自分の部屋に逃げていた。
予想とは裏腹に、その日の夜にいつものような怒号は飛び交わなかった。
次の日の朝、父親は家からいなくなり、荷物もほとんどなくなっていた。
母親から突きつけられた、今後の話。
俺はもう未来を見据えられていた。何も未練はなかった。
その瞬間に家族は無事終わりを告げたのだ。
正式な解散は、俺が高校卒業してからということになったのだが、
父親がその後、家に帰ってくることはなかった。
その日から、母と俺は、何年も忘れていたような、
普通の明るい会話ができるようになっていた。
何より、母親が全てを吹っ切り、小学生の頃のような表情に戻っていた。
俺が早く決断すればよかったと後悔する。
しかし、やるべきことが見つかった瞬間でよかったとも思う。
残された俺の親友は、とりあえずは一緒に居られる。
しかし、母としては、闇の歴史が詰まったこの家を手放すつもりでいた。
俺も同意はしていたのだが、次移る家次第では、父側へと預けることに。
あまりにも、色んな別れが決まってしまい、動揺もしていた。
こいつと別れるのが、今は何よりも辛い。
でも、新しい人生を歩んでいかなければならない葛藤とで、
感情は安定することはなかった。
夏が過ぎ、高校生活最後の文化祭。そして最後のステージ。
春の舞台を経験して、レベルアップしていた俺たちは、
自分たちの好きな曲を、精一杯演奏した。
会場は盛り上がり、また一つの区切りがつく。
楽しいこともいつかは終わることも思い知る。
けれど、この虚無感は、次なるステージへの準備期間だ。
3年生は、受験シーズンへ突入し、誰もが志望校合格へ向けて、
日に日に緊張感を張り巡らす。
学年全員が進学することが決定しているからか、
息苦しい、受験戦争へのモチベーションが連鎖していた。
俺は、周りの目こそ気にするが、流されるタイプではなかったので、
いつものように歌詞を書き、家に帰って音楽に勤しむ。
もちろんそんなことをしていれば、学力が上がることはない。
そして迎えた冬本番。
センター試験という、多数の人が缶詰にされる悍ましい光景。
この年のセンター試験は、歴代一難しいと言われ、
ネット上では、嘆きの声や、試験内容を揶揄したり、
もじったりする投稿が見られた。
ちなみに俺は、全く解けなかった。もはや清々しい気持ちでいっぱいだ。
何より、この季節が過ぎれば、新しいスタートを切れる。
今はそのことだけを考えて、物語を紡ぐ。

高校を卒業し、家族は解散した。
父親の姓を名乗りたくなかったので、苗字も変えた。
中学の時は高校デビューを期待しすぎて、空回った部分がある。
一応地元の私立大学に受かったため、
そこでバンド活動をするんだ。
俺はここから音楽に捧げよう、そう誓った。
桜が咲き、大学生になった。
大学では今まで会ったことの無い人が何千人という単位で
学生生活を送っている。
それほど学力のある大学ではなかったが、
中四国の中では、割と有名な大学で、
様々な施設も不自由なく揃っていた。
入学式を終え、ほどなくして、音楽系のサークル紹介ライブに参加した。
演奏レベルは、アマチュアからプロ級まであり、
演奏できる楽曲ごとで、区切られてもいた。
オリジナル楽曲のみを扱って、活動するフォークソング部は
圏内でも有名なバンドを輩出していて、
俺はすぐそこに入ることを決めた。
高校までは、スポーツをしていて、大学からバンドを始める人も多い。
フォークソング部は、そういった未経験者がメインで構成されていた。
正直言って、バンドは簡単じゃない。
自分が憧れるバンド像を持っていたとしても、
他の人はそれぞれの音楽感がある。
最初からその壁にぶつかり、バンド編成は困難を極めた。
大学の授業も始まり、持ち前の人見知りを披露することに成功した。
高校までとは違い、自分で全ての授業を選択し、クラス分けはない。
もちろんゼミのようなものもあるが、
そんなに長い時間は一緒にいることはない。
こう言ったときには内向型人間は、地獄を見る。
1ヶ月が経って、俺には友達を作ることが不可能なんだと悟った。
その後4年間で、孤独を完全に極めることを予知することができた。
唯一、そのくらいの時期に、バンドメンバーがやっと集まった。
全員、好きなジャンルが違ったが、音楽が好きということには変わりない。
スタジオは、バンドごとの予約制で、早速次の日から練習を始めることにした。
結果は散々たるものだった。意見が全く合わない。
我が強かったり、頑固であれば、妥協点を見つけて、
お互いに競い合ったり、曲を出し合ったりしながら、成長する道もあるだろう。
しかし、それ以前の問題だった。俺以外にやる気が全くなかった。
楽器を忘れるもの。自分の好きな曲を勝手に演奏し始める者。
オリジナル曲にさほど興味がない者。なぜこの部に入ったかが理解不能だった。
強制したくても、相手をコントロールしようとすれば、拒絶が起こる。
かといって、周りに合わせれば、音楽を始めた意味がない。
数週間後にはバンドは解散。
俺は孤独な岐路に立たされている。

途方に暮れていた。
俺はバンドを組み、切磋琢磨して成功を掴み取るつもりだった。
この時、未来を軽視していたことに初めて気がついたのだ。
もうサークル内では全員のメンバー編成が決まってしまっている。
一人で何ができる。
ずっと学校内のコミュニティーだけで音楽をしていたから、
次の案にたどり着くまでは、少し時間がかかった。
現状を受け止めて、自分の現在地と未熟さを実感した。
一人で何ができる。
高校2年間でバンドをやっていたとはいえ、活動期間は全部で3ヶ月。
正直言って、技術面でも胸を張って人前で演奏できる自信はない。
まずは自分を磨くことを始めよう。
現状を打破するために、レッスンに通うことにした。
俺は「彼」に憧れた。バンドの最前線に立つ姿に。
教室は民家を改造して作られたようだった。
ハツラツとした先生が迎え出てくれる。
今まで独学でやってきたから、とても新鮮な気持ちだった。
最初のレッスン。結果は散々だった。
自分でもわかっていたのだが、音域が狭すぎて、
歌える曲が少ない。幅を利かせて、歌うことができない。
この日から、猛特訓が始まる。
人生で初めて、努力することを覚えたのだ。
自分を磨いている間、他にできることを見つけた。
校外でのバンドメンバー募集だ。
募集用のネット掲示板があり、手当たり次第、声をかけていった。
思いの外、1ヶ月もしないうちにメンバーは集まった。
俺は学習している。ここからが問題なのだ。
初顔合わせの日。セッションも兼ねて、スタジオに集まった。
自己紹介がてら、それぞれが好きなフレーズを弾いていく。
好きなジャンルが似通っている人ばかりが集まっていたので、
その点では安心だった。
セッション後に移動し、ハンバーガー店で意気投合する。
こんな曲が演奏したい。こんな曲を作りたい。
求めていた景色が目の前に広がっていた。
さあ始めよう。ここからが、物語の始まりだ。
そして、1ヶ月後。
解散が決まった。
音信普通になるメンバーが現れたり、やっぱり辞めたいと言い出す者もいた。
納得がいかなかった。何のために集まって話し合ったのか。
人生は上手くはいかない。そんなことはわかっている。
人が関われば関わるほど、思い通りにはいかない。
そんなことはわかっていたのに、期待をしてしまっていたのだ。
もういい。俺の音楽に他人は必要がない。
この瞬間、独りで歩む道のりを決断した。

夏の暑さは心にも火を灯す。今日も陽炎は万物に声を宿す。
大学入学後、数ヶ月が経ってから俺は本格始動することを決めた。
冬に、たった一人でステージに立つことが決まった。
出演料を払えば、誰でも参加できるものではあったが、
誰でも初めてというものは、全てのハードルが高く感じる。
しかし、一歩を踏み出すということは、どんな高級品よりも価値がある。
何かに熱中するということは、時間を忘れるということだ。
毎日、心を鬼にして、練習を続ける。
そんな日々を繰り返して、季節は変わり、
冬眠をすることのないまま、過去最高の緊張感を味わうのだ。
駅近くに設置された、ステージは、数多くの人が行き交う。
おそらくはほとんどの人が無名の学生に注目することはない。
しかし、人間というのは悲しい生き物で、周りの目を気にする。
緊張したり、羞恥心を抱いている時ほど、
全ての人が厳しい視線を向けてくるものだと錯覚してしまう。
こんな思い込みは、足枷にしかならないことはわかっている。
理性とは裏腹に、感情に苛まれた俺の体は、
空中に浮かんでいるような感覚だった。
人間には物事を記憶できない瞬間がいくつかある。
代表的なものが二つ。1つ目は興味がないもには、印象が残らない。
そして二つ目は、極度の緊張状態に陥った時だ。
気がつけば、俺の出番は終わっていた。
紐でくくりつけられたような感覚は解け、
緩みすぎた感覚は、膝が笑っているのではないかと疑うほどに。
意外にも、出来は上々だったらしい。
人前に立ったことは、薄っすらと覚えてはいるが、
どんな歌を歌えたかまでは、俺の目と耳には記録されていない。
しかし、良かった。ヘマは犯していないらしい。
イベントの関係者からは、「良かったよ」と声をかけられてホッとした。
先生からも、
「次のステップに進めるね」
言われたことをしっかりと真に受けた、
まだ始まったばかりなのだ。
休むことなく、その日が終わっても、音楽を奏でる。
大学生活は、友達もいないし、特に楽しくなかったが、
音楽があれば十分だった。
活動の中で出会ったコミュニティに参加し、
意気投合できる仲間や先輩も増えていった。
冬を越え、春になる。
桜は毎年同じように色づき、同じように人々を感動させる。
そして漸く、ただの努力を披露するのではなく、
俺が紡いだ言葉とメロディーを、これまでとは違う景色を描き始めるのだ。

2回生になり、授業そっちのけで、音楽に没頭した。
自作の曲を本格的に書き始め、日常に感情移入する機会が増えた。
晴れた青空。ねずみ色の雨模様。
道端に咲く花。五感に伝わる温度。
飛び交う鳥や行き交う人々。
視界に映る全てのものが栄養になる。
一つ一つに色を感じて、自分の想いを曲にする。
時には他人が作ったストーリーに触れては、感化される。
好きな曲を聴いたり演奏したり。もちろんそれも楽しいのだが、
自分から生まれてくる音色は、愛着が生まれる。
書いては直し、録音しては、吟味する。
その繰り返しが堪らなく楽しい。
答えのない宝探しは、永遠に終わりがないから、どこまでも走っていられるんだ。
数ヶ月経ってから、初めて人に聞かせられるレベルのオリジナル曲を完成させた。
初披露に用意された場所は、雰囲気の良い小さなカフェ。
音楽活動を始めたばかりのアーティストを数人集めて開催するイベント。
俺の通うボイストレーニング教室は、
小規模ながら、アーティストのマネジメントに似た活動を行なっていて、
初ステージの成功からか、そこに声をかけられ、所属することに決めた。
シンガーソングライターとして活動するために
新調したアコースティックギターは、まだ体に馴染んでいない。
少し強張った自分の体に気が付かないまま、
店に来ていたお客さんの前にぎこちなくスタンバイした。
右手にピック、左手にはネック。
左肩から背中にかけて、ギターを支えるためのストラップ。
ギターの弾き語りをしながら歌う。
練習こそしていたが、中々に高度な技術なのだと理解していた。
やりきれるだろうか。人目を気にしがちな俺は、
恐る恐る、ピックを弦に向かってぶつけてみた。
次の瞬間。思いもよらず、6本の弦は俺を嘲笑った。
音を奏でるどころか、気付いた時には地面にギターは叩きつけられていた。
困惑する。恥ずかしい、こんな失態。
どうやらストラップの根元が緩んでいたらしい。
緊張しすぎてメンテナンスを怠っていた。
お客さんは、失笑するか、無表情のままこちらを見つめていた。
とてつもなく恥ずかしい。
すぐさまストラップを回収し、気を取り直して演奏をした。
2回目のステージでも、歌った時の記憶は残らなかった。
醜態を晒した、若手のシンガーに憐れみの拍手が送られる。
申し訳ない気持ちが、心を蝕み、共演者の演奏が輝いて見えた。
目の前には素敵な音楽も、カフェのメニューもあるのに、
何も見ることができなかった。

サポートしてくださった方に何かサポートさせて下さい!