新月とバレンタイン

知らず知らずのうちに、冬の、寒さの疲れが溜まって
底を打ったのがわかった。

チョコレートが食べたくなった。

普段食べている、国産のものでなくて(それだって十分おいしいのだけれど…)、フランスで食べていたような濃いやつだ。

フランス人の友人が「疲れているならチョコ食べて、マグネシウム摂らないと」とよく言っていた。単なる甘い嗜好品なのでなく、滋養なのだ。

フランスでチョコを食べるのは、バレンタインよりクリスマス前後の方が多かったように思う。
誰かの家でごちそうになるとか、職場の人がいい専門店で買ってきたものを休憩がてらつまむとか…個人のお店で買い物をするとたいていレジ脇に、カゴにはいったトリュフなんかが置いてあって「ショコラはいかが?」なんてすすめられたりする。そういう時、声をかけるほうも、なんとなくうれしそうで、甘い魔法のささやきみたいに、その時の言葉が残っている。

記事で、今年は例年のように人が呼び込めず、デパートのバレンタイン商戦も苦戦している…と読んだこともあって、祝日の休みになんとなく出かけていった。空いた会場で、静かにいいチョコレートを選ぶのもいいな、と思ったのだ。

ところが…エレベーターで催事場につくと、なかなかの混雑具合だった。
例年よりは少ない人出なのかもしれないが…更にショックなことに、フランスをはじめとするヨーロッパのショコラはほぼ売り切れだった。二個入りとか四個入りとか、小容量のものも予想していた値段より高いな〜と思ったが、二十個ほど入って数千円するようなものも全て完売だった。

国産や、日本に進出している海外メーカーのものは在庫があったが、フランスのショコラが食べたかったのだ…

私が求めていたのは、チョコレートそのものでなく、ノスタルジーだったのかもしれない。

少し前に、神戸のstorage booksの店員と会話する中で「今は海外に行けない分、海外に関する本の需要が高まっている」という話を聞いた。
私の中の小さな異国、を求めている人は案外多いのかもしれない。

一周して戻ってくると、ショーケースに商品を補充しているベルギーのメーカーがあった。先にいたお客さんに「余裕のある他の会場から都合してもらったんですよ」と話している。
もうあと何周まわっても、思っているものが買えるわけではないので、その店で一箱購入することにした。私の心はうきうきと軽かった。買い物をいくつか済まし、カフェラテを飲んで帰った。

明けて翌朝、何だかすっきりしない。
休みが一日だけだとはりきりすぎて、翌日かえって疲れてしまうのだ。
今日は新月で、新月の日は何となく気持ちが沈んだり、倦怠感があったりするそうだ。
私はその記事に励まされ、なんとか一日をやりすごした。

夕方ようよう帰宅すると、ポストに包みが入っていた。
手にとらずとも昨年末にパリへ帰ったTinaだな、と分かった。
少し前に住所を聞かれたからだ。でも何が送られてきたのかは分からなかった。

封を開けて最初にでてきたのは、おまけのような大きいキャラメルとヌガー。五センチ四方の不整形なそれは、何ともフランスらしかった。でもその不揃いさがおいしさを物語るのだ。

封筒の底にはまだ何かあった。それはオレンジの箱に入ったチョコレートだった。金の箔で紋章のような模様が入り「1761年創業」とあった。Tinaが何かをくれる時は、いつもきちんと選んだもの、ストーリーのあるものを贈ってくれる。

疲労に打ちひしがれていた私は、きのこの山をむしりとるように、ショコラを一気にかきこみたい衝動を何とか抑え、ひとまずお茶を飲んだ。

今日は何もないけど散々なように感じた一日だったけれど、一日の終わりにふわっと持ち上がったような、そんな不思議な新月の日だった。

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