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アイルランド(Ireland, Francis Ledwidge)私訳


アイルランド(口語訳)

森と渓谷の美しい国と呼んでも
おまえは俺に応えず
古代の英雄にはしゃぎ
神の軍隊を欲しがっていた

風すさぶ高さまで飛んで泣きわめいても
おまえは何も聞かず
丘を飛びたつ小さな船や
その背後で上がる泣き声を聞いていた

俺はおまえから離れ
戦場を渡った
それがおまえとの再会で
俺はおまえの魂に殉じたかった

どこからかおまえが呼んでいる
時の海を越え俺たちに冠を運べという
だけどもうおまえの声が聞こえない
こんなに遠く離れて

アイルランド(文語訳)

森と渓の美しき名にて君を呼べど
吾がいとけなき声に君は応えることぞなし
古き神々や大神の軍勢にのみぞ
その耳を傾けるなり

さればと風吹く高みにて
吾が悲しみを叫べど君は風なぞ聞くこともなし
君が聞けるは空を行く舟
丘にぞ響く咽びのみなり

さらば君を離れ己が意思を身に鎧ひ
吾は敵地を彷徨ひぬ
往時の自由に君見出すこと叶はぬか
君が魂のため死すること叶はぬか

いま君 時のわだつみより冠をもたらさむとて
遠く近く吾らを呼びぬ
いま吾はかくも遥けき国にゐて
君の声聞こえずとひたに嘆きぬ


Ireland 原文(参照

I called you by sweet names by wood and linn,
You answered not because my voice was new,
And you were listening for the hounds of Finn
And the long hosts of Lugh.

And so, I came unto a windy height
And cried my sorrow, but you heard no wind,
For you were listening to small ships in flight,
And the wail on hills behind.

And then I left you, wandering the war
Armed with will, from distant goal to goal,
To find you at the last free as of yore,
Or die to save your soul.

And then you called to us from far and near
To bring your crown from out the deeps of time,
It is my grief your voice I couldn't hear
In such a distant clime.

補足

第一パラグラフ3行目に出てくるFinnとは神話の英雄フィン・マックールのこと。彼及び彼の率いるフィアナ騎士団の功績を主題とする散文と韻文の集合をフィン物語群またはフィニアンサイクルと言います。(参考

一方、秘密結社フィニアン(Fenian,フィアンナの戦士団の意。正式名称はアイルランド共和主義者同盟(Irish Republican Brotherhood、略称IRB))とは、19世紀後半からアイルランド独立運動を進めた秘密組織の名称です。1867年の蜂起失敗により弾圧されましたが、その後も後進グループの活動は続き、レドウィッジと交流のあったシン・フェインの参加していた、1914年のイースター蜂起もこの後進グループによるものでした(参考)。レドウィッジの中では彼らの存在も念頭に恐らくあったでしょう。

各パラグラフの詳細はこちら。リンク先ではかなり直訳に近い訳を掲載しています。

なお、こちらの口語訳は西崎憲氏によるオンラインのノンジャンル文芸トーナメントBFC5(ブンゲイファイトクラブ)に参加、第一次選考を通過しました。

個人的にレドウィッジの生きた時代を考えると、表記は旧仮名、口語と文語はどちらもあってよいかなと思っています(レドウィッジは萩原朔太郎と一歳違い)。文語の方が脚韻も踏みやすくなるのですが、一方で戦争を扱った詩については調べが美しすぎるのも果たしてどうなのだろう……と迷ってしまうところがあります。
こちらで提案いただいた、口語、文語、本文の取り混ぜについては朗読でやっています。一人ではない、いくつもの声が重なるような効果が出ればと思ったのですが聴いてくださった方にはどうだったかな、と思います。

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