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月曜日の図書館 たよる

時間休を取って遅めに出勤したK川さんが、げっそりした顔で事務室に入ってきた。マンションの寄り合いに出席して、植栽のことについて3時間も話し合ったというのだ。

わたしはK川さんたちが熱く討論していたころ、開館準備をひとりでやらねばならなかったため、全く共感することなく気もそぞろにあいづちを打った。シフトの関係で朝、人がほとんどいないことがあるのだ。

開館前の仕事は、ポストに返ってきた本の処理、カウンター周りの清掃、予約の入った本の確保作業などを数人ずつで担当している。そのうちわたしが担当の新聞を綴じる係は、10紙以上を処理しないといけないため、いつも開館ぎりぎりまで時間がかかる。それなのに今日の朝はひとりだった。

手伝って、と声をかければ応えてくれた人がいたかもしれない。けれどこれがなかなか言えない。そもそも遅番やら振休やらが重なって、他の人だって余裕はないのだ。ひとりでできることは、なるべくひとりでやらねば。

誰かに頼ることは、かくも難しい。

職場から大好きなカレー屋さんへ行く道に大きなマンションがあって、植えてある木や花がどの季節もばらばらなのがとても気になる。葉っぱの形、サイズ感、花の色、すべてにまとまりがない。わたしも詳しいことは知らないが、何というか、和洋が折衷せずまた互いに関心もないという感じなのだ。

植栽は、確かに3時間かけて話し合うべき命題である。

反省しながら戻ると、後輩のW辺さんが本の仕分けもう終わりました、と言った。配布物の仕分けも終わったと言う。

他の図書館から返ってきた本や、反対に送らなければいけない書類などは、お昼の後にその日の担当者が仕分けることになっている。W辺さんは自分が担当のときには、いつも休憩時間中から作業をはじめて、もうひとりの担当が戻ってきたときには済ませてしまっているのだ。

作業量が多いから2人でやることになっているのに。後輩だから気をつかっているのかもしれない。ちゃんとごはんを食べたの?と聞いても大丈夫です、と言う。

もっと図太い後輩の方が楽なのになあと勝手なことを思うが、わたしも逆の立場なら同じことをしたかもしれない。いや、志だけ同じで、結局はカレーを食べ終わるのが遅すぎて、先輩に先に作業をやらせるかもしれない。

” 一人じゃどうにもならなくなったら誰かに頼れ ”
” でないと実は誰もお前にも頼れないんだ ”

これは名言の多い羽海野チカさんの漫画『3月のライオン』の中でもベスト3に入るセリフではないかと思う。

ひとりで何でもやってしまう人には弱さを見せにくい。自分の苦手なことは他の人に任せる、誰かの足りないところは自分が補う、ひとりでできることでも、あえてシェアした方が関係性も深まって、その後の仕事の効率も上がる。そうやって社会は成り立っている。

だけど、人という字は支え合ってできているけれど、それができない人というのもまた、とても人らしいと思う。

N本さんたちが次にやる展示で、地元にあたらしくできた施設をどんなふうに紹介するか話し合っている。マンションのチラシ風にしたらどうかという提案が出たのを、近くで仕事をしていたわたしは耳ざとく聞きつけ、すかさず「都心にそびえたつ」「知の殿堂をひとりじめ」などを提案した。N本さんが「街を我がものにしたり掌中に収めたりしがち...」と言う。

マンションポエムはカードゲームにもなっているらしい。手に入れたあかつきには、休憩中にみんなでやって、頼れない者同士で親交を深めたい。

vol.92

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