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スリムなバ○より、クレバーな○ブ (エッセイストのエッセンス#8)

【この投稿の目的】
名乗ったからには勉強したいということで、少しずつエッセイを読んだメモ。不定期シリーズ。

スリムなバカより、クレバーなデブ

この直線的な言葉を口にするのは悩みましたが、作品に何度か出てくるフレーズで、著者の人生訓であり、自己の弱さを正当化する手段であり、いかにも作家らしい言葉だなぁなんて思って、タイトルに”しちまい”ました。

今回のエッセイストは、僕の好きな作家、次郎さん。二郎じゃないです。

パリわずらい 江戸わずらい
浅田次郎

この人のエッセイは、飾らない書き方が魅力。ほんとうにただのおじさんなんですけど、めちゃめちゃ文章がうまい。流れるように読めるのに、ハッと立ち止まったり、うっと身につまされたり、僕も同じおじさんとして共感しながら読めてしまう作品でした。

おじさん万歳。

作家としての執筆活動の礎となる、取材、そしてその取材のための旅行・・多くの旅を経験している視点で描かれる話は、羨ましさと同時に「人生は旅である」を体現するようで興味深いものです。

それにしてもこのごろ、若い時分にはついぞ口に入れなかった煮物などが、妙に好きになった。

54p 和風回帰

着物で外出する機会が増えた・・と始まるこの話。体型の変化や、仕事のやり方の変化は、昔からの日本的なものへと回帰しているのではないかと語っています。

自らの体型や顔を自虐的にするでもなく、カッコつけるでもなく、冷静に分析している筆者のおかげで、読者は安心して読めるものです。

話の終わりがこの文章でした。エッセイには、過去のことを書いたり、現在のことを書いたり、対比させたりして変化や成長を描くものですが、このなんとも言えない年の取り方を表現する”煮物”に、はっとさせられました。

なるほど、和風回帰は服装だけでなく、味覚にも・・なんて終わると、途端にお腹が空いてきます。


きっとこの先の私の旅は、思いがけぬほどロマンチックに変容するだろう。
人が老いるのではなく、窓辺に移ろう景色のように、旅が変わってゆく。

176p トランジット・ロマン

トランジットの時間が長くなっても、別段気にならなくなった・・という話。僕は、トランジットは旅の中のいくばくかの時間を奪うものであると考えていました。

しかし筆者は、トランジットで与えられる時間に「無為」であることが許されていると考えていました。それは普段味わうことのない、時間の使い方なのです。

僕は、旅がしたい旅にでたい、そんな思いをなんだかずっと持っているけれど、年齢によって時間もお金も、そして体力も変容してしまうのを、残念に感じていました。

筆者は、そんなことはないぞ、旅もまた変わるのだから・・と教えてくれるのでした。


 力のみなもとは、昼夜欠かさず食べたパスタと、日に三度のイタリアンジェラートである。やはりスリムなバカより、クレバーなデブのほうがいい、としみじみ思った。 〜略〜
 そろそろ昼食である。本稿も書き終えたことであるし、メニューはカペッリーニのジェノベーゼソースでどうだ。

236p イタリアン・クライシス

イタリアでの取材旅行は、モチーフとなる人物の足跡を辿るだけではなく、筆者の体重としての”自分史上最高値”を更新させた旅なのでした。

そりゃそうだ、美味しいものがたくさんある・・幸運なことに、僕もイタリアに旅行に行ったことがあったから、その魅力は分かります。確かに僕も、ちょっと太って帰ってきました。

原稿を書き終えた爽快感とともに、空腹をも力にして、文章にしてしまう観察眼は、さすがです。

読み手は、この原稿がどうかジェノベーゼソースが飛んで汚れませんようにと願うばかりです(まぁ、原稿用紙ではないか)。


ここに挙げた作中の文章は、全て話の終わりでした。その話の締めに何を言うのか、これはとても難しいし、「終わり良ければすべて良し」のような言葉にもあるように、最後の言葉の印象が全体に及ぼす効果は絶大です。

読み手が「そうそう」と共感すること、「よかった」と安心すること、「面白い」と笑ってしまうこと、筆者の話の多くは文末に収斂されていました。

読んで良かった、となる読後感のようなものがあるように感じます。

好き勝手書いているようだけれども、読み手をしっかり意識しているというか。

読んで良かったと思える文章には、期待に応えるとか予想外に面白い、みたいな要素があるのではないかと思いました。

そして、何より日常にあるエピソードを、ちゃんとすくって磨いて書いてみることの希望も見ました。

おじさん、なんて呼んで、ごめんなさい。次郎さん。



前回は、上白石萌音さんのエッセイでした。

#エッセイスト #作家 #読む #文末 #読後感 #旅 #デブ  

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