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「全然だいじょうぶ」ではない「だいじょうぶ」

「全然大丈夫です!」という言葉を信用してはいけない。

頑張り屋さんは「大丈夫?」と聞かれれば、条件反射のように「大丈夫です」と答える。
本当は大丈夫じゃないのに。

私が「シワもシミもひどくて」と嘆いてみれば、それを聞かされた年下は気を使い「全然大丈夫ですよ」と引きつった笑顔で答える。
全然大丈夫じゃないのに。

前者は相手を心配させないための「大丈夫」
後者は相手を安心させようとする「大丈夫」

今回は後者のパターンの話だ。

例えば私が「私ってブスだよね」と自虐発言をする。
それを聞いた貴方は言う「全然大丈夫だよ」と。
もし私が「何が大丈夫なの?」と聞いたら、貴方は動揺するだろう。
咄嗟に「大丈夫」の理由、しかも私が納得するような言葉は思い浮かばないと思うのだ。
その結果、貴方は口ごもり、取り繕った言葉を発する羽目になるだろう。
私は貴方の無責任な「全然大丈夫だよ」が偽りだと知り傷つく。そして貴方は私を侮辱してしまった罪悪感に苛まれる。

実際に年下が私のシミやシワに対して言った「大丈夫」がそうだった。
大丈夫でないと思っていることは彼女の態度を見れば明白だった。目は泳ぎ、やたら饒舌になっていたもの。

無責任な「全然大丈夫」は言った方も、言われた方も大丈夫ではない。そう身をもって経験したはずだった。

それなのに・・・。

近所のカフェで日本人が働いているのを知ったのは数ヶ月前。コーヒーを買いに行った時だ。
ワーキングホリデーでこちらに来ているHはまだ20代。
何度かカフェで顔を合わせるうちに仲良くなり、最近は仕事帰りに我が家に寄ってくれる。

そして今朝も「今日遊びにいきまーす」とメールがきていた。


Hが手土産に持ってきてくれたマフィンをお茶請けに、コーヒーを飲みながら近況を報告しあった。
Hが日本にいる彼氏の愚痴を言い始めて気がついた。

まだHの彼氏を見たことがない。

私「Hの彼氏ってどんな人なの?」

Hは自称イケメン好きだ。
松下洸平がタイプらしい。ちなみに彼女に会うまで私は松下洸平を知らなかった。だって私の恋愛対象はいつだって年上。
だから友人たちの若い推しや年下彼氏へのコメントはいつも「可愛い」の一択。それ以外言いようがない。
だから彼氏がどんな容姿でも「可愛い」と言えばいい、そう無意識におもったんだろう。私は気楽に写真を要求した。

H「まっこちん、はいよ」

ハタチに毛が生えたくらいのHは私の名前に『ちん』をつける。昔からあだ名の定番ではあったが、いつも思う、女性には『まん』だろう。
自分で写真を要求したくせに、そんなことを考え上の空だった私は突然目の前に差し出されたスマホ画面を見て戸惑った。

なぜここにバイきんぐの小峠さん(お笑い芸人)が写っているのだろうか。

困惑する私。
あれ?なんで写真見せられてるんだっけ?
フルスピードで脳を回転させ、事態を理解しようと試みる。しばらくして、ようやく自分が彼氏の写真を要求したことを思い出した。すぐに用意していたフレーズ「可愛い」言おうと口を開いた。
するとどうだ、全く別の言葉が口から飛び出したではないか。

「え?全然大丈夫じゃん!」

なんて日だ。

いったい、何に対する「大丈夫」なのか自分でもさっぱりわからない。
Hは一言も彼氏を否定する言葉を発していないのに。私はなぜ勝手に彼の容姿をフォローしたんだろうか?

H「全然大丈夫って。私何も言ってないけど。笑」
笑い方に怒りは感じられない。
しかしHとは対照的に私の顔は引きつっていく。

私「松下洸平がタイプだって聞いてたから、印象が随分違ってびっくりしちゃって」
今度はきちんと本音を伝えられたが心は落ち着かない。
これも全て私の思考回路のせいだ。写真を見せられた時に「ちん」だの「まん」だの考えていたせいで、焦ったのがそもそもの原因。愚か者め。彼の容姿を否定するつもりだって微塵もなかったのに。

どうにかして前言撤回しなくては。
私は言った。

私「スラッとしてるね」

顔しか見えない写真なのに、だ。
案の定Hは否定した。

H「そうかな?そんな細くないよ。って言うか顔しか見えないよね?」

スピードだけを重視した結果の失言はさらに自分の首を締めた。
これ以上ごまかしはきかない。なんとかこの場を取り繕わなければ。

私「それに…優しそう」
無難な言葉が飛び出した。
でかした、私の脳みそ。

笑いながらHが言う
「それね〜、みんなに言われる。いい人そうと、優しそう」

全然駄目なやつだった。
そうだよな。
当たり障りのない感想第一位は「優しそう」だろうな。

Hがスマホをしまい話題を変えた。

きっと私を気の毒に思ったのだろう。
「全然大丈夫」を筆頭に、彼氏の容姿を必死に肯定しようと言葉を並べた私を。

Hは笑顔で帰っていったけれど、大切な人を否定され悲しかったよな。傷ついたよな。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

Hが帰り、子どもたちをむかえに学校に行った。
察しのいい娘が元気のない私に気がついた。
「ママ大丈夫?」

私は答えた。
「全然大丈夫だよ!」

そう、「全然大丈夫です!」と言う言葉は絶対に信用してはいけない。







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