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思い込みを超えた私。

ニュージーランドは人種のるつぼだ。
私の住む町もさまざまな人種が混在している。
その割に子どもたちが通う小学校に日本人はいない。

今朝、子ども達を学校に送った時、顔見知りの保護者と世間話をした。
「じゃあね」と言って帰ろうとすると思いもよらない言葉が返ってきた。
「さようなら」
驚いた私は「日本語しゃべれんの?」とカンボジア人の彼に聞いた。
彼はニュージーランドに移住する前、母国で日本人専用の観光タクシードライバーをしていたらしい。
流暢な日本語を話す彼を見て、また過去の失態が脳裏に浮かんだ。

あれは、日本からニュージーランドに帰ってくる飛行機内での出来事だった。

子連れで飛行機に乗る際は座席をどうするかが悩みどころである。とにかく周りに迷惑がかからないようしたい。そのため、我が家はこんな感じで予約をした。

【窓】長男・次男・娘【通路】
【窓】他人・他人・私【通路】

しかし、チェックインすると座席が異なっていた。

【窓】他人・長男・娘【通路】
【窓】他人・次男・私【通路】

嫌な予感はしたが、子ども達ももうグズる年齢ではない。しかも夜の便だったので機内では寝るだけ。そう思い、そのまま指定された席に座わることにした。

娘達の列には白人男性が座っていた。
なぜだろうか、彼は私に大仁田厚を思い出させた。

日本語で娘と長男に伝えた。
「これから隣の男性を大仁田さんと呼ぶ。彼に迷惑がかからないように頼む」

大仁田さんにも英語で声をかけた。
「子どもたちが迷惑をかけたら、遠慮なく言って下さい」

「心配するな」大仁田さんは笑顔で答えてくれた。

大仁田さんの笑顔が予想以上に可愛らしかったため、娘に日本語で言った。
「大仁田さん優しそうで良かったね、しかも笑顔がチャーミングだね」

夕食後、すぐに機内は暗くなった。
疲れていた次男は映画を観ながら眠ってしまった。ふっと、前の席を見ると、長男が大仁田さんにもたれ掛かって寝ていた。

焦った私は娘に日本語で言った。
「長男が大仁田に寄り掛かっているから、席変わって」

娘と席をチェンジし、大仁田にもたれ掛かかっていた長男を私側に抱き寄せた。

【窓】大仁田厚・長男・私【通路】
【窓】他人・次男・娘【通路】

大仁田に言った「ごめんね」
大仁田は言った「気にするな」

抱き寄せたことで、目を覚ました長男に日本語で注意した。
「大仁田枕にしないで」

その後、私も映画を見ながら長男と一緒に眠ってしまった。
しばらくすると、突然肩をたたかれた。
大仁田が尿意をもよおしたようだ。
それに気がついた私は長男の足を持ち上げ、大仁田が通れるスペースをつくった。

足を動かされ、目を覚ました長男が寝ぼけて言った。
「なんだよ、ママ。眠いんだよ」

私は日本語で返答した。
「大仁田おしっこだって」

大仁田がトイレから帰ってきたので
「大仁田おしっこ終わったから、足上げて」と長男を促した。

トイレから帰ってきた大仁田はスマホをいじっていた。どうやらラインを使っているようだ。

しばらくして、今度は私が尿意をもよおした。
帰ってくると、大仁田はまだスマホをいじっていた。その時、ちょっとした違和感を覚えた。
私の周りに、日本人以外でラインを使っている人はいない。妙だなと思い、大仁田のスマホ画面を横目で凝視した。

ずらりと並んだ日本語。

大仁田は日本語が理解できた。

なんたる失態。私は容姿だけを判断材料に、大仁田は日本語を話せないと思い込んでいた。

脳裏を駆け巡る私の放った言葉たち。
大仁田笑顔可愛い、大仁田枕、大仁田おしっこ。

これはどういう種類の嫌がらせになるんだろか。悪口ではないけれど、気分は良くなかったはずだ。
でも私も小声だったし、機内はエンジン音でうるさいから聞こえていないかもしれない。

飛行機が着陸し、降りる準備をしようと立ち上がった。私は怯えながらも大仁田に感謝の気持ちを伝えた。

「色々ご迷惑おかけしました。おかげさまで気持ちよく過ごせました。ありがとうございます」

笑顔の大仁田が英語で言った。
「こちらこそありがとう」
そこで終わらせてくれたら良かったのに。
少し間を空けた後、大仁田は日本語で言った

「・・・なんで?わたし?オオニタさん?」

まさかそんな質問がくるとは思ってもいなかった。
私は咄嗟に言った。

「え?大仁田さんじゃないんですか?」

違うに決まっているだろうが、この脳なしめ!!!


私は飛行機でこんな経験をしたのに、全く学んでいなかった。
今だって周りの人は誰も日本語がわからないと決めてかかっている。だから子ども達の学校でも卑猥な日本語を発してばかりいる。
もし今朝のカンボジア人がそれを聞いたとしたらどうだ。子どもの人間関係にも悪影響を及ぼす恐れだってあるじゃないか。

気の抜けている己を叱咤した。
公共の場では極力日本語は控えよう。
そんな決意をしていたら、昼過ぎになっていた。

お腹が空いた私はランチ作りに取り掛かることにした。
何を食べようか。
パントリーを開けると少しだけ残った素麺が目に入った。
ニュージーランドは秋だ。
もう素麺の出番はないだろう。捨てるのはもったいない。私は素麺を茹でた。

肌寒い部屋で、つめたい素麺を箸ですくった。
そして何を思ったのか、私は息を吹きかけた。

ふ〜。ふ〜。

肌寒かったからだろうか、それとも麺だったからだろうか。
私は無意識に冷たい素麺を冷まそうとしたのだ。

ご麺なさい。

これはもう、思い込みの以前の問題。
私の思考はすでに停止し、条件反射で生きはじめているのかもしれない。


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