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【漫画原作部門応募作品】私の兵隊くん 第二話



第二話




■場所(マンション通路・自宅玄関前)


美琴〈隣に住む大学生に声を掛けられて、いくら歳が離れているとはいえ、男性の家に1人で上がり込むなんて……ダメだよね〉


美琴〈でも、寒くてこの場には居たくない〉


躊躇したが、寒さで凍え切った体が思考を停止させた。そして、気付けばお隣さんの部屋でコーヒーを淹れてもらっていた。




■場所(七瀬恭介宅)


恭介「インスタントなんで、味の保証はないっすけど」


ゴトンっとぶっきらぼうに置かれたコップにはブラックコーヒーが淹れられていた。


堀が深くて濃い顔立ちで、無表情だからか第一印象は怖かったが、優しい話し方のおかげだろうか。早くも怖いという印象はなくなった。



美琴「あ、ありがとう。……あの、いきなり上がり込んでごめんね」



恭介「俺から声かけたんで……」


美琴「名前、聞いてもいい?」


恭介「七瀬 恭介ななせ きょうすけ


美琴「恭介くんか……」


淹れてもらったコーヒーを飲みながら言った


恭介の方を見ると、耳まで真っ赤になっていた。
美琴〈もしかして女慣れしてない?〉


美琴「……恭介君?顔赤いけど大丈夫?」


恭介「い、いや、俺、女性って慣れてなくて……部屋に入れるのも初めてだし、明るいところで見たら綺麗なお姉さんだし、緊張しちゃって」


美琴〈なんて分かりやすいんだろう……茹で蛸みたいに真っ赤になってる〉

しどろもどろに答える姿は、怖い顔とは正反対にウブだったので驚いた。


美琴「ふふっ、お姉さんって……恭介くんよりだいぶ年上だよ?」


結婚してから透さんしか見てなかったので、自分のことで顔を真っ赤にしている青年を可愛いと思ってしまった。



恭介「余計なお世話かもですけど、それ犯罪ですよね?」


恭介は透さんに殴られて赤くなっていた頬に視線を向けて言った。見られていたことに気づき、咄嗟に私は殴られた頬を隠す。


美琴「やっぱり……おかしいよね」


美琴〈専業主婦だった私は、相談相手がいなかった。誰かにおかしいと言って欲しかったのかも知れない〉


恭介「離婚……しないんすか?初対面の俺が聞くようなことじゃないけど」


美琴「離婚か……一度言ったことがあるの。初めて殴られた日に、『暴力振るうような人とは一緒にいられない。離婚してください』ってそしたら説教が朝まで続いた。7時間だよ?部屋を出ようとしたら無理矢理引き戻されてまた説教。異常だよね……」


恭介「……」


美琴「その次の日に、書類渡されてさ……200万円払えって。十数枚にわたって詳細が書かれてた。読む気にもならなかったけどね。そんな大金、私にはないし……離婚したら本当に払わされそうで、考えるのめんどくさくなって考えるのやめた」


恭介「そんなやばい旦那さん、逃げれば良くないっすか?」



美琴「……逃げたいな」


私はボソッと呟いた。心から出た言葉だった。


美琴〈私はずっと前から逃げ出したかったのか。
考えることすら辞めていたから、そんな自分の気持ちに気付かなかった〉




恭介「まあ、俺みたいなやつには、分からないことがあるんだろうけど」



肯定も否定もしないその言い方が、恭介の優しさに感じて居心地が良かった。




恭介「俺にできることあれば……」


恭介は言葉を途中で詰まらせた。


恭介「何言ってんだ?俺。そんな簡単に言っていいことじゃないっすね」



美琴「何て言おうとしたの?」



恭介「いや、俺にできることあればやりますよ?って言おうとしたけど、俺なんかが何言ってんだって感じっすよね。でも、なんだか放っておけなくて……」








美琴「……だったら、私の夫を殺してくれる?」










恭介「……」








恭介「何言ってんすか。……無理に決まってるでしょ」


恭介は一瞬黙った後、明るめのトーンで答えた


美琴「あはは、だよね、冗談だよ!冗談」


恭介「当たり前っすよ……本気で言われても困りますから」



美琴「あ、待って……」


私は、フッと恭介君に近づいた。
右手を彼の首元にゆっくり伸ばす……。


予想だにしなかったのか彼の体はビクッと固まっていた。


美琴「……糸くず、ついてた」

右手にある糸くずを見せ、微笑みながら言った。恭介は顔を真っ赤にして戸惑っている。

美琴〈想像以上に純粋ウブかもしれない〉


———そう、
彼の首元に糸くずなんて本当は付いていなかった
この糸くずは、私の服についていた糸くずだ。
どのくらい純粋ウブなのか確かめたかった





美琴〈純粋ウブな彼が私のことを好きになったら、私のために動いてくれるだろうか……そうしたら、今の監獄生活から逃げ出せるかもしれない〉





美琴〈仕事もお金も、助けてくれる家族も友達もいない今の私には、恭介あなたしか使えるがいない〉



美琴〈これから、じっくり育てればいい。
———私の忠実な兵隊くんに

きっと彼はなるだろう
ならないなら、ならせればいい〉




〜♬
スマホの着信音が鳴る
思わず体がビクッと動いた


美琴〈ここで電話に出なかったら後で責められそう……〉


恭介に視線を送ると「出た方がいい」といった様子で黙って頷いた。


美琴「……もしも」


透「お前今どこにいる!!!」


言い終える前に早口で被せてきたのは、受話器から耳を背けたくなるようなほどの怒鳴り声だった。

美琴「……今、外……です」


透「帰ってこい」


美琴「え?帰っていいの……?」


透「すぐにだ!すぐに帰ってこい!!」


受話器から漏れ出す声がぶつりと切れた。言いたいことだけを言って電話を切られるのも日常だ。


急いで立ち上がり帰宅するために玄関へ向かった


恭介「あ、あの……これ」

少し悩んでいるような顔をして私に向かって紙切れを差し出してきた。


美琴〈連絡先かな……受け取って旦那にバレたりしたら……〉

受け取っていいか分からず、迷っていると右手を掴まれて、手に無理矢理丸められた紙切れを掴まされた。


恭介「急いで帰った方がいいですよ?」


ハッとして急いで帰らければいけないことを思い出して、紙切れを手にしたまま「ありがとう」
一言告げて恭介の部屋を後にした。



■場所(マンション通路・自宅玄関前)

恭介から掴まされた紙切れをポケットに閉まった。見つからないか内心ドキドキしながらも、帰宅するため自宅の玄関ドアを開けた。



■場所(自宅・マンションの部屋)

恐る恐る玄関のドアを開けて中に入った。
家の中は静まり返っていて物音が聞こえない。
リビングの扉を開けると、リビングテーブルの椅子に座り眉間に皺を寄せて鬼の血相のような姿の透さんがいた。


美琴〈ひっ!〉
透さんの顔があまりにも恐ろしくて心の中で悲鳴を上げた。


美琴「……ただいま」


透「飯!」

声と同時にリビングテーブルをバンっと強く叩いた。威嚇してるつもりなのだろうか。こんなことにはもう慣れっこで驚きもしない。


私は言われた通り、ご飯の準備に取り掛かる


美琴〈心配もしてこないのは想定内だけど、今までどこにいた?とか何も聞いてこないな。詮索されるよりはいいか……〉


透さんはご飯を一通り食べると「ご馳走様」も言わずにリビングを出て行った。
リビングテーブルには、しっかりと全部食べて綺麗なお皿たちが残されていた。


寝室のドアが閉まる音を確認してから、私は隠していた紙切れをポケットから出した。


美琴〈携帯の番号かな……あれ?違う〉





  "明日17時に待ってます。"


紙切れにはそう書かれていた。


美琴〈向こうから歩み寄ってくれるなんて、都合が良い。明日から始めよう———。私の作戦を〉





(第二話 終了)


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