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【漫画原作部門応募作品】私の兵隊くん 第三話





第三話


■場所(自宅・キッチン)


まだ外は薄暗い。眠たい目を擦りながら盛大なあくびが出る。時刻は6時前、キッチンで朝食を作っていた。

朝の日課は5時半に鳴るアラームを、鳴り響く前に1秒で瞬時に止めるところから始まる。
隣で寝ているとおるさんを起こさないためだ。

1秒でも遅れると、透さんの睡眠の妨げになるので、瞬時にアラームを止めれるように私の眠りはいつも浅い。

これが私にとっての日常なので、この生活が異常ということに気付いていない。

朝ご飯は和食派なので、ご飯を炊き、味噌汁を作り、鮭も焼く。炊き立てのご飯じゃないと食べないので、毎朝冷たい水で米を洗う。

———いつもと違うのは、昨日隣人の恭介から貰った紙切れがポケットに入っているという事。

たったそれだけの変化なのに、私の心は温かくなった。


美琴〈17時に来てください……か〉

くしゃくしゃになった紙切れを眺めていると、寝室からガタッと物音がする。


美琴〈考え事してる間に、透さん起きてきちゃった。大変だ。早くテーブルにご飯を並べないと〉


作った料理を急いでリビングテーブルに移動し、透さんがリビングに来る前に並べ終えた。

美琴〈良かった。朝から機嫌を損ねてしまって、叩かれたりすると、その日1日が憂鬱になってしまうから〉


ガチャっとリビングドアが開く音がした。
リビングテーブルに視線を向けて、ご飯が並べてある事を確認し、問題ない、とでも言うように深く頷いた。

視線が私に向けられると、同時に眉間に皺がより、鋭い眼差しで私を睨みつけた。


美琴〈あー。何かが怒りの沸点に触れちゃったな〉

こんな場面を何度も経験している私の心は冷静だった。


とおる「お前、よくもそんな汚い顔面を朝から俺の前に晒せたな。お前のすっぴんは見るに耐えないから俺が起きてくる前に化粧しとけって言ったよな?」

美琴「ごめんなさい」

美琴〈頭から抜けて忘れていた。毎朝、化粧をしっかりしていないと、キレられるんだった。私のすっぴんが酷いから……〉

透「ったく。お前は綺麗じゃなくてブスの分類なんだ。俺と結婚しなければ、貰い手もいなくてずっと独り身だよ?俺だって我慢して過ごしてるの忘れるなよ?」

呪縛のように言われる。毎日言われているのに、しっかり今日も心が傷付いていた。

崩れ落ちそうになる心を保てたのは『綺麗なお姉さん』恭介に言われた言葉だった。
昨日の記憶を思い出して、私の心は保たれた。

透「なんだよ。その気にもしてません。って顔は!」

彼は、ただ私に文句を言いたいだけだろう。
何かと文句をつけて憂さ晴らしをしてるんだ。

美琴〈はあ。お腹空いたな〉

こんな時は、考える事をやめて頭の中でどうでもいい事を考えて時間が過ぎるのを待つ。

ごふっと鈍い音と共にお腹に激痛が走った。

とおる「テメェ!なんだその反省してない顔は?!
ごめんなさいだろ?!」

怒鳴りつけられながらお腹を殴られた。
かなり痛い。立ち上がる事が出来ない。

透「っち。気分悪くなったからもう出る」


透「今日、カレーな」

舌打ちをしながら、ご飯に手をつけずに仕事カバンを持ち家を出て行った。



美琴「……痛っ」

いなくなって安堵すると共に、殴られたお腹の痛みで顔が引き攣る。

美琴〈私の人生ってなんだろう……〉


痛みを耐えて天井を見上げながら考えた。
立ち上がろうとするとポケットから、ポロリと紙切れが落ちてきた。

頭の脳裏に恭介君の顔が浮かんだ。

美琴〈こんな生き地獄から抜け出したい。会いにいこう。……私を救い出してくれる兵隊くんに〉

17時は、夫の夜ご飯を作らないといけない時間だが、ラッキーな事に今日の夜ご飯にはカレーとのリクエストだった。

透さんは、カレーが大好物で週に2回は必ず食べる。カレーの場合は朝に言うこともたまにあり、最近食べてなかったので、今日はカレーの可能性がかなり高いとみていたが、予感が的中した。

カレーだと、家に材料はあるし、買い出しにも行かずに済むので、夕方に時間が作れる。
運が味方してくれてるようだった。

迷っていた心は決まり、今日の17時に言われた通り会いに行く事にした。


■場面転換(マンション通路・恭介宅玄関前)

私は緊張でインターホンを押す指が震えていた。

もう片方の手には、昨日のお礼も兼ねて簡単なおかずと、夜ご飯に作ったカレーを少しタッパに詰めてきた。

手料理をタッパに詰めてくるなんて、おばさん臭いかな、とも思ったけど、お礼の仕方が他に思いつかなかった。


美琴〈このインターホンを押したら後戻り出来ない。このドアが開いたら私は……〉


インターホンを押すのを躊躇していると、ガチャリ、と玄関ドアが開いた。

恭介「なんか、気配感じたんで……どうぞ、中入ってください」

照れて視線を合わせず何処か上の方を見ながら話す恭介の姿を見て意思を固めた。


この部屋に一歩足を踏み入れたら、
———私は悪女になる。


ゴクリ、と息を呑み静かに決意し、足を1歩踏み出した。


バタン、と玄関ドアが閉まる音が部屋に鳴り響く。もう後戻りは出来ない。


美琴「……お邪魔します」

恭介君の部屋をゆっくり歩いていく。まだ2回しか来たことがないのに、自分の家より居心地がいいと思ってしまう。

恭介「そこ、座ってください」

言われた通りにゆっくり座る。

恭介「あれ?なんか良い匂いがする」

犬みたいに鼻をクンクンと動かしていた。

美琴「迷惑だったら、ごめん。簡単なおかずとカレー作ってきたんだけど……」

恭介「まじっすか?よっしゃ!」

思った以上に喜んでくれているようで、テーブルにタッパを並べると「うまそ!」と嬉しそうにしている。

恭介「あの、今食べちゃってもいいっすか?」

美琴「もちろん。どうぞ」

恭介「あざす。頂きます、うまっ!!うまいっす」

口いっぱいに頬張りながら、私に視線を向けて言葉を発した。自分が作った料理を美味しそうに食べてる姿は嬉しくて仕方がない。

餌付けをしているみたいだが、これだけ食べてくれるのを見たら何度でも作りたくなってしまう。



美琴「あっ、こっちのおかずも食べて。こっちはね……痛っ」

他のおかずも食べてもらおうと、動いた瞬間、今朝殴られたお腹に鈍い痛みが走った。
思わず、声を出してしまった。

恭介「もしかして、また殴られたんすか?」

そんな様子を見て、頬張っていたご飯をごくん、と飲み込んでから、真剣な顔で私の目を見つめて言った。

眉を八の字にして心配そうな顔をしている。あまりにも優しい声で涙が出そうになった。

美琴「今朝……ね」

恭介「原因は、なんすか?」

美琴「私が……朝化粧するの忘れてすっぴんだったから」

恭介「はあ?それだけで?!」

驚いていて、いつもの優しい声ではなかった。

美琴「私のすっぴんが汚すぎてブスだから見たくないんだって。仕方ないよ。私ブスだから」

恭介「ブスじゃない。美琴さんは、綺麗です」

私の目をしっかり見つめて言った。数秒後には頬だけではなく、耳まで真っ赤になっていた。

恭介「わ、お、俺、恥ずかしい事言ってる」

両手で顔を隠そうとしているが、真っ赤に染まった耳までは隠せないない。

美琴「ふふっ」

そんな姿が可愛らしくて、笑みが浮かぶ。

恭介「でも、本当に綺麗ですから!俺が出会った人の中で……いちばん……」

どんどん声が消えそうなほど小さくなった。

美琴「ありがとう、ふふっ」

私が笑うと、ハハっと照れながら恭介君も笑った。そして、目が合うとまた2人で笑い合うのだった。






ピンポーン

インターホンのチャイムが鳴り響く。
「誰だろ?」不思議そうにしながら、恭介は部屋のモニターを確認する。


恭介「あれ?誰もいない……」


このマンションにはオートロック設備があるので、まず1階のエントランスでインターホンを鳴らすはず。

でも、モニターを確認しても画面には誰も映っていなかった。


ピンポーン
エントランスには誰もいないはずなのに、引き続き鳴るインターホン。


美琴〈1階のオートロックを抜けて玄関まで誰かが来ている……〉

恭介「宅配の人が勝手に入ってきちゃったかな?」

恭介は玄関に向かい、ドアを開けようと手を伸ばす。



ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン


中にいるのは分かっている。と言わんばかりの連打に私は不信感に襲われる。

美琴〈インターホンを押している誰かは、1階のオートロックを抜けて、玄関の外にいるということ。……もしくは)



美琴「待って!!」

私の呼び掛けに、ドアを開けようとした手が止まった。


外にいる人物を確認するために、足早に玄関に向かう。私は恐る恐るドアの穴から外を見た。

———そこには見覚えがある人影が。


美琴〈っ!!!!!〉

声にならない叫び声が心の中で上がる。



そこにいたのは……、


ギロリと目つきの悪い顔で睨みつけている男の姿。

美琴〈透さん、どうして……?〉


私達は数秒間、身動きが出来なかった。
顔を見合わせてゴクリと息を呑んだ。

心臓の音が外まで聞こえてしまうのではないかというほど、ドクドクと音を立てていた。


恭介の玄関ドアの前にいたのは透さんだった。

彼は何故ここにいるのか。たまたまなのか、私達の関係がバレてしまったのか。

どうしていいか分からず身動きが取れない私と恭介君をよそに、鳴り止まないインターホンのチャイムは部屋中に鳴り響いていた。




(第三話 終了)

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