大ファンだった芸能人の目の前で大恥かいた高校時代の話
芸能人であったり意中の人であったり、対象が好き過ぎるあまり、対面した時にパフォーマンスがとち狂うことがある。
「北の国から」出演の俳優田中邦衛さんが亡くなった。
私は親の影響でかなり初期から「北の国から」を見ていて、子どもながら黒板五郎の不器用さと優しさにジンとなり、純や蛍の危なっかしさにハラハラしたものだ。
田中さんが亡くなって、どこかで今も続いているような気がしていた「北の国から」が、ハラハラと消え去ってしまったような気がした。寂しかった。
だがしかし今回の話の主役は田中邦衛さんではない。
子どもの頃、私はドラマという概念がよくわかっていなかったので、黒板五郎も純も蛍も、草太兄ちゃんも実在していると思っていた。少し大人になって、あれは倉本聰という脚本家が作った物語なのだとわかった。草太兄ちゃんは生きているし純の借金もないらしい。
救われながらも、あの世界が創作物だったことに驚いた。どんな経験と想像力を持ってしたらあのようなドラマが書けるのだろう?私は倉本聰に猛烈な憧れを抱いたのである。
時は流れ、私は高校3年生になり修学旅行に行くことになった時のこと。訪問先が発表された。
そこは北海道!
しかも、憧れぬいた倉本聰氏が住む富良野めぐりが旅程に組まれている。
さらにっ!
倉本氏が主催する俳優養成学校「富良野塾」の見学が予定にあったのだ。当時の担任が演劇好きだったことが幸いした。しかもその担任の熱い計らいにより、倉本氏本人にお話を伺える時間まで設けてもらえることになった。よく引き受けてくれたなと思う。
もちろんクラスの中には「倉本って誰?」という不届き者もいた。担任はそいつらを無視し、倉本氏を知る乗り気な生徒達に「質問タイム、頼むぞ」と予防線を張った。
もちろん私は倉本氏に聞きたいことはたくさんある。どうしたらあんなに感動するストーリーやエピソードが思い浮かぶのか…黒板五郎は倉本さん自身なのか…。
レベル50点の質問だとしても、倉本氏と目を合わせて喋りたかった。
修学旅行当日、待ちに待った富良野塾では、在籍している役者さんのレッスンを見学できた。「北の国から」の一場面を演じるという内容だったと思う。そこに倉本氏が登場。倉本氏が役者さんの演技に助言をするというスタイルのようだった。
倉本氏は、テレビでみるように気難しそうで、不機嫌な表情をしているように見えた。
役者さんを怒鳴りつけたり、「才能ないから帰れ!」と突き放すような指導者だったらどうしよう……
演技を終えた女優さんが、倉本氏の方を見る。倉本氏は淡々と、「ここが◯◯だと思ってやってみて」(なんて言ったか忘れた)と言って、自らおどけて、葉を落とす木のマネをした。女優さんも周りの役者さんもくすくす笑う。
あー全然怖くない。やっぱり素敵な人だった。
あんなに温かい物語が書けるんだ。冷たい人であるわけがない。私は嬉しくなった。
レッスンが終わって、いよいよ質問タイムになった。まず担任が、富良野塾の始まりなどについて質問し、丁寧に答えて下さる倉本氏の姿があった。
私たちからの質問は倉本さんに対するもののほか、役者さんたちにも向けられ、同級生は役者さんに「なぜ富良野塾に入ったのですか?」というような質問をしていたような気がする。
そんな中、私は質問に手を挙げるタイミングを読みながら、緊張のピークにあった。今思えば、「倉本さん、あなたの作品が大好きです。私もあのような作品が書ける人になりたいです」それを伝えるべきだった。
大ファンの倉本聰が目の前にいて、自分を取り囲むギャラリーもたくさんいて、質問に手を挙げるだけでガチガチだった。意を決して手を上げ、倉本氏に「どうぞ」と指されて立ち上がった時、頭が真っ白になった。
目の前に倉本聰。
相手が高校生だからと言って、子どもを見るようにわざとらしく目線を下げたりしない。なんと言うか、平常運転。淡々としていた。ただ、ちゃんと私を見てくれていた。
そんな観察はどうでもいい!!質問だ!
考えていた質問は吹き飛んでいた。えっと、「北の国から」で一番好きなシーン?大変だったこと?…そんなありきたりな質問ダメだ…。
切羽詰まった私は何を思ったのか、
「最新作では宮沢りえさんが出ていましたが、いろいろ噂がある女優さんだと思いますが、実際どうなんですか?」
と、もうお前はどこの三流芸能リポーターだよと。くだらないし失礼だし、それ天下の脚本家倉本聰に聞くか?という、大バカ質問をした。
怒られてもおかしくなかったと思う。
しかし倉本氏は(少し、え?という顔していたかもしれないが)「真面目で素敵な方でしたよ。世間で言われているようなことはないです」。
と丁寧に答えてくださった。
「ありがとうございました」と座り込みながらそのまま北の大地に埋まってしまいたかった。
担任は、「あちゃー」という顔をしている。お前、倉本好き言うてたやん…。
そして私のあとに質問をした男子がいたのだが、そいつときたら…(普段から頭がキレて、大人びていて、クラスで一目置かれているような男なのだが)そいつときたら…
「ニングルっているんですか?」
と、もうパーフェクト!100点!な質問をした。
淡々としていた倉本氏が、眼鏡の奥でニンマリしたのを私は見逃さなかった。「ええ、いますよ」。
ああ、その表情を私も引き出したかった。三流芸能リポーターは悔しさに打ちひしがれた。
マヌケな私。チャンスだったのに。素敵な思い出になるはずだったのに。台無しにしてしまった。それもこれも私が倉本聰を好きすぎるあまりに。
◇◇◇
これが、会った相手が大して好きではなかった場合はどうなのか?
さらに時は流れ、私は東京の大学生になっていた。池袋でアルバイトをしており、バイト終わりの23時頃。仲間とともに駅に向かって歩いていた時のこと。
どこかの居酒屋から出てきたところだったのか、テレビで見たことがある芸能人が現れた。
伊集院光さんだった。
私は特に伊集院さんのファンではなかったが、東京で芸能人に遭遇したことでテンションが上がった。ほかのバイト仲間も気づいていたが、どうみてもプライベートで来ているようだったし、そっとしておこうという雰囲気になっていたと思う。
だがしかし私は、伊集院さんを「人」というより「芸能人」として見ており、芸能人に会ったことの恩給を受けなくてはと思っていた。相手の都合や気持ちよりも自分のミーハー心を優先。もしも「芸能人」に冷たくあしらわれたとしても「感じ悪かった〜」と後で仲間内の芸能ネタにすればいいと無意識に計算していたのだと思う。
つかつかと無遠慮に伊集院さんに向かって行き、「伊集院光さんですか?握手してください」と突撃。伊集院さんはとてもとても良い方で、KYな女に急に割り込まれてもめんどくさそうにするわけでもなく、「いいですよー」と気さくに握手してくれた。
私は調子に乗り「深夜の馬鹿力(伊集院さんのラジオ)聴いてます!蟹の話、最高でした!あ、写真いいですか?」と厚かましく携帯で2s写真まで撮ってもらった。それにも応じてくれて、総じてめちゃくちゃ良い人だった。
この、倉本氏と会った時との落差。
実は「深夜の馬鹿力」を聴いたことはなかった。どこかで友達が「あの回は神回だったよね」と話していたのを咄嗟に思い出して自分で聴いたことにしたのだ。とんだ二流芸能リポーターだ。相手の善意を利用するというか、断れない空気にするというか…。
とはいえ、私はそれ以来伊集院さんが大好きになり、「深夜の馬鹿力」もちゃんと聴いた。めちゃくちゃ面白かった!(蟹の回とは、通販で蟹を買ったところ購入個数を間違えて11杯も届いてどうしようという回だった)。
仮に今、伊集院さんに遭遇したとしたらあの時のようになめらかに話しかけられないだろう。
一流芸能人リポーターへの道のりは遠い。