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「学校へ行けない」というこだわり。

北上市で不登校・ひきこもりのいばしょ作りを
している後藤誠子さん。
昨年7月に出会って、仲良くさせていただいています。
また、不登校・ひきこもり・生きづらさについてじっくり向き合ったり考えたりするきっかけになっています。

こちら、丸山康彦さんとの対談。
丸山さんは、自身の経験から20年間も講演や相談業務など発信・支援活動をされていて、本の出版もされています。
(先日すれ違うようにお会いし、この動画で丸山さんの発信にはじめて触れています)

こだわりには2つあり、
自身の中のこだわりを「荷物」
常識へのこだわりを「鎧」
とすると、
不登校は重い荷物をもちながら、重い鎧を
身につけている状態
をイメージするとわかりやすい。鎧はどんどん硬くなってゆく。
そりゃ、動けない。

不登校やひきこもりは、
「いったい何を考えているの?」と思われがちだけど、
学校や仕事に行けないこと(常識へのこだわり)に苦しみ、悩み、将来を不安に思い、動けないでいます。
その鎧は、どんどん硬く重たくなっていきます。

うーん、わかる。葛藤する。
小中大、それぞれの不登校・ひきこもり時代は、将来への不安でいっぱいで、
重たくて重たくて、日中はずっと布団の中から出られないでいるのです。
とりあえず起きるか、となかなか思われないのです。あまりに重たくて。

じゃ、いけばいいじゃないか、てもんでもなくて、
どっかに苦しみがあったから、一旦離れてみるか、となった経緯があるわけで、同じところに戻って同じ状況を繰り返すなんて、とても考えられない。
それにその状況をイメージすると、とても暗い気持ちになるのです。

この、あまりに動けない、
ぐるぐるぐるぐるして、ただ重たくて暗いばっか、あるいはただ忘れるためにゲームや読書に没頭する、
そんな引きこもり時代を学生時代に何年もやって、なんも変わらんな〜こりゃ人生良くなりそうにないな〜
て思ったのです。

それで、先の将来を不安がるのはやめてみて、
とりあえずえいっと
飛び込んだり動いたり決断したりするようになったのです。
休学、編入、退学、数週間ずつの短期放浪生活、二度の地方移住、就職に退職に…

行き当たりばったりで、先のことお構いなしで、なんとまぁリスキーそうな首の皮繋ぐ出会いばかりの生活してるな〜傾向あるな〜
と思うのだけど、
どうやらルーツは重い荷物と重い鎧にあるようです。
行き当たりばったりで持続可能性は疑問でも、
そちらの方が生命力は高くなるのです。

「仕事に行けていない…人としてダメだ…」
という重たさ(こだわり)から動きにくいのを、
一旦手放してみる、という試み。

「週5日働かないといけないし生活もできない」
という常識に当てはまらない(前半部分は)自分がいて、
毎日仕事にいく気合いや根性は湧いてこないから深く鎧を被ることになるのだと、
認識を新たにしています。

日中、家に居ても外に出てもいいじゃないか、
それも元気な状態で
というマインドで普通に暮らしていて
(ハウスメイト達が理解ある人たちで、安心する環境なのは大きいです)、
地域の人と関わることも多くて。
そうすると、「何の仕事をしているの?」
「毎日しごとに行ってる?」
と聞かれたり、毎日ではないと答えると
「大丈夫?」と言われたり、
そういう会話がとても多いです。
(NHKに取材されて、不登校やひきこもりの経験があると知ってくれている人もいるみたいです)

わたしも隠すのも変だとおもって正直に答えるけれど、いつも緊張しています。
(ただ家にいる時があるなんて、予想もしていないで聞かれるのです)
どう思われてるか分からないし、心配して見守ってくれているのだろうと分かるけれど、
(あるいはただ知ろうとして)
人として微妙だなと思う人や
生活できないだろうと思う人もいるだろうなぁと、
頭をよぎります。
どう思われてるか分からない中関わるのは疲れるし、そのやり取りが続くと、
不安や葛藤やネガティブな思考が多めになっちゃうから、すぐに仕事や生活の心配ばかり
されるのは、あまり嬉しくないな〜
とどっかで思っているわたしがいます。
(あまり向き合って考えてない気がするし、考えるって、重い荷物と鎧の中に入り込む感じになっちゃうから)
それに、大事なことだから聞かれるのだろうけど、大事なことだからって
こうやって文章書いたり誰かに話したりしても、
「理解されるかされないか」という純粋な生活できるか出来ないか、以外の要素が多分に入っていて、
それに愚痴っぽくなるだけの気がして、とても
気持ち悪いです。

あ、だからまとまった意見のような発信は
下手くそで、
今回もダラダラして分かりにくくて下手くそだなって思っているけど、
丸山さん×誠子さんの対談の動画がとても色んなことを感じさせられる良い動画だったので、
ついつい文章にしたくなったのです。

対談の中で、荷物や鎧を小さくしていくには?
否定しないで認めながら、対話を繰り返していく。そして、こういう生き方もあるよね
と示していく。

というお話がありました。不特定多数の人に認めてもらうのは、それぞれの経験があり
どう考えてもむずかしいと思います。

ただ、自分が人と関わるときには、
当人の気持ちやことばによく耳を傾けて、
寄り添って、否定しないのは意識していきたいと思いました。

認めてもらう安心感は、たくさん経験があります。
それで、答えはわからないけれど、ここまでやって来られたと思います。

うん、そうだよね。当人の中でもこんがらがっちゃって、訳わからなくなっているんだよね。
そして、常識とちがうことや、不特定多数の人の目線をとても、気にして困っているんだよね。
ちょっとやそっとのアドバイスもらったところで、否定されて感じたら怖いよね。
わかるわ、いろんな人と出会っていろんな人と話して、
惑いや不安や怖さ含めて感じることいっぱいあるもの。
自分なりの意見や価値観に沿って生きようと
自分相談会を開きながらやっているけど、
このnoteもそのようなものだけど、
誰かの顔や言葉がちらちら思い浮かぶと、こんがらがってくるもの。

認めていくことで、進むこともある
太陽のような、あったかい空気つくっていこ☀️


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丸山康彦さん 
インタビュー

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後藤誠子さん
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