短編小説。 『かけっこ。』

感謝。後悔。

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私は、もうすぐ死ぬ。この老人ホームに入ってもうすぐ2年になる。人の死期はわからぬが、自分の死期は案外わかるものだ。だから、ここの施設の感想でもここに書いておこう。

環境はいい。毎日3食、美味いご飯が出てくる。孤立した生活が送れる。世間からも、家族からも。家族とは、もう何年もあっていない。妻が亡くなったあと、私は家族に迷惑をかけたくなくて、自らここに入り、家族にも、会いに来るなと言った。娘は、それを破って、一度だけ内緒で私の部屋に来た。老け込んだ私をみて絶句したのを覚えている。だが、私にはどうすることもできなかった。

ここはすぐそばに幼稚園があって、私の部屋からはいつも子供たちが遊んでるのが見える。転んで泣いちゃったり、こんなに笑顔になれるのかってくらい笑ってたりのびのびとしていた。自分が幼稚園児の頃はあんな風に笑っていたのかなんて感傷的になっていた。シーツを取り替えに来る介護士さんはそんな私を気遣い、窓の掃除をいつもしてくれた。くっきり見えるように。視界がはっきりしていて、一日の大半を過ごすこの部屋は、多くの人の手によって作られている。

感謝。

思えば、人に感謝をしたのは久しぶりだった。と言うより、妻が亡くなってから、誰かに感謝をすることがなくなった。もしくは、感謝というものに対して、無意識のうちに拒絶していたのかもしれない。感謝をしてしまうと、この世界に未練が残る。その人がいるから、なんて考えるとその人の幸せを願ってしまうからだ。妻にいつも感謝していた。まわりから、将来あんな老夫婦になりたいという話を妻から聞いたときはこの歳になっても恥ずかしささえ覚えた。そんなときに妻が死んだのだ。
幸せというものは、非永久で長く続かない。それなのに幸せを求めてしまう。幸せになると、いつかの幸せと比べてしまう。自分が嫌だった。どれだけ幸せでも、どこか満たされない感覚。それが、妻が死んでから今までずっとある。

後悔、

それは、まぎれもなく、後悔だった。妻のことが好きでたまらなかった。妻が亡くなってからも私は泣いていない。妻の前で弱い自分を決して見せなかった。それが、誇らしく、どこか、悲しいのだ。人生に後悔は付き物だ。後悔が多いことで、もっと生きてやろうという気になる。だが、妻と結婚した。娘が立派に育った。娘が結婚した。これほど幸せなことがあっていいのだろうか。こんな感謝もしない後悔だらけの私が、こんなに幸福でいいのだろうか。そんなことを日々思っている。

そんな後悔の真っただ中にいる私にとって、感謝をしたのは久々のことだった。その介護士さんにありがとう、と言うと、とても驚いた顔をして、屈託のない笑顔を見せた。ほんの少しだけ妻の笑顔と重なり、気のせいだと言い聞かせ、窓の外を見る。今日も元気に同じ場所を駆け回っていた。大人になると行動範囲が広くなる分、一つ一つの場所に愛着がなくなっていく。だが、あの子たちにとってあそこは、唯一のみんなと会える場所であり、あの子たちの世界の限界であり、また、最大でもあるのだ。そんなかけがえのない場所で遊べるのが永遠だと思っていたあの頃。人生は過ぎてみるとあっという間だが、その当時は紛れもなく幸せだったんだろう。私にもあんな頃があって、だから今がある。今は、あの頃があるから、あったから、今なんだ。

泣いていた。声をあげて泣いていた。自分でもなんでかわからない。介護士さんがいつのまにか、机にタオルを置いていた。それに感謝して、盛大に泣いた。お昼過ぎの冬。春のように暖かく、私を包み込んでいた。

あの子たちがいなくなると、とても静かになるこの部屋は、昼間の暖かさを忘れさせる。毛布を一枚多くもらって、床に就く。

それから、少しして、季節が変わり雪解けも始まり始めた頃。私は少しだけ具合が芳しくなかった。そんなときに、娘から電話が来た。話によると、孫が幼稚園に入るからけじめとして、挨拶がしたいとのこと。以前なら断っていたと思うが、感謝の気持ちと、後悔をしたくないという気持ち、それに孫が会いたがっているということを聞いたらそれはあまりにもひどいと思ったので会ってみることにした。初めて孫に会う。3日後。私はちゃんと、祖父になれるだろうか。

2日間があっという間に過ぎた。明日、娘と孫が来る。正直怖いし、どんな顔して会えばいいのかわからない。仮病を使おうかなどとも考えたが、それはあまりにも男らしくないので受話器を持っては、置いていた。そわそわしている。会うと、きっと嬉しいのだけれど、想像しただけでむず痒くなってしまう。これは、幸福なことであると断言されると、それを待ち受けるのが不安になってしまっているのだろうか。自分で、自問自答しながら、眠りにつく。

夢を見た。家だ。妻がいる。いつもの食卓。妻が目の前に座っている。亡くなっているという事実は理解していたので、これが夢だということを理解して椅子に座る。私は、妻に聞いた。私はあの人たちの祖父であるか、ちゃんと祖父になれてるだろうかと。妻は笑いながら、祖父だよ。って言ってくれた。夢という曖昧なものの中に芯のある妻の声が響いた。続けて、大丈夫だよ。と言ってくれた。私はこれが夢だということを理解しつつ、妻にまた会えないかと訪ねた。夢から醒める。妻は消え入る声で会える。と言って跡形もなく消えた。

目を覚ます。今日は少しだけ調子がいい。あと数時間。娘と孫が来るまでの時間。私はずっと外を見ていた。特に意識せず、遊びまわる子供たちを目で追っかけていた。

娘が来た。孫が娘の後ろに隠れている。娘は気にせず、他愛もない話をする。特に実のある話もできないまま時間だけが流れてゆく。娘に元気でやれよという声をかけて、娘は帰った。孫とは一言も話せなかった。だけど、これでいいと思った。孫と話せない祖父もいる。会えない祖父もいる。そんな後悔も一興なのではないかと思い始めていた。

それから、私は急激に体調が悪くなり、2か月もすると寝たきりの状態になっていた。私は鼻にチューブを付けられ、自力では生活は不可能になっていた。窓の外を見るのは変わらず日課で、介護士さんは、今日も丁寧に窓を拭いてくれる。ノートにありがとう、と書き見せると、介護士さんは嬉しそうに微笑んでいた。園庭では、新しく入った年少さんがいた。まだ馴染めていない子も多いが元気に走り回っている子もいて、それを見て幸せになっていた。

少しの間、意識がなかった。意識が亡くなっていきそうになる。今日はどうやら、幼稚園の運動会らしい。親子参加型の玉入れや借り物競争などが行われていた。元気にはしゃぐ声が聞こえてくる。枕元には、介護士さんと、妻がいた。一瞬夢なのかと勘違いしたがどうやら夢ではないようだ。みんな窓の外を見ている。

孫だ。孫がいた。元気に走り回っていた。次はかけっこで、孫が走る番になった。

がんばれ。心で応援した。なんと1位になった。
とても嬉しかった。こんな時にも目頭が熱くなった。でも、きっとこの運動会が終わったら、娘と孫が病室に来る。だから涙を拭いて何食わぬ顔で迎えられるように準備を、、、、、

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おしまい。


あとがき。
いのちについて、と、悲しいけれどどこか温かい話が意図せずマッチしていった。私も今は若者と言われる年代だけど、そう遠くないうちにあっという間に、こんな未来があるのも覚悟している。もちろん、これから長い人生が待ち受けていて後悔も失敗も成功もいろんなことを経験するんだと思う。だけど、後悔や失敗はある意味、生きがいになるのではないかと私は思う。成功や幸福も大事だけど、後悔だらけの人生の方が実は充実しているのではないかとつくづく思う。

これで4作目となる小説を書き終えた。21歳の若造だけど、それなりにこだわりを持って書いている。まだこの小さな世界で見える世界も形にしていきたい。

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