短編小説。 透明、
プロローグ
この話を始める前に、とある話を聞いてほしい。私は、ある人を殺した。だけど、私には記憶がない。どうかこの小説を読んでいるあなた。あなたによって、この問題を解いてほしい。そして、答えを私に教えてほしい。私が誰を殺したのかを。
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社会人一年目
0
透明人間はきっとこの世にいるだろう。
そう思うようになってから、偶然という言葉が不自然になった。事故や災害は、透明人間の仕業によって、必然的に、行われていると思うことにした。我々、無透明人間にできることはただ一つ。透明人間と仲良くして、嫌われないように共存しなければならない。
透明人間は地球のどこにでも現れる。家の中でさえ。常に我々を監視している。メールのやり取り、記憶の操作。あんなにテストの勉強したのに、覚えられないのも、もちろん透明人間のせいだ。記憶を改竄させてくる。しかし、透明人間に嫌われてはならない。奴らは見えないことを良いことに平気で無透明人間を殺す。今日もニュースが流れる。交通事故、転落事故、自殺。何もかもが終わってしまう。
1
私は、大学を卒業し、フリーターである。内定が感染症という見えない大きな力によって取り消された。大学に残るお金も、もう一年就活を続ける気力もなかった。私はとある工場の契約社員になり、ベルトコンベアの一部になった。言うなれば、ただの労働力。自らの意思で手を動かせればできる仕事である。休みの日は遊ぶ気も起きず、ひたすら眠るだけ。大学に入学したときはこんな未来を想定していなかったが、いつの間にか私はただその箱に物を詰めるだけの人間になった。8時間、仕事をして1時間休憩する。たまに残業して、帰りが遅くなり、年に2〜3回、ケガをする。慣れてくると怖い。自分というものの存在価値が疑われる。だが今はこのベルトコンベアに流れている物のように、流れに逆らうわけにはいかなかった。
たまの休日。私は透明人間と会話した。その透明人間は、朝、リビングにいた。私が起きたばかりで意識が朦朧としている中、こんなことを言われた。
「お前がこの世からいなくなっても誰も困らない」
そう言った透明人間は、私をバカにしたように笑った。私はその声を聞こえたが、聞いてない振りをした。テレビをつけると特に興味もない洋画がやっていた。死体を探しに行く子供たちの冒険話らしいが、今見ても、何も感じない。わくわくすることから目を背け、テレビの音量を下げ、再び眠った。
それ以来、仕事中にも、透明人間は、現れるようになった。まるで私を監視するように。私が何か人と違うことをすることを、流れに逆らうことを、今か今かと待ちわびているように。
そりゃあそうだ。私なんかいなくても代わりはいくらでもいる。ベルトコンベアの一部になることは容易だ。こんな仕事をやりたがる人は少ないが。透明人間は、そんな私の真後ろにいる。私はその存在に気付かないふりをし続けていた。
ある日、職場でトラブルが起きた。派遣社員がけがをした。原因は派遣社員の不注意だが、責任はこっちにある。その日はノルマまでまだまだ遠く、少し焦りも生じていたため、疎かになっていた。この区画で私が一番長く勤めていたため、私に責任が生じた。私はその場から逃げたくなったが、向き合わなければならないと言い聞かせた。自分に。
事態は思わぬ方向に進んでいき、その社員の家族が今回の事件の影響をより大きくした。
私がこの仕事を辞める。この場所から消える。というのが、最も最善の方法だった。脳が揺れる。視界も揺れる。その揺れた視界の先に、またあの透明人間を見た。だが、様子がおかしかった。透明人間は泣いていた。私が仕事を失ったことを悲しむかのように。私は仕事を終わらせ、終業後も誰にもばれずに速やかに帰った。家に帰り、電気を点ける。何十回とした行為なのに、どこか新鮮味があった。なぜか、私は高揚していた。まるで、長い長い何かが終わりを迎えたかのように。山椒魚があの岩屋からでたような、そんな気分になった。私はこれから変われるのだと。そんなことの前兆のように。
2
それからしばらく。いま、私は中国からもたらされた感染症のせいで、職につけていない。私は、前とは違う工場に入りそこで運搬作業をしている。前に工場で働いていた経験があったので、即戦力になれた。毎日がまた、繰り返しになってしまった。それでいい。それに納得しなければ、生活はできない。ゆえに、私はこれからも生きていく。そう思いたいが、やはりそこに、透明人間が現れた。
透明人間は、こちらの様子をうかがっているようだった。私は透明人間と目を合わせないようにして、職場から立ち去る。
その日の夜、こんな夢を見た。前の職場。ベルトコンベアが壊れ、それが動かない。私は、何かと電話をしているが、電話の先から声は聞こえない。すると、派遣社員は、私に向かって
ひ と ご ろ し
と背中に指でなぞる。そこで目を覚ます。
背中に感触が残ったまま、眼が覚めて気味が悪い。きっと前の出来事がトラウマになっているのだ。こんな不安定な私だから、いろんな妄想をしているのだろう。心を落ち着かせ、休日を楽しむ。たまには映画を見るのもいいな、なんて思っていた。、、、、、、
私は、転んだ。転ばされた。透明人間に。気が付くと病院で目を覚ました。私はチューブに繋がれ、点滴があった。ドラマでしか聞いたことのない心電図の音も聞こえ、日常というつまらないものから逸脱した世界にいることに気づいた。そのことにまた、高揚しているのだろうか、私はまだ分からない。このあたりから、記憶を失った。君が消えた。
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あなた。あなたに聞いています。ここはどこで、あなたは誰ですか?
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これを書いている私は大学4年生で、いま就活をしている。就活はまだ終わらないどころか、中国からもたらされた感染症により、すべてが後回しに回っている。後手に、後手に行動していては、何もかもが遅れてしまうこの時代。このころから、ある人物が、私には見えていた。それはとても厄介な存在で、私の行動を制限し、やる気を削ぎ、精神を不安定にしてくる。私にできることはただ一つ。
そいつをいち早く、殺すだけだ。
あとがき
皆さんは、透明人間の存在を信じるだろうか。ラーメンズさんのコントでは、透明人間がいないことを証明できないから、我々という無透明人間がいるから、という理由で、存在が証明されている。(とても面白いです)
見えない力、ここ最近では未知の感染症という力によって、生活が変わった。いまの技術が進歩した時代にこんなことが起きることは私は信じがたかった。なにごとも、問題は起きた後が、後が重要なんだと思う。
見えない力、自分ではどうしようもない力によって、社会から、世界からはじかれてしまう。人間は脆い。
そしてはじめに掲示した問の答えを私に是非教えてほしい。
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