短編小説。 『銀河と出会い。』

・私という人物。

私は地球単位で考えると生涯の、どのあたりでスポットが当たるのだろう。そんなことを考えながら今日も世界は明日を迎える。世界から見たらちっぽけなこの私は夢の中でだけ宇宙に行くことができる。宇宙の果て、惑星から惑星にジャンプして飛び越えることができる。そして何万光年も先にある銀河を目指す途中で夢から醒め、昨日と順番が違うだけの授業がある学校に向かい歩く。

人生は一度きりで私の人生も、もちろん1度。他人の人生に干渉するつもりのない私が演劇を始めたのは、罪悪感を感じることなく、違う人生の一端を担えるからだと錯覚したからだ。演劇はその人の人生の一部分をクローズアップする。そのクローズアップされた瞬間に、日常というものは少ない。人々の多くはその少ない非現実を楽しむために銀河のように広い日常を日々、過ごすんだ。

私の紹介を忘れていた。私は佐藤あやか。高校2年生。仲のいい人からはあやちゃん、そうでもない人は佐藤ちゃん、男子からは佐藤さん、と呼ばれるごくごく普通の女子高生。名前も普通。通ってる高校も普通科。部活は演劇部。知名度と実力も5年に1回優秀賞を取れるそこそこの部活だった。その部活も少し飽きてきて、倦怠期なのかと錯覚する。そもそも演劇の才能があったわけではないし、勉強熱心だったわけでもない。だけど高校に入学した直後に見た3年生の先輩の演技に一目惚れして演劇を始めた。実際に会うと、とてもキツい怖い人を演じてた人はとても気さくで温厚な人でむしろ、優しい演技をしていた人の方が実際には怖いと思うタイプの人だった。体験入部の時に、キツい演技をしてた優しい人にたくさん教えてもらって基礎が出来てきた。もちろん自分の中でしか見れてなく私は高3の高文連まで、まともな役は来なかった。演技にだけは自信があった私はリアルな演技を見せるには普段の生活を常に意識していることだと考えている。朝起きたときの気分の悪さ、熱いコーヒーを飲むときの加減、嫌いな人と話すときの態度、その全てが演劇につながる。私はそれらを常に意識しながら生きてるので格が違うと思っていた。だけど人生経験がまだまだ少なかった私は人に気を遣う行為や、遠慮する行為などがまだまだで、顧問によく怒られた。

お前の芝居はただセリフを読んでるだけだ。
リアリティがない。
ミュージカルじゃないんだよ。  って。

役者なのに演技力ないじゃ〜ん、って心ない言葉も言われた。それだけ人生経験がなかったので、でも何が経験に繋がるのか分からなくてゴールの見えない道をたぶんゴールではない方に走ってたんだと思う。

そこで私は人間観察から始めた。

→理由は高校にワークショップをしにきてくれた6〜7個上(どっちか忘れた)の先輩が来た時。最初は私の方が芝居が上手だと思ってたので話もなあなあに聞いていた。だが、その先輩は魅せ方は人それぞれ、必ずしも良い声、良いルックスを持っているからといっていいとは限らないと言った。実際その先輩がお手本として見せてくれた芝居には、華があった。特に顔も普通で、声も綺麗とはいえなかった。だけど心に来るものがあった。そして、その場面に適した声を出していた。ごめんね。もいろんな言い方があるが、その先輩の言ったごめんね。は心の底からのごめんね。であり、あれは演技ではなかった。後から聞いたのだが、その先輩は会社でミスすると上司が心の底からの謝罪をして次の仕事に繋げていくようなとてもホワイトな会社に勤めているらしい。その先輩だから、ごめんね。って言う時の気持ちがとてもよくわかるのだ。会社というものは、自分というものは疎外される。代わりに建前という壁を作る。その先輩は会社で上手くやるには「建前」を何個も作り、どんなところにも持っていくというのだ。その「建前」を作る時に人を観察することはとても便利らしい。

そこで、わたしは人間観察を始めた。するとおもしろいことが見えてきた。今まで「クラスメート」、「友達」、「嫌いな人」という存在だった人たちは〜だからクラスメート、〜だから友達、〜だから嫌いな人、というように理由ができた。
例えば知り合いカップルがどれだけ仲睦まじいかについて話すクラスメートは、そのことをとても嬉しそうに話す。そのクラスメートは、「人の幸せを素直に嬉しく思える人だけどあまり話したことないからクラスメート」となった。
いつもなにかと気にかけてくれる友達は、私が困っていると必ず笑顔で、どうしたのって聞いてくれる。だから「友達」なんだ。なんか、変わらなかったけど、友達になることに理由がいらないことにも気づいた。
まあ、嫌いになるのも理由はないんだけど。嫌いだから、嫌だからしか思いつかなかった。心のどこかで、私はみんなに良い奴って言われてる奴ほどわたしは嫌いだった。良い奴って言われてるやつほど悪い奴が多い。確か先輩もそんなこと言ってたはずだった。

そんな話を7個上の先輩(2回目に会った時にちゃんと聞いた)にした時のあの真剣な顔を忘れられない。あれは本物の顔だった。いうことを聞いてくれたというよりは私がきっかけで変わる人が生まれたという嬉しさだった。そして、私を後輩としてではなく1人の人間として先輩が見てくれた瞬間だった。大人になるってこういうことを言うのかと思った。

それからというものわたしは努力した。努力というより努力しようという自分をいしきさた。常に上を見続けようとがんばった。下を見るときりがないと思うと同時に上には上がいるということを思い知らされた。その先輩のお芝居を観に行ったとき、正直、その先輩よりも何倍も上手だと感じた人がいた。私からしたら何年かかっても敵わないと思える人だった。

そうだ。私が目指すのは上だ。その時に気づいた。その芝居も1人あまり上手くないと感じた人がいてあの人より私の方が良いなんて思ったけど、そんな煩悩は捨てた。自分の成長に全神経を注いだ。

そんなことがあったわたしはいつしか後輩に私が学んだことを教えていた。あの先輩から学んだことを振り返るように、自分の中で復習するように。そして後輩は嬉しそうにその成果を私に話した。その先輩は最近は仕事が大変みたいだけど、私はその先輩の面影を思い出しながら、きっとその先輩と同じような顔で後輩の話を聞いていたと思う。

最後の夏。わたしは「ひなこちゃん」と出会った。

「ひなこちゃん」は、いじめられていたけど、誰とでも仲良くなれる魔法にかかってみんなから好かれていく。だけどそれは表面上でしかなく真の仲良しとはどういったものなのか、それを「ひなこちゃん」自身の脳内で考え最後にその魔法が解けてもみんなと仲良くなれる、そんな人だ。

顧問に、私が「ひなこちゃん」になるって言われたのはその設定を言われた後。正直、わたしはこの役ではないと思ってた。いじめられていたわけでもないし、友達が少ないわけでもない。最後の年だから、とも考えたが同級生で端役の人はたくさんいる。顧問は、ただ、

あなたしか思いつかなかった。

と、言ってくれた。私はプレッシャーを背負った。今まで端役が多かったわたしにとって大抜擢だった。日々の稽古は常に勝負だった。徹夜で考えたものが3分で変えられてしまったり、今まで作り上げたものを1からやり直しもあった。その度に泣いた。でも泣いてみると、「ひなこちゃん」の気持ちが分かった気がした。その時に思いついたものをノートに書き出し、「ひなこちゃん」という人物を作り上げた。

それは設定とは少し変わり、根暗なイメージだった「ひなこちゃん」は思っていたより明るい人になった。そして、真に人と繋がるとはどんなことなのかを徹底的に議論した結果、「離れていてもお互いを心の底から応援できる」という定義を作った。

後日談だが、顧問はこれをできるのはあなたしかいない。という意味だった。それだけ不器用なりに向き合えるのはあなただけで、他の誰よりも頭角を現していたと言ってくれた。嬉しかった。この嬉しさを、忘れてはいけないと思ってたら涙が止まらなくなった。幕が上がる前日。部員と顧問と私はボロボロ泣いた。泣くタイミングを間違えた。

当日。幕が上がる直前。

今日は先輩やクラスメートも多数来ているらしい。最前列に座っているのが緞帳の中からも聞こえた。心臓の鼓動がはやくなる。顧問の声を思い出した。

失敗しなさい。

この言葉が私を救う。失敗するなとは絶対に言わない顧問だった。失敗してもいい。間違えても噛んでもいい。役ではなくその人物なのだから。「ひなこちゃん」もきっと間違いだらけの人生を送ってきた。その人生のクローズアップにも、もちろん間違いがある。
アナウンスがはいる。

幕が上がった。

そこからの記憶は飛び飛びだった。
私は噛んだし、間違えた。だけど私がひなこちゃんと共に生きていたあの瞬間はかけがえのない時間でとても楽しかった。私にスポットが当たって音楽が流れる。その瞬間、夢を見ているようだった。拍手が聞こえ、緞帳が降りた。終演後。先輩は私を見つけると駆け寄ってきてギューってしてくれた。本来ならここで泣くべきだろうが、昨日泣きすぎたせいか、涙は出なかった。そんな話をすると、先輩はとても笑顔のまま泣いていた。

結果。優秀賞。

5年に1回の快挙だった。この支部でわたしは引退する。後輩たちには是非、全国に行ってほしい。と最後の挨拶で話した。

私は「ひなこちゃん」とお別れして、その日、眠りについた。夢の中で私はまた宇宙に行った。何万光年も先にある銀河に辿りついた。その銀河の先にも、また銀河があり、わたしはそこからまた、先を目指すことにした。

夢から醒める。

日常。

この日常を生きている。

大学、社会人。

これから先にまだ見たことない景色が広がる。広がり続ける。

私は佐藤あやか。普通科の高校に通ってる普通の女子高生です。


おしまい。

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