【小説】見落としたもの【ショートストーリー】
「全身鏡欲しいな」
男は洗面所で、念入りに身支度をしながらそう呟いた。
Yシャツの襟の汚れもなし
スーツのシワ、汚れなし
寝癖もなし
歯も白くキレイだ
鼻毛も出ていない
髭もよし
靴は昨夜磨いた
完璧だ
ぎゅるる
「腹いてぇ…」
男は腹を押さえトイレに入る。10分ほどして出てきた。
「やべぇ、電車に乗り遅れる」
男は靴を履き、あわてて家を出る。
小走りで駅に向かう。
しばらく走っていると、男は背後から何か違和感を感じた。
ん?うしろから何か気配がする…
男は振り向いた。
誰もいない。気配がしたんだけどなあ…気のせいか
男は腕時計をみた。
もうちょい早く走ろう
男は走るペースをあげた。すると、ペースをあげた途端、背後からの違和感が強くなった。
やっぱり誰かにつけられてる?でも、さっき振り向いた時誰もいなかったんだよなあ。隠れたのか?うーん…もうちょっとペースあげてみるか
男は走るペースをさらにあげた。
違和感は益々強くなる。時々、ハタハタと小さな音がした。
なんだよ一体。人間じゃないのか?振り向くの怖いなあ…
男は駅に着くと改札を抜け、近くのトイレに入った。
「ハァハァハァ」
男は呼吸を整え、息を殺し入口から外の様子を窺った。
誰もいない。なんだったんだ?まさか幽霊じゃないよな…
「いや、それはないな。霊感とかないし…」
男は動揺を隠し、トイレに設置してある全身鏡で身支度をはじめた。
さっき走ったから汚れとかついてないよな………ん?
ズボンのうしろから、白く長い薄っぺらいものが、風に揺られひらひらと浮いていた。
男はうしろを振り返り、ズボンを見た。
なんでトイレットペーパーが……
男は呆然と立ち尽くす。
しばらくすると、男は鞄からスマホを取り出した。
「全身鏡買お」