【小説】浄霊機 【ショートストーリー】


引っ越しのトラックを見るたびに思い出す。数年前、俺の身に起こったあの日の出来事を。


ピンポーン

「すみませーん」

ドンドン


あーうるせえなぁ。人がいい気持ちで寝てる時に邪魔すんなよな

枕の横に転がっているスマホを確認する。

「なんだよ、まだ8時じゃねーか。誰だよ」


ピーンポーン

ピーンポーン

ドンドンドンドン

「すみませーん、近くに引っ越して来たものです。ご挨拶に伺いました」

ピーンポーン

近くに引っ越してきた?そういえば最近、引っ越しのトラックがアパートの前に止まってたな。確か空いてたのは一階の部屋だったような…引っ越しの挨拶って、時間考えろよな

ピーンポーン

「あ~はい、はい!今開けますよ!」


ドアを開けると、スーツ姿の男が立っていた。男は細身で、黒いスーツ、黒の革靴、黒の四角い革のカバンを持っていた。男の横には、今から海外旅行にでも行くかのような、大きく黒いキャリーバッグが置いてあった。

「どーもすみません。こんな朝早くにお邪魔しまして~。この近くに引っ越してきたものです。ご挨拶に伺いました。わたくし、こういう者です」

男はスーツのポケットから名刺を取り出し、渡してきた。


有限会社  ヨスマ・テレモズミ

 開発本部 営業部

 課長  尾木手 早久


「ヨスマ?テレ…モ」

「申し訳ありません。わかりにくい社名で。ヨスマ・テレモズミは業界用語なんです」

「業界?」

「ええ、わたしどもの業界では、ヨスマ・テレモズミは浄化という意味を表す言葉なんです。申し遅れました、わたくし尾木手と申します」

「オキテさん…。ふ~ん。じょうかって?」

「浄化とは、水や空気をきれいするって意味で使われる、あの浄化です。もっとも、わたしどもの業界では心のけがれ、害悪を除いて正常にするという意味で使われております」

「えーと、なんかよくわかんないんっすけど、おたくは下の階に引っ越して来た人じゃないんすか?」

「はい。わたくしは最近、この地域の担当になりまして、ご挨拶にまわっております。」

なんだよ、セールスかよ。まぎらわしいなあ

「セールスっすか?」

「まあ、そのような感じになりますかねえ。実は、こちらに伺うつもりはなかったんです。別のお宅に伺う予定だったんでが、このアパートの前を歩いていたら、お宅の部屋から音が聞こえてきたもので…急を要する事態になっていると判断し、声をかけさせていただきました。急な訪問では不信に思われると考え、引っ越しの挨拶という事にいたしました。大変、失礼しました。」


「で、その音って?」


「聞こえませんか?ザーザーザーザーって」


「いや、別に。その音がなんなんすか?」

「聞こえないのですね。これはいけませんねぇ。ちょっと失礼します!」

そう言うと、男は大きな黒いキャリーバッグを抱え、家に入ろうとしてきた。

「あ、ちょっと!」

あまりの男の勢いに、中に入るのを許してしまった。
男はキャリーバッグを開け、中から白い長方形の物体を取り出した。

「いきなりなんっすか?つうか、それ何?」

「こちらですか?こちらは浄霊機でございます」

「じょう…れい…き?」

「はい、その名の通り、霊を浄化する機械でございます」

「霊?浄化?はぁ?何言ってんの」

霊を浄化する機械って、どう見ても空気清浄機にしか見えないだろ。こいつ、頭大丈夫か?


「そうですよね。いきなり霊だの浄化だの言われても戸惑いますよね。わかります。では、こちらをご覧ください」

男は黒い革の四角いカバンから、何か取り出した。手にしたのはタブレットだった。何やら操作をはじめ、男はタブレットの画面を俺にみせた。見覚えのあるサイトだ。

「破格.com?これって家電とか売ってるサイトっすよね?」

「そうでございます。あの破格.comです。次に、こちらのページをご覧下さい」


浄霊機人気売れ筋ランキング

「なにこれ….。浄霊機?売れ筋ランキング?ウソだろこれ…」

「嘘ではありません。浄霊機は実在するのです。見て下さい。わたくしがお持ちした、この浄霊機はランキング1位となっております」

本当だ。あの空気清浄機みたいなやつが1位になってる。信じられない…


「あ、そうだ」

俺は自分のスマホで、破格.comのサイト内を検索した。信じられない事に浄霊機は実在した。レビューも書いてある。
 
 ★★★★★5
【デザイン】スタイリッシュで、他の家具と調和が取れる
【使いやすさ】ボタンひとつで操作簡単。おまかせ機能が便利
【浄化能力】信じられない事に、空気が変わりました!すごい!


「いかがですか?」

「まあ、浄霊機ってやつは実在するってわかったけど、なんでこれを俺の家に?」

「よくぞ聞いて下さいました。先ほどわたくしが音といいましたでしょ?あれは水の音なんです」

「水の音?」

「この家から水の音が聞こえるのです。霊は薄暗い所やじめじめした所に集まると言われています。特に多く集まる所は、トイレや風呂などの水場です。こまめに掃除をしていればいいのですが…。そういった所に多くの霊が集まると、ザーザーザーザーと水の音が聞こえてくるのです」

「じゃあ、俺の家に霊がいるってことっすか?見えるんすか?」

「残念ながら私には見る事はできません。ただ、音は感じます。水の音を感じる事はできます」

「じゃあ、どうすればいいんすか?」

「そこで、この浄霊機の出番なのです!こちらは、家にいる霊を吸い込む事で、その霊を浄化する事ができます。おまかせ機能を使えば、半径1メートル以内にいた霊を感知して、自動で浄化する事ができる大変優れた商品となっております。まあ、一度体験してみないと実感できないので、試してみましょう。コンセントお借りしますね」

「あ、はい」

なんか通販番組みたいだな

男は浄霊機のコードを引っ張り出し、コンセントに差しこんだ。そしてスイッチをオンにした。

ウーーーー


うーん…いたって普通の空気清浄機だよな

「この浄霊機のフィルターには、邪気を払う効果があると言われている精油を染み込ませています。レモングラス、ホワイトセージ、ラベンダーなど色々な種類の植物の精油が使われております」

なんとなく、いい香りがする。嗅いだことのある匂いだな…どこでだろう


「いかがですか?体に変化はありませんか?」

「ちょっとわかんないっすね。これって、いくらっすか?」


「はい、100万円になります」

「ひゃ、ひゃくまん!?」

「100万円でございます」


まじかよ。高すぎる。

「100万なんて無理っす。買えないです」

「今なら、予備のフィルターが1つ付きますよ。」

「いや、大丈夫です。俺には水の音ってやつは聞こえないし、特に変わった事もないし」

「本当に変わった事はございませんか?ゾクゾクするなどありませんか?」

「ないっす」

「例えば…この辺りとか、この辺りは?」

そう言うと、男は俺の腰や背中、後頭部に触れてきた。

「ちょっと、何するん…す…か」

さっきまで何ともなかったのに、男に触れられた部分が急に冷たくなった。

なんだこれ

「どうされました?」

「な、なんでもないっす。買いませんので、か、帰って下さい!」

「本当にいらないんですか?」

「帰ってください!」

俺はとにかく、この家から男を追い出したかった。

「わかりました。そんなにおっしゃるなら、わたくしは帰りますね」

男は浄霊機をキャリーバッグに詰め、玄関に向かった。
ドアを開け、男は振り返り

「早く目を覚まさないと、大変なことになりますよ」

そう言い残し、帰っていった。


「何言ってんだあいつ」


ピチャッ


「うわっ!何だこれ!!」


辺り一面、水浸しになっていた。


「え?冷てぇ!水?水って…まさか霊?」

本当だったのか?

俺は、手に持っていたはずの名刺がなくなっているのに気がつく。テーブルの上に置いてあったスマホで浄霊機を検索したが、見つからなかった。

どうしよう…

体に違和感を感じた。頭から足までの後ろ側が濡れている。

「え、なんで…」

その時、ザーザーザーザーと音が聞こえてきた。

これって水の音?あの男が言っていた…


ふと足元を見ると、トイレの芳香剤が転がっている。

「何でこんな所に…」

この匂い…

音はトイレの方から聞こえる。

おそるおそるトイレへ行き、静かに中を覗いた。

トイレの水道管から水が吹き出していた。

「うわっ!なんだよこれ!!」

吹き出す水を見ながら、俺は昨夜の事を思い出していた。確か心霊番組を観ながら破格.comで空気清浄機さがしてたよな…番組で司会者が黒いスーツ着てて…内容はいわくつきの黒い大きいキャリーバッグを浄化するとか言ってたなあ…途中寝落ちしたけど…トイレに起きて…そういえば通販番組やってたな…その後また寝て…


あれ?さっきの浄霊機って夢だったのか?

どこから?どれが?

俺は記憶をたどった。

黒い四角い革のカバンは俺の仕事用のやつだ…革靴も。タブレットは会社のだ…

じゃあ、名刺は?

営業部…課長は俺の事だ

あの会社名と男の名前は?


ドンドンドンドン

ピーンポーン

「すみませーん!1階の者ですけど!」


ドンドン

「水もれてますよ!」


ドンドン

「起きてますかー!」


ドンドン

「早く水止めてくださーい!」


ああ、これか…


水浸しになった部屋を見渡した。


あーあ。ここの修繕費、一体いくらかかるんだろう…

「100万くらいかな…」

俺は引っ越しを余儀なくされた。


#創作大賞2022