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美しい遺灰

18年間一緒に過ごした愛犬モモとお別れして、今日で丸2週間が経った。
まだモモが居ない生活には慣れないし、寂しくて泣かない日はないけれど、時間とともに少しずつではあるが心の痛みが和らいできている。

昨日、獣医さんの近くで用事を済ましていたタイミングで獣医さんから電話がかかってきて、モモの遺灰が届いたとの事で、すぐに取りに行ってきた。

獣医さんの入口の前には可愛い仔犬が飛び跳ねていて、その幸せそうな光景を目にしながら中に入ると、診察待ちのワンコ達が飼い主と一緒に大人しく待っていた。

受付で遺灰を取りに来たと告げると、たまらない気持ちになり、遺灰が入った箱を渡されると、思った以上の重みに胸が張り裂けそうになり、涙をこらえる事は出来なかった。
人前で声を上げて泣くことなんて今までした事なかったが、どうしても止める事は出来なかった。

受付の人に「大丈夫?」と何度も聞かれ、診察待ちの人達もそんな私の姿を静かに見ていた。

外に出て、「なんでこの人は泣いているんだろう?」という通りすぎる人達の目線を感じながら、遺灰が入った箱を強く抱きしめて車まで歩いた。

車の中で箱を開けてみると、そこには木の箱が入っていて、「Momo」と名前が彫られていた。そしてその中には青い袋があり、その袋を結ぶ紐を解こうとしたけど、涙で視界がぼやけ、手が震えてなかなか解けなかった。

ようやく取り出した透明の袋の中に、モモの優しさや美しさをそのまま残した綺麗な遺灰が入っていた。

「おかえり。」

私は静かに遺灰に声をかけた。
あとは止まらない涙を抑えることに集中しなければいけなかった。
「モモ、仕事に行って来るね。」と言って、遺灰を箱に戻した。

バタバタした日常がある事で、辛い気持ちや寂しさが紛れて良いのかもしれない。
結局のところどんな事が起きたとしても、“Life goes on.”なのだ。

でも、とても不思議だ。
獣医さんがくれた電話のタイミングが少しずれていたら、仕事に行って取りに行けなかったし、もし昨日取りに行けなかったら、祝日があるため3連休になるので、すぐに受け取れてはいなかった。

このタイミングはたまたまだったのかもしれない。

でも、勝手な解釈かもしれないけど、きっとモモに会いたくて仕方がなかった私の気持ちと、その私の気持ちをちゃんと分かっていたモモの1日でも早く私達のもとへ帰りたいという思いが生み出した絶妙なタイミングだったのではないかと思う。

犬は、私達人間が思っている以上に色々な事を理解し、感じている。

モモは18歳の誕生日当日まで元気に歩いていたけど、その次の日にぱったりと歩けなくなった。

ずっとモモに、「誕生日楽しみだねー。」「誕生日もうすぐだねー。」と話していたから、モモは誕生日までは元気でいようって思っていたのだろう。

とても不思議だし、正直スピリチュアルな事はあまり良く分からないけど、モモとの心の繋がりや絆は、私が思っている以上に深いものだったのではないかと思う。

仔犬の頃のモモとの出会いのタイミングから遺灰の受け取りのタイミングまで、この18年間の奇跡の繰り返しは偶然ではなく、見えない不思議な力やそれぞれの思いや愛によって、起こるべくして起こった奇跡の連続であり、幸せに満ち溢れた時間だった。

モモ、18年間有難う。

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