50代専業主婦が自問自答ファッション教室を受けて②母の服はもう着ない。
自問自答ファッション教室とは「なりたい自分を明確に言語化して心と外見をリンクさせる」ファッションコンセプトを自分で作る、そのための自問自答を先生とともに進めていくという…道場のような教室!(最低6時間は自分と向き合うから)
そうして作り上げだコンセプトを軸に「最高の制服」を見つけていく。
あきやさんの熱量を浴び、濃ゆい時間の余韻と私の「ファッションコンセプト」を抱えて帰宅。
から一夜あけて…
翌日、私はメルカリアプリを初めてDLした。
母の遺した「GUCCI」のバッグを手放すために。
私の母のこと
母は私が中2の時に離婚して以来、私と年子の弟を女手ひとつで育ててきた。(あの頃ようやくシングルマザーという言葉が台頭してきた時代…)
当時40代半ばで専業主婦&高卒で、なんの資格もない母だったけど、どうにか、東京駅地下にあるお菓子屋のパート募集に応募し正社員枠を勝ち取って!定年まで働き続けた。
母は、仕事が終わると東京駅地下から、そのまま地上にあがって駅上の「東京大丸」でお洋服を見るのが好きだった。たまにセールで「買っちゃった」って、紙袋をぶら下げ帰ってきたり。好きなブランドはカルバン・クラインとか、コーザ・ノストラとか?わりとかっちり目のスーツとか。スカートとか。
洋裁が得意な母は、文化服装学院に行きたかった、とも言っていた。それは叶わなかったけれど、私の服やバッグなど、よく作ってくれて、私もそれが大好きだった。刺繍や、編みものも、教えてくれた。
(ちなみにヘッダーの刺繍は母の手製^^)
とはいえ、「手芸好きな専業主婦(元)」という言葉のほんわかイメージとは逆に!身体は弱いが気は強くて、妥協が嫌いで、会社の理不尽さには負けずに楯突き、負けてもタダでは転ばない^^; けど「ホントは強く見られる人ほど弱かったりするのよ」なんて言ってた…私の母。
ずっと、大きな存在で。文字通り私の「命綱」だった、私の母。金銭的にはカツカツだったけど、母に守られていた、私(と弟)。
定年後はど田舎に小さな家を買ってひとり暮らしていたけど、3年前に、もう一緒に暮らそうね、と、準備してた矢先に、母は亡くなってしまった。
そんな母が好きだった服たち。
我が家に引っ越すつもりだったから、母もだいぶ処分してくれてたけれど、お気に入りはまだまだのこっていて。
「自問自答ファッション教室」も終盤の「お悩みQ&A」タイムで、「私も母の服、どうしても手放せないんですよねえ」と話したら。。
あきやさんが、母の話をじっと聴いたあと(少し涙ぐんでくれたように見えた)、私に魔法をかけてくれた。
制服化スタイリストの魔法
「もし、コロモさまが逆の立場だとして、息子さんに『私のお気に入りの服たち捨てたりしないで!ずっとちゃんと扱ってね!』って思われますか?」
(いや!さっさと捨てなさい!と言う)
「ね、お母さまも同じです」
「コロモさまのお母さまも、きっと…
『お母さん幸せだから』
『手放す事、怖がらなくていいよ』
『もう、好きなもの着なさい』
そうおっしゃってます!」
「巨木のような」大きな心を持つあきやさんにそう言われて、やっと、納得出来た。確かに、私ならさっさと捨てたり売ったりして、息子の好きなものをいっそう大切にしてほしいよな。。
(↑「巨木」とはあきやさんの新コンセプト)
(あの時はふっと心が晴れた気がした。
今、こうして文字にすると泣けてくる…)
私にとっては「初めての母の遺品整理」だけど、あきやさんは、ファッションのプロとして!何ケースも何人もの「母の服問題」を扱ってきての、このお言葉だから。とても、とても効いた。。
母の「おしゃれ魂」も、ファッションのプロフェッショナルのあきやさんに話を聴いてもらうことで、なんだか浮かばれた気がした。。
そうして翌日、メルカリ先輩の息子に教えてもらいながら、母のGUCCIプラスやらハナエモリのブラウスやら、Calvin Kleinのスカートやら…よいモノだけど、今ならちょっと微妙な?ラインのブランドものをつぎつぎ出品した。(GUCCIプラスは秒で売れた!実は前に某中古ショップに持ってった時は突き返されたのに…もちろん傷やシミは明記の上!)
そして売上は5ケタに乗った。。
(GUCCI以外は残ってるけど^^;)
今、母の服で残ってるのは、アンゴラの黒いコートと白いセーターだけ。これは…かわいいので(吉祥寺の若者セレクトショップで買ったんだと^^;)…この冬にどうするか決める。
だから今…母の服はもう着ていない!
母の服を身に着けなくても、もう、大丈夫。
私は、母の不在のショックやかなしさを、母の服を着ることで埋めていたんだと思う。(一周忌すぎまでは母のパンツ・新品まで着用…)
けどそれ、やり方がちょっと違っていたんだ。
着ようと着まいと、今、かなしさはふっとよぎる時あり、よぎらない時もあり。。
母の不在とともに、服も「母の」服ではなく、ただの服に還ったんだ、と思おう。。あきやさんの魔法、心の底まで効いた。。
母の服を手放すことで、私は今ようやく「私の選んだ服たち、サイコー!」と思える服探しの旅の、スタートを切れたのだと思っている。
売上金で…試着してかっこよかったあのブーツ…買っちゃおうかな!(お母さんありがとう♪)
それ履いて「私の最高の制服を見つける旅」に出かけてみようかな♪
そんな春(^-^)
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