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モモコのゴールデン街日誌 「夏蜜柑」5月27日

「五月は恋の季節。パリの街に音楽が流れ出す....みたいな曲があるんだけど、なんていう曲か忘れちゃった、ずっとその曲を探してるんだけど、Spotifyにも、Youtubeにも、Amazonにも見つからないんだよね。モモコちゃんに歌って欲しい」

と言ってたのは、水曜日のソワレのママを担当しているカナちゃん。

そういえば、去年の今頃そんなことを言ってたなあと思い出した。

そんなカナちゃんが、夜中の3時ごろ、土曜日のソワレに入ってきた。

「ごめん一杯だけ飲ませて。飲まないと帰れない」

ちょっと泣きそうな顔をしているが、また恋をして、それで色々あったんだろうということは容易に想像がついた。濃いめのハイボールを作ってあげる。

「やっぱり、わたしが若くなくって魅力がないから、上手くいかないの?!」

「カナちゃんはすごく魅力あるし、実際にモテてるよね。だけど欠点があるよ」

「なに?なに?モモコ、おしえてー!」

カウンターには、愛媛県から出張で東京に来たというお兄さんが居た。それまでは彼が好きだという鴻上尚史のお芝居や村上龍の文学の話しで盛り上がっていたのだが、それはいったん置いて、緊急事態っぽいカナちゃんの恋の内容をふたりで聞くことになった。

「カナちゃんは男ごころってもんがまったく分かってないよ。まあそういうわたしも、『男ごころ大学』までは卒業できてないかな。でもカナちゃんはまだ『男ごころ幼稚園』くらいだもん」

「なんだって〜!そんな学問が世の中にあったのか!誰も教えてくれなかったじゃん、早く教えてくれよ〜!」

お兄さんは、わたしがカナちゃんに、それはダメ、やっちゃいけないなどと細かく指南しているのを聞いて、

「モモコさんのいってるとおりですよ。カナさん魅力あるのに、分かってないんです。オレも実はね....」

と前の奥さんと離婚に至った話しをしてくれた。

「いまは再婚して幸せなんです。だから、これ、コッチに置いときますからね」

と、カナちゃんがずっと気にして見ているiPhone を取り上げ、カウンターの隅のほうにどかす。

「そうよカナちゃん、携帯ばっか見てないで」

この日のソワレもまた、ひっきりなしに外国人観光客が訪れ、てんてこ舞いの忙しさだった。

だけど、たまに客が入れ替わる頃合いを見て、常連の客も立ち寄ってくれた。カナちゃんもそうだが、この日のソワレは恋の話題が多かったのだ。別れた、付き合った、となんだか忙しい。そういう季節なのだろう。

その日、常連のYくんが珍しく颯爽とした面持ちで入ってきた。

「今日はモモコさんに報告しようと思ってきたんです!」

Yくんは別の新宿の飲み屋さんで知り合ったという女の子と、このところ良く来ていたのだが、Yくんの相棒も、その女の子を気になっていたようで、つまりちょっとした三角関係のような感じで、微妙な取り合いをしていたのだ。それが、晴れてYくんの方が女の子をゲットすることになったらしい。

まだ寒いころ、煮え切らないふたりを前に

「ちょっとYくん、こんなとこでふたりで飲んでないで、ちゃんとデートに誘いなさいよ!」

「これもデートじゃないすか!ふたりで来てるんだから」

「あのねー、デートっていうのは英語で『日付』って意味なのよ。ちゃんと日付を決めて会うってのがだいじなの。なんとなくこの辺りで合流してるのはデートじゃないでしょう?ね?」

と女の子のほうを見るとうん、うんとうなづいていたので、かなり脈ありだったのだ。

「モモコさんのいう通り、ちゃんと誘ってみたんです。そしたら付き合えることになった!」

そんなYくんはコロナ禍の間に仕事を辞めてからずっと無職だ。

「だけどね、オレにはそういう考えもあったんです。なにもないオレを好きになってくれる人が本物でしょ? だから、これから職探しするんだ」

Yくんはいっとき、飲み疲れてカウンターで何時間も寝たりしていたこともあり「ちょっと!わたし帰れなくなるからこんなところで寝ないで!」と追い出したこともある。

それくらい色んなことに悩んでいる時期だったのだろう。だけど今日は明るくさっぱりした顔だ。以前のように夜通しはしご酒はせず、ちゃんと終電前に帰るという。

彼女も出来て、仕事も探すとなると、忙しくなるだろう。もしかするともう店にはあまり来なくなるのかもしれないなと思った。

そういえば、Yくんと同じく、コロナ禍に毎週通いつめていたDくんも、最近姿を見ない。

昨年はお客が少なかったため、こうして毎週来てくれる人がいるのはありがたかった。YくんとDくんはお互いに「なんでオレらには彼女いないんだよ〜」とか言って肩を組みながら、カウンターでよくぐだぐだ言ってたのだ。

そんなDくんも、先月くらいに「モモコさんに紹介したい人が出来たんだ!」と行って彼女を連れ、2人で一緒に来てくれた。同棲することになったらしく、それ以来、見ていない。

お店に来るひとは、日本人でも、常連でも、外国からの観光客でも、いずれにしても旅人なのだろう。

カウンターの中の人は、そういう旅の途中の目印みたいなものなのかもしれない。

旅の途中でひとときだけ、お参りする神社とか、道すがらに目に入るお地蔵さんとか、そういうものである。飲み物の代金は、お賽銭のようなものかもしれない。

わたしも、神社でお願いごとなどする時があるが、その中にきっといると信じている神さまみたいなものが、わたしみたいな、適当にふわふわと話しを聞いて、お酒を注ぎ、思いついたことを言っているだけの存在だったら、と想像すると笑える。

わたしにも、悩みごとがあるときもあるが、よく考えればまじめに手を合わせてはいるものの、たいがい朦朧として自分に酔っているだけだ。

そういえば、カナちゃんがずっと探しているという「五月は恋の季節。パリの街に音楽が流れだす...」という曲のタイトルはなんなのだろう?

いろんな人に聞いたのだが、まだ見つかっていない。

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正解を言つた褒美に夏蜜柑 夜桃

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