私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #67 Jun Side
アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。さとみに片思いの志田潤と、琉生の元カノの由衣は2人を別れさせようと画策している。さとみは琉生の勧めでフラワーアレンジメントを習い始める。それを知った潤からは、母の日のプレゼントとして花の創作を依頼された。
※毎回1話完結。上のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます
「潤くん」
空耳か幻想かと思った。
いつも反芻している声が、ここで聴こえるわけがない。
俺は、自分のデスクで朝買ってきたコンビニ弁当を食べ続けた。
トントンと肩を叩かれる。振り向いた俺はそこにいた人に驚愕した。
「さとみさん!なんで営業部に」
「なんでって、会社だし」
さとみさんはにっこり笑って、紙袋を差し出した。
「これ、作らせてもらったお花」
そうだ。俺は連休前にさとみさんに「母の日」に贈る、花の創作を依頼していた。
俺は粛々と紙袋を受け取る。感激だ。ちょっと中を覗き込むと、キレイにラッピングされた箱が見えた。
「ありがとうございます!内線もらったら、取りにいったのに、わざわざ・・・」
作らせてもらった、だなんで謙虚な。
俺が、無理矢理作ってもらったというのに。
「かーちゃんも、喜ぶと思います」
俺はペコリと頭を下げた。
「ううん。ごめんね、食事中に。朝、会えなかったから」
「朝・・・」
そうだ、今日は印刷会社によってから出社したので、いつもの道で会えなかったという意味だろう。
「ホント、ありがとうございました。今度なんかお礼に・・・」
モノを贈るほうがいいのか、食事に誘うほうがいいのか。俺は花がどうこうより、これを機にさとみさんに近づきたいだけなのだから。
「あ、ううん、そんなお礼なんていいの」
さとみさんが断ってくるのは、想定内だ。
「でも材料費だけでも・・・」
俺は食い下がった。
「それも大丈夫、まだ練習中だから」
さとみさんがぶんぶんと顔の前で手を振った。
「あ・・・でも」
さとみさんが、ふと思いついた、という感じで手を止めた。
「お母さんの感想もらえたら嬉しいかな。あ、もちろん潤くんからもらったから嬉しいっていうのはあると思うんだけど」
「感想かあ・・・」
俺は頭を抱えた。
「それってお花がキレイとか、こんなところが素敵、みたいなことですよね」
「あ、うん、そうそう」
さとみさんが照れたように、頷く。どうしよう。俺、その期待には応えられない。
「すいません、それはちょっと難しいかもしれないです」
「え・・・あ、ああ、そうだよね。あんまりそこまで聞きにくいよね」
さとみさんが困ったような顔で、笑顔を作る。さとみさんが悪いみたいになってるので、俺は正直にその理由を言うことにした。
「いや、違うんです。うちのかーちゃん、ってゆーか両親、小学校の時に事故で亡くなってるんで」
「え・・・」
さとみさんが固まる。俺は努めて明るく言った。あんまり気にしないでほしいから。
「すいません、ちゃんと言ってなくて。そーゆー母の日みたいなこと、したことないから、写真の前にでも供えようかと」
とそこまで言った時に、さとみさんの目から涙がこぼれた。
「ご、ごめんなさい。私知らなくて・・・」
「わー!!違うんですー!さとみさん、ごめんなさい、ごめんなさい。全然気にしないでくださいー!!わー・・・どうしよー!ほんとにっ」
ポケットからハンカチを出して、目頭に当てるさとみさんを見て、おろおろしてしまう。
「おい、お前」
振り向くと、外で昼食を済ませた琉生さんが帰ってきていた。
「ぎゃー!!琉生さん!!ち、違うんです、これは」
琉生さんがガン睨みで俺の胸倉をつかんだ。
「りゅ・・・横井くん」
さとみさんが、琉生さんの袖をぐんっと掴む。
「あとで説明するから」
小声だけど、きつめの声でさとみさんが言ってくれたので、琉生さんが俺を放した。
その時に昼休みの終了を告げるチャイムがなった。
「あ、私、行かなきゃ。潤くん、本当にごめんなさい、また今度、ゆっくり話そう」
「いえ。こちらこそ。ほんと、ありがとうございました」
俺は頭を下げて、さとみさんを見送った。
え、今、さらって聞き流したけど、さとみさん。
また今度ゆっくり話そうって言ってくれた?え?まじで?
と思っていると、琉生さんが俺を部屋の隅に引っ張っていった。
「ちょ、お前、どーゆーことか聞かせてみろ」
「ええっとですね・・・」
俺も誤解は解きたかったので(でないと殺されそうだった)、概略を琉生さんに話した。
「なんだ、そんなことか。俺はてっきりまたお前がなんかやらかしたのかと思ったよ」
琉生さんが面倒くさそうな顔で、ため息をついた。
「いや、俺だって“そんなこと”くらいで、泣くと思わないじゃないですか」
俺が琉生さんにすがりつくと、琉生さんが神妙な顔になった。
「悪ぃ」
「え、いや、いいですよ。誤解が解けたなら」
「そっちじゃなくて。親御さんのこと“そんなこと”って言っちまった」
「あ、すいません。別に繰り返したのは嫌味とかじゃなくて」
「お前も苦労してんだな」
「あー、いやあ。まあ。でもじーちゃんばーちゃんに育てられたんで、多分世間一般の親御さんたちよりは甘かったですし、楽しかったですよ」
俺はもう一度、努めて明るく言った。いろんなことを生い立ちのせいにはしたくない。
「そうか?うちも片親だったけど、それ以上ってことだろ」
「あー・・・はあ。まあ」
そっかー。琉生さんちも大変だったのか。離婚か死別か分からないけど、俺は曖昧な返事で濁すしかなかった。
「そういう理由なら、それ、やるわ。お母さんに供えてやれ」
そう言い残すと、琉生さんは自分のデスクに向かった。
「え?っていうか、やるって、これさとみさんが作ってくれたんですけど?琉生さんに許可取らなきゃいけないなんて思ってないですしぃぃぃぃ」
俺は思いっきり、琉生さんに「あっかんべー」をした。
***
「なにそれ。そんなんで泣くなんて意味わかんない」
由衣さんが裸のまま俺のベッドで、タバコを吸いながら言った。
「いやー・・・由衣さんに比べて、さとみさんの心の清らかさが分かる出来事ですね」
俺はかーちゃんの写真の前に供えた、さとみさんからの花をうっとりと眺めた。
「清らかじゃなくてすいませんね」
由衣さんがそのまま立ち上がると、俺のほうに来て、花の入ったアクリルのボックスをつまみあげる。
「ふーん。ほんとよくできてるね。これ。プリザーブドフラワーってやつでしょ」
「あ、普通のお花と違うんですか?」
「はあ?そんなのも知らないで作ってもらったの」
「はい。どーりで。琉生さんのデスクに置いてあるやつもいつまでもきれいだなーって思ってました」
呆れたような顔で由衣さんが俺を見下ろす。そういう顔で俺を見るのなら、俺も気になっていたことを言わせてもらおうじゃないか。
「っていうか由衣さん。いくらセフレでも終わった後は、下着くらいつけてください!目のやり場に困るから、全裸でうろうろしないで」
「えー、別にいいじゃん。さっきまでヤッてたのに。大体、今日、すごい暑いもん」
由衣さんが大げさに手で顔を仰いだ。
「それはー、由衣さんが激しいエッチするからでしょー。ぱんつくらい履いて」
「もー、しょうがないなあ」
由衣さんがもぞもぞと下着と、カノンのシャツワンピースを着る。どうやらあれは由衣さんの寝間着になったようだ。
「なんでみんなあの女(ひと)に夢中なのかなあ」
由衣さんが不満そうに呟く。
「それは、由衣さんにはないおしとやかな部分が、駄々漏れだからですよ」
「言うなって」
由衣さんが俺をぽかっと叩いた。
「もー。なんですぐ叩くんですか」
俺はやり返す代わりに、由衣さんにキスをした。
由衣さんも抵抗しない。
お互いに手に入らない物を望む同士。今はこうやって慰め合っててもいいと思っている。
***次回は5月10日(月)15時ごろ更新です***
雨宮より(あとがき):回を追うごとに、文字数が増えてきて、さらっと読みづらくなっていないか心配です。
当初の目的は、会社の休憩時間など、おやつの時間(15時)に楽しみにしてもらおうと思って書いてたんですが、長文になるとなかなか読み終わらないですよね(笑)
もう少しコンパクトにまとめられるように、書き方を工夫してみようと思います。
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