記憶の片すみと(5)

私が小学生のころ、
その日は母と一緒に歯医者へ行き、
帰りに近くのいとこ宅に立ち寄ることになっていた。
約束していたのか、急に思いついたのか、
それは覚えていないけど、
きっとあれは虫の知らせだったんだ。

いとこ宅のインターフォンを鳴らしてすぐに、
玄関から見知らぬ中年男性が慌てた様子で駆け出してきて
「ここの奥さんですか!?」
と母に尋ねた。母は驚いて自分は姉であることを伝えた。
「ここの旦那さんが亡くなったんだ!」
中年男性はそう答えた

母も私もその言葉が理解できず
数秒間時間が止まったように感じた。
玄関扉を開けて中に入ると、そこには泣きじゃくる子供達がいて、
地下室へ続く階段を指さした。
私は横になった叔父さんの足を見た。

叔父は究極な選択をしたのだ。

その日は叔母の誕生日だった。
そんなことも忘れて。

たくさんの大人が騒々しく家を出たり入ったりした。
私もいとこ達と一緒に泣いた。
ハンカチでは足らず、一枚の毛布の端々をみんなで持って涙を拭いた。
何人もの涙が染み込んだとても重たい毛布だった。

叔父の実家は事業をしていて、
叔父本人も市議会議員をしていて
地域ではちょっと有名な家だった。
叔父がした選択は瞬く間に広がり、
家の前には地元のテレビ局や記者が集まった。

みんなに愛された素敵な叔父だった。
親族全員が、身体中の水分が出たんじゃないかと思うくらい
泣きじゃくって、カラカラになっていた。
他のことを考えられない状態なのに、
来る日も来る日も記者が詰めかけた。

家のカーテンを全て締め切って、
テレビから流れる叔父の死の報道をボーッと見ていた。
内容なんて何も覚えていない
ただ誰もが口をつむんで、必要最低限の言葉しか発さなかった。
誰もが自問自答をして、静かに時が過ぎるのを待った。
何を言っても聞いても慰めにはならない。

これから一生自問自答が続くのだから。

葬式は身内だけで行われた。
喪服を着た叔母の髪を、母が編み込んであげている姿を覚えている。

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